王都へ ー 3.
ゆっくりと中に歩いて入ってきた彼女の空色をした膝の辺りまである長い髪は、とても白い神官服に映える。
そんな事を考えながら、美月は自分たちの2メートルほど手前で足を止めた彼女を見つめていた。
ドナヴァンは彼女が神官服をきている事から、神殿関係者であろうと判断して美月の隣りに移動した。
「階段は近くに行かなければ視覚できない仕組みになっているんです。なので、もし後で時間があるようでしたら案内しますよ」
「・・・えっ、と・・・」
「私たちを大神官様のところに案内してくださる方ですか?」
ニコリと笑みを浮かべた彼女に言う言葉が見つからなかった美月と違って、ドナヴァンは彼女は大神官の関係者だろうと辺りを付けて尋ねる。
「ん〜、そうですね、案内というか・・私が大神官です」
「へっ・・・?」
「第42代大神官を勤めるファルマーニャ・スキャッグスと申します」
「それは大変失礼いたしました。私はリンドングラン領第3騎士隊隊長を務めますドナヴァン・グラスハーンと申します。そしてこちらが異界からの客人でございます」
さっと左膝を床に着いて騎士の礼をとるドナヴァンに驚いて美月は思わず彼を見おろしてから、ハッと思い出したように目の前に立っている女性に頭を下げた。
「あっ・・・私は大森美月と申します。えっとミツキ・オオモリ、がこちら風の言い方でした」
「ミツキさま、ですか? 初めまして。丁寧なご挨拶、ありがとうございます」
すっかり動揺してテンパってしまっている美月がなんとか挨拶を言うと、口元に浮かべた笑みを深くしてファルマーニャと名乗った女性は浅く頭を下げ返した。
「それで、どういたしましょうか?」
「えっ・・・っと」
「今回はこちらが無理を頼んでいますので、ファルマーニャ様のご都合に合わさせていただきます」
「そうですか? では、私の書斎ではどうでしょうか?」
「それで結構です」
それでは、とファルマーニャが歩き出すと、その背中を追いかけるようにドナヴァンは美月を促した。
「こちらです」
「失礼します」
「・・・お邪魔します」
一礼して部屋に入るドナヴァンを真似て、美月も同じように軽く会釈をしてから案内された部屋に入った。
部屋の広さは12畳ほどで、入ってすぐ右の壁は一面が本棚となっており数えきれないほどの本が並べられている。
この世界では本は貴重と聞いていた美月は、こんなにたくさんの本を見た事がなかった。
思わず本に見とれているとドナヴァンがクスリと笑うのが聞こえ、ハッと我に返った美月は慌ててファルマーニャが勧める椅子に座った。
「珍しいですか?」
「そう、ですね。こんなにたくさんの本はこちらに来て初めて見ました」
「そうですか? それでは機会があれば王都の図書館に足を運んでみてはいかがでしょう? 王国内だけでなく近隣諸国の本も見る事ができますよ」
美月たちが椅子に腰掛けるのを見てから、ファルマーニャは部屋に隅に置かれていた茶器を使ってお茶を入れ始めた。
「あっ、その、私が入れます」
「いいえ、ミツキ様。大丈夫ですよ。それに異界からの客人にお茶を入れさせる訳にはいきませんから」
「でも・・・」
「それよりもう準備できましたから」
美月たちのところに来る前に準備はできていたのだろう、ファルマーニャはお湯をポットにいれるとお盆ごとミツキとドナヴァンの前にあるテーブルの上に置いた。
それから、お盆に載っていた3つのカップにお茶を注ぐ。
ファルマーニャはカップを美月とドナヴァンの前に置いて、盆に載っていた砂糖とミルクの入れ物を2人の間に置くと、盆をテーブルの端に移動させてから自身も席についた。
「王都までの旅はいかがでしたか?」
「・・そうですね・・・・景色を楽しませてもらいました」
本当は慣れない馬車のせいで腰がおかしくなりそうだったのだが、そんな事は言えないだろうと美月は当たり障りない事を口にする。
「リンドングラン領からここまでは4日ほど掛かるんでしたよね。お疲れさまでした」
「いいえ・・・それなりに快適な旅でしたから・・・」
「何か大変だった事などありませんでしたか?」
「・・・いいえ。大丈夫でした」
ここはファルマーニャの書斎で、ドナヴァンは美月の護衛を務めた騎士と言う立場なので、この場合応答するのは美月と言う事になる。
とはいえ何か下手な事を言ってはマズいという気持ちが先に立っているせいか、どうしても歯切れの悪い返答になってしまうのはどうしようもない。
その事は美月がファルマーニャにあったせいで緊張しているためだ、とファルマーニャが思ってくれるといいな、と美月は絶賛他力本願中だ。
