帰り道 ー 3.
ぱちぱちと爆ぜる焚き火の音を聞きながら、美月は木の枝に刺さった焼けた肉を頬張る。
「はい、ミラージュ」
美月が食べているのとは別の串から外した肉を肩に止まっているミラージュに差し出すと、小さく喉の奥で声を出してミラージュが受け取る。
今のミラージュは姿を現していて、黒い羽が焚き火の明かりを受けて七色に変化しているのが見える。
本人は美月が羽の色をじっと見ている事にも気づかず、一生懸命彼女から貰った肉を食べている。
予定では町に辿り着く筈だったのだが、グンダルと遭遇したせいで町から3時間ほど手前で野宿をすることになってしまった。
ふかふかのベッドはお預けになったものの、キャンプファイアを囲んでいるようで美月はそれなりに野宿を楽しんでいる。
それにこうやって外で夜を過ごす事は初めてではないので、町に辿り着けなかった事を謝られたものの苦痛ではない。
「それにこうやって外で食べるからミラとご飯食べれるしね」
キキュッ
話しかけてくる美月に、ミラージュは小さな声を上げて小首を傾げる。
それを見て思わず笑ってから、美月はもう一切れミラージュに差し出した。
「まぁ今夜のご飯を取ってきたのはミラみたいなものだからね。たくさん食べてね」
「それで、ミッキーはミラージュが取ってくれたご飯を食べさせてもらっているご主人様、って事だな」
「スライ・・・ふんっ」
いつの間にか近くに来ていたスライがからかうように言う声が聞こえて、美月は彼に視線だけ向けて鼻を鳴らす。
「いい使役獣がいて良かったな。ちっちゃいコウモリよりは使えるぞ」
「コットンだってちゃんと役に立ちますっ」
「そぉか? 俺はまだ役に立つところは見た事ないけどな」
むぅっと唇を尖らせて、美月は上目遣いにスライを睨みつける。
確かに彼の言う通り、今のところコットンの出番はない。というか、今までもコットンの仕事は美月の暇つぶし役程度で、他にこれと言った事をさせた事がないのだ。
しかしそれは単に必要に駆られなかったからというだけで、コットンが役立たずと言う訳ではないと美月は思っている。
パサッ
羽音がして肩を見おろすと、いつの間にかミラージュの姿が見えなくなっている。
けれど、なんとなく美月にはミラージュが怒っているように感じる。
あれ、と頭を少し傾げた美月の肩に少しミラージュの足爪が食い込んだなと思ったのと同時に、小さな羽音を立てて飛び立った。
「ウゲッ!」
闇鴉がいなくなった肩を見おろしていた美月の耳に、スライのうめき声が聞こえた。
顔を上げると、そこには頭を抑えて蹲っているスライが見えた。
そして、ふわっと肩に何か止まる感触がして見おろすと、そこには姿を現したミラージュが止まっている。
「おまえ、何怒らせてるんだよ」
「俺は何もしてねぇっ」
「いやいや、おまえがミッキーに何かしたから仕返しされたんだろ?」
「・・・ふんっっ」
呆れた声で尋ねるフンバルに鼻を鳴らすスライだが、それ以上文句を言わない事がフンバルの言う通りだと言う事を肯定している。
それから立ち上がるとそのまま焚き火の向こうに歩いて行ってしまった。
それを見たフンバルはやれやれと頭を振ってから美月の隣りに座る。
「まぁ、あの馬鹿の事はほっといてやってくれ。どうせミッキーの気分を害するような事を言ったから、闇烏が報復をしたんだろうからな」
「うん・・・スライは相変わらずスライって事ね」
「あ〜・・・それは否定できないが・・・まぁ、そんなところだ」
ほい、とフンバルから肉の刺さった串を差し出され、美月は素直にそれを受け取るとそれが香辛料も何もかかっていないと確認してから、指先で串から肉を外してミラージュに差し出す。
「はい、ミラージュ。ありがとね」
キキュッ
喉の奥で小さな鳴き声を上げてから、闇鴉は美月の差し出した肉を銜えた。
「美味そうに食うな」
「美味そう、じゃなくって美味しいからでしょ」
「まぁ、自分で獲ったようなもんだから、しっかり食べてくれればいいさ」
