帰り道 ー 5.
窓の外では騎士たちが賑やかに騒いでいるのが見える。
庭先だと言うのに大きな火を焚いているのだが、そんな騎士たちの周囲にはこの家の者もいるから大丈夫なのだろう。
美月はカーテンを閉め直してから部屋に備え付けになっているテーブルに戻った。
テーブルの上にはマップルが置かれていて、手持ち無沙汰な美月は先ほどからグラッターでこの世界の事を検索していたのだ。
野営であればあの焚き火の傍に座る事もできるが、他人には極力姿を見せないようにと言われているので仕方ないと諦めている。
馬車から部屋への移動は大きなローブで頭まですっぽりと隠さないといけない。声も聞かせないようにと言われているとかで、以前バトラシアの騎士たちのステータスチェックをした時に使った魔道具を使って聞こえないようにしているほどだ。
まさか、簡易のカーテンルームを持参しているとは夢にも思っていなかった。
バトラシアの館では部屋の半分をカーテンで仕切ったのだが、帰りの道中で加護読みをする時は簡易の組み立て式のカーテンルームを使って、美月たちはそこに入ってやってきた人の加護を読むのだ。
あまりの手際の良さに、バトラシアはそこまで先の事を読んでいたのだと感心する。
本来であればこれは美月がするべき事なのだろうが、彼女にはそこまで考えがいかなかった。というより王都に行くだけで気持ちは一杯一杯だったのだ。
「だからあんな大荷物だったんだなぁ・・・・」
今更ながら美月の馬車の荷物の多さを理解する。
王都へ向かう時とたいして荷物量が変わらなかった事を不思議に思っていたのだ。
まさか美月が乗っていた馬車の荷物の半分が美月のための簡易カーテンルームを作るための設備だとは思いもしなかった。
そういえば、と今更ながらに思い出すが町を歩く時の美月の服装は侍女のそれだ。恐らく美月を侍女に仕立て上げて彼女から目を逸らせていたのだろうとも思う。
美月が町に出ている間、フランチェスカは彼女の部屋にいた。
「もしかして・・フランさんって私の影武者?」
そう口にしてから頭を振る。
「いやいやいやいや、それはないって。だって、もし勘違いされちゃったらフランさんが危なくなるかもしれないんだよ?」
美月の代わりにフランが狙われるような事があったらどうしよう、と急に心配になってきた。
今彼女は美月の隣りの部屋にいる筈だ。
「でも・・・帰ったらバトラシアさんに聞かなくっちゃ」
「何を聞くんだ?」
「ひゃっっ・・・って、ドナヴァン?」
いきなり前から声がして、美月は文字通り飛び上がって顔を上げた。
そんな彼女にドナヴァンは手に持っていたお盆を持ち上げて見せる。
「いきなり入ってくるんだもん。ビックリした」
「ノックはしたぞ? 返事はなかったけどな」
「返事がなかったら寝てたって思わないの?」
「腹減ってるだろ?」
にやり、と口元に笑みを浮かべてドナヴァンはテーブルの空いている場所にお盆を置く。
どうやら彼は美月はお腹がすいていると眠れないと思っているようだ。
確かにその通りなので美月はグッと言葉に詰まる。
「それで、何をバトラシア様に聞くんだ?」
「フランさん、大丈夫かなって思ってね」
「何が?」
「私の素性を隠すためにこうやって周囲から守ってもらっているのは判るんだけど、もしかしたらその矛先がフランさんに行っちゃうんじゃないかなって心配になったの」
「あぁ、それはない」
心配事を口にすると、ドナヴァンがばっさりと切り捨てた。
「でっ、でも、もしかしたらフランさんが加護読みをしているんじゃないか、って思われてたら危ないじゃない。だってドナヴァン、言ってたじゃない。加護読みだとバレると狙われる危険があるって。だっ、だから私・・・・」
ああもう何を言っているんだろう、と美月は心の中で自分に文句を言う。
言いたい事は判っているのにそれを言葉にできないもどかしさに、それ以上言葉を続ける事ができなかった。
けれど、ドナヴァンにはそれで十分だったようで、彼は少し驚いたような表情を浮かべてからフッと口元に笑みを浮かべる。
「あのな、ミッキーが心配しているのは判る。けど、加護読みが誰かは誰も知らないんだ」
「でっ、でもっっ」
「顔だけじゃない、性別も知らない。この意味判るか?」
「えっ・・・・」
つまり、美月たちは加護を読むのが女性である自分であると知っている。
けれど、自分たち以外の人は素性は愚か性別さえも知らない、そう言う事だろうか?
