王都へ ー 4.
それからドナヴァンとファルマーニャは美月が加護読みをするにあたっての細かい取り決めを交わした。
まず加護読みの料金は、大神殿と同額にする事。これは金額の差を付けない事でどちらかにも不利にならないようにするためだ。
ファルマーニャの話ではステータスチェックは大金貨1枚と決まっているそうだ。そして加護のみであれば金貨1枚だという。
その辺りはバトラシアから聞いてはいたのだが、それでも自分がするのであればもっと低い料金設定ができるのではないか、と思っていたのだ。
「そっ、それって、高くないですか?」
「そうですね、安くはありません。けれどあまり安く設定しては加護を知るためにやってきた人を捌ききれなくなってしまいます。それでは加護読みをするものに負担がかかると言う事で、どこの国でもこの金額設定となっています。これは不平等を無くすためにも変える事はできません。ミツキ様が金額を下げてしまえば他の者も下げなくてはならなくなります。そうなると困る者も出てきます」
「でも・・・・」
「加護読みができる者の、その殆どは神殿関係者なのです。彼らは加護を読む事で入ってきたお金を使って神殿や孤児院を経営しています。この王都のあるスッキャグスでは戦は起きておりませんが、戦の起きている地域では戦争孤児も多く、彼らは少しでも多くの収入を必要としています」
そう言われてしまうと美月もそれ以上強くは言えない。美月にとってはただの収入源だが、そのお金がなければ孤児院が回らないと言われたのだ。
「そして先ほども申し上げましたが、ミツキ様から加護読みによって得た収入のいくらかを布施と言う形でいただく事になります」
「はい、それはさきほど聞きました」
「そのお金は必要とされている神殿関係者に渡す事になります。つまり、ミツキ様が手にしたお金を神殿に布施する事により、そのお金は孤児たちの生活を守る事になるんです」
判りますか、と聞かれて美月は頷いた。
「つまり、私が神殿に払うお布施が子供たちのためになる、と言う事ですね」
「そうです。ですので、ミツキ様が加護読みで手にした収入の3割は神殿への布施となります。もちろんそれ以外で手にしたお金を布施にする必要はありませんから」
「ありがとうございます。でも今はそれくらいしか収入を稼ぐ術がないんです。それに、こちらの生活に余裕があればそれ以上を布施として渡してもいいと言う事ですよね」
1人で暮らしていくつもりの美月に必要なお金はそれほどないと思っている。だから、もし戦争孤児たちの手助けになるのであれば、ゆとりがある時に多めに布施として神殿に渡しても構わないと思う。
真面目な顔でそう言う美月をみて、ファルマーニャは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「私1人だったら、そんなにお金は必要ないですから。本当はきちんとした仕事を持った方がいいんだと思うんですけど、この世界では私はあまり役に立たないみたいなので・・・」
「そんな事ないと思いますよ? 人は誰もが使命を持っています。ミツキ様がこの世界に来られたのも、神がミツキ様の力を必要と思ったからだと私は思います」
「いや・・・それは・・・」
行き場のなくなった美月を引き受けてくれただけ、と言うのが事実だと美月は思うのだが、目をキラキラさせているファルマーニャには言えない気がした。
「ただ疑っているように聞こえるかもしれませんが、ミツキ様にはこちらが指定した者の加護を読んでいただきます」
「加護を?」
「そうです。ミツキ様が加護を読む事ができる、と言う事を証明していただかなければならないのです。これは加護読みをされる方全員に課せられる試練で、大神殿で大神官が加護を読む事ができると言う事を確認する事に決まっております」
申し訳なさそうにファルマーニャは言うが、美月にしてみれば当然の申し出だと思う。
「判りました」
「本当に申し訳ありません」
「そんなに気にされなくてもいいですよ。ちゃんと加護を読む事ができるかどうかを確認する事は正しいと思いますから」
「そう言っていただけると助かります」
小さく頭を下げるファルマーニャに、美月も小さく頭を下げてみせる。
