表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石版の魔女  作者: チカ.G
本編
32/72

王都へ ー 2. 

 美月はぽかんと口を開けて見上げていた。

 見上げた先には空の青に溶け込んで空そのものに見える建物、大神殿だ。

 美月にはよく判らない建築スタイルで、目の前の地面に近い壁の部分はタイルの継ぎ目が見えているのに、上に行くほどその継ぎ目すら見えなくなりそのまま空に溶けてしまっている。

 なんとか無事に王都に着いたのは昨日の夕方で、その日は度の疲れを取ろうと言う事で少し早い夕食を食べてすぐに美月は眠ってしまった。

 寝る前に美月はコットンとミラージュのために窓を開けていたのだが、今朝目が覚めると窓はきちんと閉められていた。おそらく見回りにやってきたドナヴァンか騎士の誰かが窓を閉めてくれたのだろうと思うが、それに気づかずグースカ眠っていた姿を見られたのかと思うと少し恥ずかしい。

 それでも一晩ぐっすりと眠れたおかげで、今朝の美月はすこぶる調子が良かった。

 バトラシアは全ての準備をしてくれていたようで、美月たちは昨日王都に到着したにもかかわらず昨日の今日で既に大神官と会う手筈が整っていた。

 今朝はいつもより少し遅めの8時に起きてから着替えをして朝食を食べ、それからドナヴァンたちと一緒に徒歩で大神殿にやってきた。

 なんでも大神殿に馬車で乗り付けるのは不敬と言う事らしく、よほど位の高い人物か自分の足で歩けないと認定された人以外は徒歩で行かなければいけないらしい。

 とはいえ美月としては初めて来る場所だから、むしろ観光がてら王都の中を歩けて良かったと思ったほどだ。

 馬車で4日も揺られていた後だと、余計にのんびりと歩くという行為が気持ちよく感じる。

 そして、宿のあった方角から大神殿の真正面に出る道に曲がった途端目の前に真っ青な塔が目に入り、思わず足を止めてぽかんと見上げてしまったのだ。

 「ミッキー、そろそろいいか?」

 「へっ? えっ・・あっ、うん。ごめんなさい」

 苦笑を浮かべたドナヴァンに背中をそっと押されて、美月は我に返る。

 「気にするな。気持ちは判る」

 「すっごい建物だなぁって、思わず見とれちゃった・・・」

 ポンと頭にドナヴァンの手を置かれ少し照れくさくなりながら、美月はもう一度塔を見上げる。

 「まだ時間はあるから、約束の時間になるまで中を見学してもいいぞ?」

 「ホントっ?」

 「ああ。中を見学しながら気持ちを落ち着けた方がリラックスして謁見できるだろう」

 美月としては緊張しているつもりはないのだが、もしかしたらドナヴァンたちにはそう見えているのかもしれない。

 それにこんな不思議な外観をした建物の中に興味がないと言えば嘘になるし、もしかしたらもう機会がなくて見学できないかもしれない。

 だったら時間があると言う今のうちに見学した方がいいだろう。

 美月は素直に頷いた。

 「2時間程度だが、それで十分だろう?」

 「うん」

 「ミッキーは塔にも行きたいんだろ?」

 「うん、行けるの?」

 「ミッキーは大神官との対面が許されているから塔も行けるが、俺たち全員は入らせてもらえない。1人の護衛は許されているだろうから俺がついていくが、残りは神殿の中にある従者のための部屋で待ってもらう事になる」

 神殿には誰でも入る事ができるが、そこから先になると規制がかかるようだ。

 その説明を聞くと塔にも行きたいが他のメンバーに悪いなと思ってしまう。

 だが、そんな思いが顔に出ていたのだろう、思わず振り返ってみた護衛の騎士たちが苦笑を浮かべて頭を振っている。

 「ミッキー、気にするな。これも仕事だ」

 「そうだぜ。それにこうやって大神殿に来れるだけでもラッキーなんだからな」

 フンバルとスライが口々にそう言い、他の騎士たちの2人に同意するように頷いた。

 「ホントに?」

 「ああ、せっかく来たんだから気にせずに見て回ればいい」

 「・・・ありがと」

 美月は軽く頭を下げて礼を言い、ドナヴァンたちに促されるまま神殿に向かって歩いていった




 神殿は真っ白な大理石のような石で作られていた。

 なんとなくギリシャやローマの神殿のような雰囲気はあるものの、壁や柱の表面が波打つように彫刻されており、その波の形が建物の中全体と見事に調和して、まるで真っ白な雲の中に立っているような気がする。