「気づいていないようだが、表に今夜顔を出さなかったのは美月だけじゃない。フランとアイヴァンも今は部屋にいる筈だ。だからそんなに心配しなくても大丈夫だ」
「・・・・ホント?」
「ああ、本当だ」
「・・・・そっか」
アイヴァンは元騎士で腕が立つ事を知っている。フランチェスカの腕は知らないが、それでも美月よりは強いだろうと思う。
だからこの中で一番弱いのは美月だろう。
それでも知っている人に何かあるかもしれないと思うとそれだけで不安だったのだ。
「ほら、それよりお腹減っているだろ?」
「・・・・ん」
ようやく気持ちにゆとりができて、ドナヴァンが持ってきたお盆に載っているものに視線を移す。
「ミラージュとコットンはもう外に出ただろうと思って、ミッキーが食べれそうなものを選んで持ってきたんだが、食べられそうか?」
「ん、大丈夫。ありがと」
盆に載った皿を美月の方に押しやるドナヴァンに礼をいい、串焼きの肉に手を伸ばす。
「今日もお疲れさん」
「ん、ホント、疲れたわよ」
素性がバレないようにと気を遣っていたせいか、気疲れが溜まっている気がする。
もちろんアイヴァンとドナヴァンが一緒にカーテンの中にいて警戒をしてくれていたし、カーテンの外と部屋の外には護衛の騎士がいたから変な真似をする者もいなかった。
ただ、気力が消耗したのだ。
今からこんな状態ではこれから先が思いやられる。
「ねぇ・・・」
「なんだ?」
「私、これから先もこうやって素性を隠さないといけないの?」
ずっと素性を隠してバレないように息を潜めて生きていくなんて事、美月には無理だ。
そんな生き方、なんのために新しい人生を貰ったのか判らないではないか。
「周囲の目を気にして息を潜めて生きるなんて、私には無理よ」
「ミッキー」
「息が詰まって生きてる気もしなくなっちゃうわ」
「ミッキー」
「こそこそ隠れて生きるなんて真っ平っ」
「ミッキー!」
ギュっと握りしめた美月の拳をドナヴァンがその上から握りしめた。
怒鳴るように名前を呼ばれて、美月はようやく自分が取り乱していた事に気づく。
「・・・・ごめんなさい」
美月のためを思って、みんながしてくれている事なのに不満を口にしてしまった。
申し訳なさに顔が上げられない。
じわっと浮かんでくる涙をグッと堪えて目を瞑ると、握りしめていた手が引っ張られ椅子から立ち上がらされるとそのまま抱き締められた。
広いドナヴァンの胸に顔を埋めて彼の匂いを吸い込んだ途端、我慢していた涙が零れた。
ドナヴァンは静かに泣く美月の背中をそっと撫でてくれる。
「・・・・ずっとじゃない」
ヒック
静かなドナヴァンの声が美月の耳に届いた。
「王都から領に戻るまでの間、だけだ。大神殿に行って許可を得た、と周知すれば多少の横やりはあるかもしれないが命の危険はない。本物の加護読みだと認定された事になるからな。それに加護読みは国だけでなくこの世界全ての大切な財産だ。全く危険はないとは言えない。それでも美月が周囲に顔を見せても構わないと言えば、それでいいんだよ」
「・・・ホント?」
「ああ、だから今だけ我慢してくれ。ミッキーはリンドングラン領に戻ってから、バトラシア様と話をして今後どうするかを決めればいいんだ」
今だけ、と言われて美月はホッとする。
「だが姿を表に出す事を選んだなら、安全のためにきちんとした護衛を付ける事は覚悟してくれよ?」
「そんなに危ないの?」
「正直どうなるか判らない、と言うところだな。リンドングラン領に加護読みが住んだ事はなかったから、何を基準にしてミッキーの警護を考えなければならないのかが判らないんだ。バトラシア様たちが加護読みの住んでいる領に手紙を出して、ミッキーの対処方法を調べているところだ」
けれどきちんと大神殿を通して話したと言う事は、美月に何かをしようとした者はリンドングラン領ではどうしようもできなくとも、大神殿がきちんと処罰してくれるから安全面は確保できる筈だ、と付け足す。
「それもあって、今回ミッキーを王都に連れて行く事になったんだ」
「そうだったんだ・・・そこまで教えてもらってなかったから知らなかった」
「バトラシア様たちもミッキーを怖がらせたくなかったんだ。はっきりとしていればともかく、今の段階では憶測の域を越えないからな」
ほんの少しだけ将来がはっきりと見えてきた気がして、美月は少し落ち着いた気分になる。
けれど、と思う。
その将来は1人なのだ。
ドナヴァンとたまに会えるかもしれないけれど、それだけ。
――だから
美月はドナヴァンの胸に顔を埋めた。
――今だけ
ドナヴァンの胸元を掴んでいた拳をキュッと握りしめた。




