私がここにいる理由《わけ》 ー 4.
「マップル・・・とスマフォ、ですか?」
なんの事だろう、と頭を傾げているアストラリンク。
「マップルって言うのは、私の世界にある薄型のPCよ。私が事故に見舞われた時に丁度持っていた物なんだけどね。スマフォも同じ。通話機能がついててね、おまけに色々と検索をする事もできるの」
美月がマプルとスマフォのどんなものでどんな機能をしているのかを説明すると、思い当たる物があるのかアストラリンクは判ったと頷いた。
「しかし、それはちょっと難しいのではないかと思うのですが・・・」
「どうして? どっちも今まで貰ったお年玉を使わずにずっと貯めてて、そのお金でやっと買えたのよ。なのに1ヶ月も使わないうちにバイバイなんて、なんのために欲しい物を我慢してお金を貯めて買ったのか判んないじゃない」
「しかし、それに付いている機能全てというのはちょっと無理があります」
「どこに無理があるのよ」
「それらを使って元の世界と連絡を取る事はできませんよ。電話にしてもメールにしても、向こうの世界の人と連絡を取る事は許可されていません」
「そんな事判ってるわよ。どうせ死んだ事になっている私がメールしても、悪戯だって言われるだけでしょ」
「そうではなくて、ですね。大森さんの知り合いだけでなく、元の世界にいる全ての人と繋がりは持てません。大森さんはその世界にもう存在しないのだから、そちらとはコンタクトを取る事はできない、そう言う決まりなのです」
美月に押され気味でありながらも、アストラリンクはきっぱりと言い切る。
しかし美月は特に彼の言葉を気にした風もない。
「だーかーらー、そんなのいらないってば。私が欲しいのは検索エンジンよ」
「検索・・・エンジン、ですか?」
「そう、私、知らない事がたくさんあるから、マップルやスマフォに付いている機能を使いたいだけ。ほら、検索エンジンで色々と調べて知識不足を補いたいの。そうする事で、新しい世界に住み易くなるんじゃないかなって思ったのよ」
なるほど、とアストラリンクは髭を指先で梳かしながら、美月の言葉を頭の中で反芻する。
そんなアストラリンクを見つめながら、美月はこれだけは譲れない、と机の下でグッと拳を握りしめる。
まったく知らない世界へ行くのだ。しかも中世のような世界だという話だから、きっと美月のいた世界での知識は色々と役立つだろう。
とはいえ受験勉強しかしてきていない美月には、日常生活で役立つような知識はあまりない。
だから、某有名検索エンジンである『ヒャッホー』や『グルグル』で知らない事を検索できれば、それは新しい世界で住む事になる美月のアドバンテージになるに違いない。
そんな事を考えていた美月の前で、小さく溜め息を吐いたアストラリンクが口を開いた。
「それなら・・・・その代わり、検索する時の単語を打ち込む以外ではあなたの意思を感じる事やあなた自身に関する事は、どのような形であれ向こうの世界に送る事はできませんけど、それでも大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。『ヒャッホー』や『グルグル』が使えるんだったら、それでオッケー。あっ、でも、『グランカスター』の事も検索できるサイトが欲しいかな?」
「・・・そうですね。どのみち大森さんには新しい世界の知識も与えるつもりでしたから、その代わりに美月さんの道具を使って1つずつ調べてもらうというのもいいでしょう」
「でも、そこの言葉が判らない、なんて事は止めてよ」
「それは新しい肉体が育つ間にスリープ学習していただきます」
「・・・・スリープ学習?」
聞き慣れない言葉に、美月は頭を傾げた。
いや、スリープ学習という言葉を聞いた事がない、という事ではなく、ただなぜここでそんな言葉が出てくるのか判らなかった、と言うべきか。
「大森さんの魂が新しい体に早く慣れるために、新しい体を生成してすぐにその体に魂をいれるんです。美月さんの体は大きな培養液の入った入れ物の中で成長させますから、その間はまったく動く事はできません。つまり、眠っている状態で成長していくという事ですね。ですからその時間を使って、『グランカスター』の簡単な知識と言語を学んでもらおうと思っていました」
「言語って難しいの?」
「どうでしょう。私には大森さんの難しいの基準が判りませんからなんとも言えません。ですが、テキストを見ながら『グランカスター』に行ってから憶えるよりは、スリープ学習の方が楽だと思います」
「まぁ・・・ねぇ・・・」
歯切れの悪い返事をしながら、美月は頷いた。
「美月さんの新しい肉体については、美月さんの魂が一番馴染みやすいものを創る、ということでよろしいでしょうか?」
「馴染みにくい体って言うのもあるの?」
「そうですね。相性というものはどんなものにもありますからね。でも心配しなくても大丈夫です。もし美月さんに新しい肉体に関して色々と要望があって、それが馴染みにくいものだとしても時間をかければ何とかなりますから」
時間、と言われて美月は顔を顰める。
100年、と言われているのに、更に時間がかかる、というのだろうか?
そんな美月の心を読んだのか、アストラリンクが苦笑を浮かべた。
「大森さんの体には100年という年月はかけません。最重要事項という事で新しい世界の管理者の手も借りる手はずになっていますから、恐らく1−2年ほどであなたの新しい肉体はでき上がると思いますよ」
それに、管理者に手伝ってもらった方がその世界にも馴染みやすい体に仕上げる事ができるから、とアストラリンクは付け足した。
「そうね・・・・じゃあ、外見はお任せにするわ。ただ、ブサイクだけは止めてね」
「そんな酷い事はしませんよ」
「チビ、デブ、も止めてね」
「なんですか、そのピンポイントは」
「だって、イヤなんだもん」
せっかくの第二の人生なのだ。それをチビ、デブ、ブサイク、なんていうキーワードのせいで楽しめなくなるなんて事だけは絶対に避けたい。
絶世の美女とは言わないけれど、普通の女の子として生きていければ、美月としてはそれでいいのだ。
もちろん、マップルとスマフォを使ったチートな人生、だ。
「肉体のサイズに関する事であれば、培養液の中で育てている間にある程度コントロールする事ができますから、そんな心配はしなくても大丈夫です。それから顔に関しては、あなたが選んだ『グランカスター』の基準で美しいと言われる方たちからいろいろ貰って創りますから、ブサイク、にはなる事はないと思います」
そのいろいろ、の部分が美月としては気になるのだが、それは彼の言葉を信じるしかないだろう。
「それでは以上ですか?」
「とりあえずは、ね。もしかしたらあとで何か思いつくかもしれないから、その時は聞いてくれる?」
「はい、大丈夫です。しかし、あまり時間をかけていては新しい肉体に魂を入れる事ができなくなってしまいますから、いつまでも考えないでくださいね」
肉体を生成してすぐの方が新しい肉体に馴染みやすいのだから、と付け足すアストラリンクに美月は神妙な顔で頷いた。