 そしてゆっくりと神殿を一通り見て回ってから塔に続く回廊を歩いて中に入ると、そこには外からは思いもしないほどの空間が広がっていた。

 外観は空の青をしていて上にいくほど空の色に見事に溶け込んでいた。

 内観も空の青をしており、上を見上げると青がどんどん濃くなってまるで夜の空を見あげているようだった。

 中の空間が広く感じるのは壁の色のせいかもしれないが、外から見たイメージより倍以上広く感じるのだ。

 その上目を凝らすと見えない星がただ見上げているだけで現れてくる気がして、本当に不思議な空間だった。

 「・・・まるで宇宙の中にいるみたい・・・・」

 「宇宙・・・?」

 「宇宙って、判らない?」

 美月が頭を傾げて隣に立っているドナヴァンを見上げると、彼は頭を横に振って知らないと伝える。

 「宇宙って言うのは・・・そうね、なんて説明すればいいのかな? 空のその先にある空間、って言えば判る?」

 「・・・・空の先の空間? それは空ではないのか?」

 「あ〜・・・確かにそれも空なんだけど・・・その前に、ドナヴァン、この国っていうか、この世界が球体だって言う事は知っている?」

 「それはそう言う説があると憶えている。巨大な球体の上に大陸と海がある、と」

 「そうそう、その球体を星っていうんだけど、そんな星がたくさんある空間を宇宙、とでも思ってくれたらいいわよ」

 美月としてもあまりよく知らないから、どう説明すればいいのか判らずこんな言い方になってしまった。

 しかしドナヴァンは美月の言葉を頭の中で反芻しているのか暫く思案顔をしていたが、1分ほど考えた後で美月を見返した。

 「つまり、夜空に見える星とこの世界の間にある空間、と言う事か?」

 「・・・そうね、そう言ってもいいのかな?」

 「なんだその疑問系の返事は」

 「完全な正解じゃないけど、そのくらい判っていれば理解できているって言えるかなってところ?」

 頭を傾げながら美月がそう言うと、ドナヴァンは頭を軽く振って苦笑を浮かべた。

 「夜空に見える星も含めた空間、って言った方が当たってる気がするの。だから、こうやって見上げていると、見えない星が見えてくる気がするのよ」

 そう言ってまた上を見上げた美月に釣られて、ドナヴァンも同じように見上げる。

 今、塔の中にいるのは美月とドナヴァンだけだ。

 ここに案内してくれた見習い神官(と本人が言っていた)の話では、今の時間はそれぞれの部屋で仕事をしているか、神殿の方で祈りを捧げているらしく、彼らが塔にやってくるのは朝の礼拝の前と夕方の礼拝の後らしい。

 「ねぇ、さっきそう言う説があるって言ったけど、その辺りははっきりとしてないって事?」

 「いや、神官たちはこの世界は丸いと教えられる。巨大な球体がこの世界を形成しているのだ、と。ただ、一般の人にはそれを受け入れる事ができない者もいるんだ」

 「あ〜・・・まぁ、確かにそうかもしれないわね。予備知識も無しに、あなたは球体の上に立っているんですよ、って言われても実感が沸かないかも」

 「そうだな。それに昔は平らな大地が空に浮いていると考えられていたからな。平らな大地が空に浮いていると言う考えの方が球体の上に立っていると言われるより判りやすかったんだと思う」

 天動説と言う考えだ。美月がいた世界でも、昔はそう考えられていたのだからそれは判る。

 美月が学生をしていた頃には既に空にはサテライトが浮かんでいて、そこからの映像で地球は丸いと言う事を視覚で見る事ができたから簡単に受け入れられたが、この世界にはサテライトなんて言うものはないから目の前の大地をみてここは丸いと言われてもなかなか受け入れられないのだろうと想像がつく。

 せめて、月があれば、と美月は思う。

 来て暫くは気づかなかったのだが、この世界には月がないのだ。

 1日、1年の長さは元いた世界と全く同じなのに、見上げた空に月はなかった。

 月のない空間が広がっている事に初めて気づいた時に見上げたそれは、美月にとって不思議な夜空だった。

 「それにしても広いな」

 周囲を見回しながらそう言うドナヴァンの声で美月は考えから引き戻された。

 「壁の色のせいかもしれないが・・・」

 「ドナヴァンもそう思う? なんだか外から見た塔より広く見えるわよね?」

 「ああ、そうだな。ミッキーもそう思うんだったら、俺の気のせいじゃないかもしれないな」

 「壁に繋ぎ目がないから、余計に広く感じるのかもしれないけど・・・」

 後ろを振り返るとつい先ほど入ってきたドアが開かれたままだ。まるでそこに四角い穴が開いているような気がするほどだ。

 「そう言われると確かに壁に繋ぎ目がないな。石を積み上げているにしても漆喰で固めているにしても、多少の繋ぎ目が見えてもおかしくはないんだが・・・」

 「それにここって塔なのに上に行く階段もないわよね? どうやって上に登るのかしら?」

 「そうだな・・・塔の屋上には上れないのかもしれないな」

 「いいえ、上がれますよ」

 2人で上を見上げたり前方の壁を見つめたりして話していると、不意に聞き覚えのない声がしてドナヴァンは美月を自分の背中に庇うように声の方を振り返った。

 そこには白い神官服を着た若い女性が立っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