「こうして話をしていてミツキ様は嘘をつかれるような方ではないと思ったのですが、それでもきちんと手順を通しておかなければ要らぬ疑いをかけられるかもしれませんので」
「そうですね・・・加護を読むだけで金貨1枚の報酬をもらえるとなれば、邪な事を思いつく人がいないとは言えませんからね」
「ご理解いただけてありがたいです」
困ったような笑みを浮かべた彼女に、美月は大丈夫だと言わんばかりににっこりと笑みを返した。
「それって、これからしますか?」
「そうですね・・・準備は必要でしょうか?」
「あ〜・・・そうですね・・・準備と言う訳ではありませんが・・・」
ファルマーニャの前でマップルを取り出していいものかどうか美月には判断を点けられないため、彼女は思わず後ろに立っているドナヴァンを振り返った。
「ミツキ様は石版と水晶を使われますので、数分いただければ準備には十分です」
「なるほど・・・・石版ですか」
きっと石版の魔女の話を思い浮かべているんだろうな、と美月は頬に手を当てて何か思案しているファルマーニャを見ながら心の中で溜め息を吐いた。
加護読みをする者は精神統一、または集中するために何か小道具を使うのが普通だ、と聞いているのでおかしくはないのだが、石版を使うという加護読みはいない、とドナヴァンに言われた事を思い出したのだ。
石版を使うというのは怪しいのだろうか、と思案しているファルマーニャを見ながらどんどん美月は不安になってくる。
けれど、顔を上げて美月を見返したファルマーニャの顔は、美月を疑っているようには見えなかった。
「ミツキ様たちは明日王都を離れられるんですよね?」
「えっ、そうなの?」
美月でさえ知らなかった予定を口にしたファルマーニャの台詞に驚いて、そのまままた後ろに立っているドナヴァンを振り返ると、彼は視線があった美月に小さく頷いて彼女の代わりに口を開いた。
「一応そのように予定おりますが、もし必要であれば数日の滞在はバトラシア様から許しを得ております。バトラシア様は大神官の意向に添うように、と言われていますのでその程度の予定変更はなんの問題もございません」
「そうですか。それでしたら、もう1日滞在していただけますでしょうか? 明日ミツキ様に加護を読んでいただけるとこちらとしても都合がいいので・・・・ミツキ様に加護を読んでいただく人間が今日は都合が付かなくて明日の11時に大神殿に来ることになっています」
「判りました。その程度の変更でしたらなんの問題もございません」
考える事もなくすぐに返事を返したドナヴァンを見ると、これは予想範疇内の事だったようだ。
「こちらの都合ばかりを押し付けて、本当に申し訳ありません」
「いいえ、こちらこそ無理を言ってお時間を取っていただいているのですから、この程度の事は無理とはいいません」
「そう言っていただけると嬉しいです。それでは、ミツキ様、明日の11時に来ていただく、と言う事でよろしいですか?」
「あっ・・・はい、大丈夫です」
多分、と美月は小さく心の中で付け足す。
美月は2人の会話を聞いているだけだったので自分に振ってくるとは思っていなかったのだが、それでもとりあえず頭を下げて了承する。
「そしてミツキ様さえよろしければ、私にミツキ様の世界の話をしていただければと思います。急いでいるようでしたら無理にとは申しません」
「私の世界、ですか?」
「そうです。異界からの客人の話は私も聞いた事はあるのですが、実際に客人に会うのはミツキ様が初めてなのです。ですので、私は本当に楽しみにしておりました」
「・・・はぁ」
「明日は加護読みの試練を受けていただいた後、こちらで昼食をご用意しますので、その時にでもお話を聞かせていただけると嬉しいです」
私はこの世界というよりこの神殿の中の事しか知りませんから、と淋しそうな笑みを浮かべたファルマーニャの申し出を断る事は美月にはできず、美月はただ黙って頷いた。
美月としては自分が住んでいた世界よりこの世界の方が物珍しくて面白いのだが、この世界の人から見れば自分がいた世界の事の方が珍しいのだろうと思う。
とりあえず今日はここまでと言う事なので、美月はファルマーニャに謁見の礼を言ってから部屋を出た。