「騎士様、バトラシア・リンドングラン様からの要請の手紙を受け取っておりますが、確認のために騎士様からも今回の面会の内容を話していただけますか?」
「はい。判りました」
そんな美月を微笑ましそうに見てから、ファルマーニャはドナヴァンに向き直った。
バトラシアたちはファルマーニャがそう尋ねてくる事を予想していたのか、ドナヴァンは事前にバトラシアと話し合って決めた内容をゆっくりと話した。ゆっくりと話す理由は横で聞いている美月にも聞いてもらうためだ。
ここに来る前の数日間、バトラシアたちと美月はどこまでの事を神殿で話すかを協議していたのだ。その内容を美月が忘れているとは思わないが、こうしてゆっくりと話す事で自分と美月の間に齟齬がないようにしようと思ったのだ。
そうしてドナヴァンが話した内容は、カサンドリアが異界からの客人がやってくると予言した事、自分を含めた騎士3人でカサンドリアの言った場所へ行くとそこに美月がいた事、彼女を保護してリンドングラン領の領主の館に連れて帰った事、美月が独り立ちをしたいと望んだのでそのためにこの世界の教養を教え、彼女が1人で生きていける手段を模索していた時、彼女が加護を知る事が出来る事が判った事、だった。それらを彼は順を追って判りやすく明確にファルマーニャに話した。
「・・・・なるほど。そうでしたか」
「バトラシア様は、加護が判るのであればそれを調べる事を仕事にすればいいのではないか、とおっしゃられました。しかしステータスを調べる事ができるのは大神殿の大神官様のみです。もちろんミツキ様にはステータスの全てを調べる事はできませんがそれでも加護は判りますので、もしそれを仕事にするのであれば大神殿から許しを得た方がいいだろう、とバトラシア様はお考えになり今回の王都訪問となりました」
「気を遣っていただいてありがとうございます、とバトラシア様にはお伝えください。もちろんこちらからもお手紙を用意するつもりではありますが、騎士様からもお伝えいただけると嬉しいです」
「もちろんです」
真面目な顔で話をしている2人を、美月は口を挟むでもなく黙ってみていた。
これはバトラシアから余計な事は言うなと釘を刺されたこともあるが、ドナヴァンがあまりにも見事に話をするので美月には口を挟む余地がない、と言うのも事実だった。
美月としては、ドナヴァンがこの場にいてくれて良かった、と思うばかりだ。もし1人でここに来ていてもここまできちんと理路整然とファルマーニャに説明できかっただろう。
「私の方ではなんの問題もないと思います。確かにミツキ様の加護を知る事ができるという能力は珍しい者ではありますが、それでもミツキ様だけと言う訳ではありません。数は少なくはあるものの、それでもこの王都には数人の加護読みがおります」
「そうなのですか? それを聞いて安心しました。なにせ我が領主であるバトラシア様がミツキ様の加護読みの能力のせいで危険な目に遭うのではないか、ととても気にしておりましたので」
「バトラシア様の懸念はもっともです。確かに加護読みは少数ながらいます。しかし加護しか判らないとしても、狙われないとは言えません。ですので、ミツキ様に護衛をおつけしたバトラシア様は大変聡明な判断をされております」
加護しか判らなくともいつでも調べる事ができると言う事はそれだけで十分権力者の欲望を刺激するのだ、とファルマーニャは付け加えた。
「ですので、ミツキ様、王都にいる間だけでなく、これからも身の回りには気をつけてくださいね」
「・・・はい」
「騎士様も、バトラシア様にミツキ様が独り立ちされた後も護衛を付けるように注進していただけると安心できます」
「もちろんです。今はバトラシア様とウィルバーン様以外では私をはじめとした本の数人しかミツキ様の能力を知りませんが、ミツキ様がこれから加護読みをしていくとなれば彼女の能力を知るものは増えていく事になります。そうなると良からぬ事を考える者が出てくる事は予想できますので、バトラシア様はその点もきちんとお考えになっています」
「それを聞いて安心いたしました。ミツキ様、神殿といたしましてはミツキ様が加護読みを仕事とする事になんの問題はないと思っております。ただ、身の回りには気をつけてくださいね」
「・・・ありがとうございます」
本当に心配しているのだ、という表情を向けられると美月は何を言えばいいのか判らず、ただ礼を口にした。
そんな美月の動揺を見てとったのか、ファルマーニャはにっこりと笑ってみせる。
そんな彼女に美月も弱々しい笑みを返した。




