帰り道 ー 4.
薄暗い部屋の中で、美月はカーテンの向こうに人が入ってくるのを待っていた。
目の前のテーブルにはマップルが置かれていて、いつでも加護読みができる準備はできている。
「こんな事、聞いてなかったんだけどなぁ・・・・」
「まぁ諦めろ。大神殿から許しを正式に貰うまではっきりと予定が立てられなかったんだ。大神殿でファルマーニャ様が許可を出したその日のうちに鳥を飛ばしてバトラシア様が予定を決めたんだから、ミッキーが聞いてなかったのは仕方ないだろう?」
「そぉだけどさぁ・・・でも、急すぎない?」
「けどあと1ヶ月で加護読みの仕事を始めるんだろう? その時に客が1人も来なかったらどうするんだ? バトラシア様はミッキーがリンドングラン領に戻る道中でこうやって加護読みをする事で、少しでも人伝てに評判が伝わるようにと考えてこうして手配をしてくれたんだ」
「それは判ってるけど・・・」
バトラシアが美月が1人で暮らし始めて加護読みを仕事としてやっていく事を心配して、こうやって色々と策を練ってくれた事には感謝している。
けれどせめて一言、こういう事があるかもしれない、くらいは言って欲しかったと思う。
王都を出たら真っ直ぐ来た時と同じように4日掛けてリンドングラン領に戻るとばかり思っていたのに、少し蛇行しながら行きには寄らなかった町に立ち寄りながら今日で既に8日が経っている。
その間に加護読みをした町は3ヶ所。今日のここで4ヶ所となる。
「この後もう2ヶ所立ち寄るって言ってたわよね」
「ああ、その予定だ。まぁバトラシア様が他の場所を付け足さなければ、の話だけどな」
そうなのだ。最初は3つの町に立ち寄って、そこの町のまとめ役に無料で加護を読んでやると言う話だったのだ。
しかし、最初に寄った町で美月が加護を読んだところ物凄く感謝されてしまい、そのまま有料で構わないので、(あくまでその)町の大商人と呼ばれる人たちの加護も読むように頼まれたのだ。
そしてその噂は美月たちの移動スピードよりも速く次の町へと運ばれる事になった。
バトラシアがそれに目を付けない筈もなく、美月は毎日バトラシアとアイヴァンの間で交わされる文鳥を使っての手紙を交わす事によって、立ち寄る町を増やされていったのだ。
「まさか帰りが2週間かかるなんて思ってもいなかったわよ」
「まぁ、ミッキーの家ができる前には帰り着くさ、多分」
「多分って・・・・まぁ、急いでいる訳じゃないからいいんだけど・・・」
ドナヴァンもバトラシアとは付き合いが長いせいか、はっきりとそんな事はないとは言えないようだ。
「小遣い稼ぎだと思って頑張れ。ミッキーはバトラシア様からお金をもらいたくないって言っていただろう? だったら、今稼いでいるお金を使って新しい生活に必要なものを買えばいい」
「それもそうなんだけど・・・」
「それに、少しずつお金を貯めて旅行に行くんだろう?」
「うん・・・まぁ、いつになるか判らないけどね」
全く未知の世界だからいつか色々な国を旅したい、と言った事を憶えていたようだ。
あの頃はまだここに来たばかりで何も判っていなかった。
「あとで町を見て回っていいでしょ?」
「ああ、けど護衛を1人は連れて行けよ?」
「判ってる」
連れて行け、と言う事は一緒には来れないと言う事だ。
今回の王都行きの隊長だから、ドナヴァンは結構忙しい。
休憩時もこのような町訪問時も彼が表に立って色々と指揮を執っているから、馬車で移動中に隣りをヴァルガで歩いている時が一番話をする機会がある気がする。
「今日は宿で泊まるの? それとも・・・」
「宿の方が気楽なのは判っているんだが、既に招待を受けているから断る事ができなかった」
悪いな、と苦笑いを浮かべているドナヴァンに、美月は仕方ないと言わんばかりに肩を竦めてみせる。
こんな風に町に立ち寄って加護読みをすると、今のところ100%の確率で町長の家に招待される。
まぁ町長にしてみれば宣伝のためとはいえ無料で加護を読んでもらえるのだ。大抵の町長は加護くらいであれば読んでもらった事がある者も多いが、それでも美月に読んでもらう事で再確認できる上に、過去に読んでもらってから増えた加護を知る事もできる。
王都までの旅費と加護を読んでもらうための金貨一枚を思えば、自分の家に加護読みを歓待して泊める方が時間も金もかからない。