「ドナヴァンも同じような事言ってたし、さっき他の人たちからもお礼を言われたんだけど、そんなに頑張ったの?」
肩に止まれるほどの大きさしかない闇鴉なのに、そんなにお礼を言われるほどの事をしたのかと思うと不思議な気分だ。
「あんな数のグンダルは滅多にないんだ。だからあの群れを見た時にどのくらいの被害が出るのか、と最初に思ったんだぞ? それなのにちょっとした怪我人は出たもののそれ以上に被害はないときたもんだ。おまけに美味い肉を夕食用に手に入れて、その上魔石と毛皮まで手に入れる事もできた。みんな喜んでいるよ」
フンバルの方を向いている美月の気を引くように闇鴉が彼女の肩を軽く突いてくる。
美月はそんな闇鴉の催促に思わず笑いを零しながらも、食べやすいように肉を串から外して差し出す。
「でも本当によかったのか? ミッキーの闇鴉のおかげで手に入れる事ができたようなもんだぞ」
「えっ・・・あぁ、毛皮と魔石? うん、別に要らないわよ。っていうか、私にはどう使えばいいのか判らないから」
31頭いたグンダルの毛皮と魔石を均等に分配すると言われた時、要らないからその分みんなで分けてくれと言ったから気にしているようだ。
確かにバッグの中身以外は何も持っていないから、お金になると言われるともったいない気もしたが、それよりも世話になっている事に対して申し訳ない気持ちの方が大きかったから、自分の分をみんなで分けてくれと言ったのだ。
「売れば言い金になるぞ?」
「そうね。でも、みんなのお世話になっているから、そのお礼に全部あげるって事でいいのよ。こうやって行きと帰りの護衛をしてもらっているんだもの」
「護衛は仕事だからな、誰もそんな事は気にしていないさ。それどころか王都で少し羽を伸ばす事ができて喜んでいると思うぞ?」
「そぉなの? だったら良かった。片道4日も掛けての移動だから、大変なんじゃないかなって思ってたのよね」
「いやいや。それどころか、滅多に見れないという塔の中まで見学で来たんだ。自慢できるとみんなミッキーに感謝しているくらいだ」
なんなら今からでも見学料としてうけとるか? とからかうように言うフンバルに美月は小さく頭を振った。
「私のおかげじゃなくって、ファルマーニャ様のおかげでしょ? 私も見せてもらえて嬉しかったもの」
ファルマーニャの名前を口にした途端、美月は彼女との会話を思い出した。
馬車の中で考えていたものの、グンダル騒動ですっかり忘れてしまっていた。
「やっぱり何か別の方法で生活していく方がいいのかなぁ・・・」
「ミッキー?」
ボソボソと口の中で呟くように言った言葉が聞き取れなかったのか、フンバルが声を掛けてくる。
「あっ・・・っと、何でもない」
「そうか?」
「ん・・・なかなか大変な王都訪問だったな〜って思っただけ。年に1度行かなきゃいけないんだよね?」
「あぁ、そう聞いている」
「・・・・そっか」
加護読みの仕事をする事を認めてもらう代わりに、毎年大神殿に1年分の税を持っていかなければならない。
それは別に美月だけではなく、どの加護読みにも課せられている事だ。
領主が領に治められた税金を王に捧げるために王都を訪れるのと同じく、加護読みは大神殿に税金を捧げつために王都に来なければならない。
とはいえ、領主の館を出る美月がこうやって領の騎士に守られて王都に来ることはないだろうから、次回からは傭兵を雇って王都に行かねばならないだろう。
また新たなハードルが出てきた、と思うもののそれでもこれ以上バトラシアたちを頼る訳にもいかない。
ありがたい事に加護読みは毎年ヒエラドリアーナの月に行く事になっているので、まだ10ヶ月はある。それまでになんとか王都に行くための手を考えつかないといけない。
ちなみにこの『ヒエラドリアーナ』はこの世界にいる神の名前で、主となる12神の名前がそれぞれの月の名前となっている。
「・・・なんか、前途多難・・・・」
はふっと溜め息を1つ吐いて、美月は焚き火を見つめた。