「でも全員じゃないんでしょ?」
「あぁさすがにこの人数全員を泊めるだけの場所はないらしい。今夜家の中に泊まるのは俺とミッキー、アイヴァンにフランチェスカの4人だ。残りは庭で野営だな」
「庭にテント張ってもかまわないの?」
「それはさっき確認した。向こうも部屋数が足らない事は判っているからな。それに護衛が護衛対象から離れて宿に泊まるって言うのは意味がないからな」
「私は別にそれでもいいんだけど・・・」
「ミッキーが良くてもリンドングラン領としては、な」
「まぁねぇ・・・・」
貴族と言うのは何かと格を気にするものだと美月は理解している。
今日町長の許で世話になるのも、貴族とのやり取りに必要な手順であると言う事だ。
将来はともかく、今はリンドングラン領領主の庇護下にいる身としてはバトラシアたちの顔に泥を塗るような事をするわけにはいかない。
「多分だけどな、既にかなりの噂が流れているようだからこれ以上行き先が増える事はないと思う」
「だといいんだけど・・・って、噂って何?」
「 加護読みをあっという間にしてしまう能力は石版の魔女再来か、って言われてる」
「石版の魔女・・・ねぇ。確かに石版にしか見えないんだろうけど」
でも私にはマップルにしか見えないんだよね、と付け足す美月にドナヴァンは苦笑いを向ける。
「ねぇ、今度ドナヴァンが見ている石版にそっくりの石版を見たら見せて。私には一体どんな石版なのか全く想像がつかないから、話を合わせられなくって困ってるんだよね」
「判った」
これまでもテーブルの上に置かれている美月のマップルを見て、「おぉ石版だ」とか「やはり噂通りの石版はどこか神秘的だ」などと言われたものだが、それがどんな石版なのか美月にはまったく判らないのだ。
仕方なく「ありがとうございます」と返しているものの、美月だってそれがどのように他の人の目に映っているのか気になる。
「で、今日は誰があっち側にいるの?」
「カーテンの向こうか? それともドアのところの事か? ドアのところに立っているのはジョナサンで、カーテンの向こうはジャラマイアだ」
「ジャラマイアって・・・あぁ、あの堅苦しい話し方を変えない人か」
リンドングラン領に戻る行程の大幅変更のため、バトラシアがドナヴァンの隊限定で美月が加護読みが出来る事を極秘事項として伝える事となったのだが、それが判った途端に今までとは違う態度を取られるようになった事が美月としては不満で仕方がない。
今まで気安くからかって来ていた人たちが堅苦しい態度を取るようになったのだ。
美月としては別に自分が偉くなったとは思っていないから、今まで通りの態度を取ってくれと頼んでいるのだが、それでも堅苦しさの取れない騎士もいるので困っている。
「堅苦しいのは我慢してくれ。加護が読めるというのはそれだけ凄い事なんだ。ほんの少数の人間にしかできない事をミッキーはできる。だから彼らが態度を変えてしまうのは仕方ないだろう?」
「でもドナヴァンだって知っているでしょ? それって私の能力じゃなくって、マップルのおかげだってこと」
「だがその石版はミッキーにしか使えない。俺たちにはただの石版にしか見えないんだ。判っているだろう?」
「そりゃそうだけどさぁ・・・・」
まぁこれ以上は文句を言っても仕方ないと諦めたように肩を竦めてみせると、ドナヴァンはポンポンといつものように美月の頭を叩く。
そういえば彼だけは態度を変える事がなかった、と今更ながら思う。
草原で最初に顔を会わせた時からマップルの事や美月の事を知った今も、彼だけは全く態度が変わらなかったのだ。
あのスライでさえ、どこかよそよそしい態度になったと言うのに。
あと一月で領主の館を出て1人で暮らしていくのだが、バトラシアの話では護衛を付けると言っていた。
新しい美月の護衛も堅苦しい態度を取ってくるのだろうか?
――1人で暮らしていく事になったせいで、息の詰まるような生活になったらどうしよう。
ドナヴァンと一緒だったら、と美月は思うもののすぐに頭を振る。
無理だと判っているのだから、想像するだけ無駄だ。
「どうした?」
「・・・なんでもない。早く帰りたいなって思っただけ」
「そうだな・・・」
急に頭を振る美月に心配そうな視線を向けてくるドナヴァンに、彼女はぎこちない笑みを向ける事だけで精一杯だった。




