王都へ ー 1.
窓の外に見えるのは草原。
森も遠くに見えるが、森には肉食獣が多くいるから見晴らしのいい草原を移動するのだそうだ。
一応街道らしきものもあるが、美月の世界のそれと違って土が剥き出しの、ただ草が生えていないだけにしか見えない。
もちろん馬車の乗り心地の方も言わずもがな、だろう。
整備されているのであればまだしも、剥き出しの地面には石がゴロゴロと転がっているから、車輪が石に乗り上げる度に馬車の中にいる美月の体も跳ねる。
美月がいたリンドングラン領から王都まではほんの4日ほどとはいえ、現代日本の乗り心地のいい乗り物に慣れている美月に馬車は苦行としか言いようがない。
美月の乗っている馬車の他にもう2台の馬車が美月の馬車の前後を走っている。前を行く馬車には今回王都での色々な世話をしてくれるリンドングラン領領主の館で執事をしているアイヴァンとフランチェスカが乗っており、後ろを走る馬車は幌がついている荷馬車が走っている。
3人とも1つの馬車に乗っても良かったのだが、美月が楽に過ごせるようにと気を遣ってこのような配置になったのだ。
それぞれの馬車には王都への献上物の他に、この旅に参加している美月たちや護衛の荷物が積まれている。
美月の馬車にもかなりの量の荷物が積まれていて、美月が座っている周辺以外は木箱に詰められた荷物が座席にまで積み上げられている。
「まさかこんなに大変な旅になるなんて、ねぇ・・・」
周囲を見回しながら、美月は盛大に溜め息を吐いた。
どうせこの馬車に乗っているのは美月だけなのだ。誰かに咎められる心配はない。
王都に向かっているのは馬車3台に、それぞれの馬車を操る御者、それからそれらの馬車を護衛するための騎馬10人が周囲を固めて守っている。
この街道にはたまに盗賊も出るが、なにより怖いのは森から出てくるハグレ魔獣らしい。
美月はまだこの魔獣というものには遭った事はないのだが、ドナヴァンの話では森に住む獣が魔力溜まりの影響を受けて魔獣に変化するとの事だ。
ただ、その条件がはっきりと判っていないので、恐らくそうだろうと言う程度の確信しかないようだが、それでも殆どの人間がそう信じているらしい。
美月は膝の上に置いたマップルの画面を見る。
そこには以前ウィルバーンから聞いた「石版の魔女」についての検索結果が出ていた。
――石版の魔女――
今から300年ほど前に記録に残されている石版の魔女は、その名の由来となった石版を常に傍らに置き、それを使って人々に知恵を与え、彼らのステータスを唯一知る事のできる特別な力を持っていたと言われている。石版は白っぽい花崗岩のような結晶質の石でできており、石版の魔女以外にはそこに書かれている事は読み取る事もできなかったと伝えられている。石版の魔女はおよそ50年の間、各地を巡りながら人々に知恵とステータスを教え、そのまま消えるようにいなくなってしまった。最後にその姿を見たとされている場所は、創造神であるグランドカロンの聖地として有名なベニエラ山の麓で、それ以降彼女の姿を見たものはいない。
「なんだかなぁ・・・・」
マップルの画面に出ている石版の魔女についての欄を読んでから、小さく溜め息を吐いた。
最初の数行は彼女についての簡単な話だが、その後に箇条書きで彼女の為した偉業のようなものが書かれている。
ある時は、その地の司政に関わり悪政を敷いていた当時の領主を倒し、正しい方向に導く手助けをした。
ある時は、大きな戦で国が成り立たなくなった時に現れ、これからの国造りに必要な知識を与えた。
などなど、偉業としかいいようが無い事に関わっていることもあれば、ただ貧しい人たちに無料でステータスを調べてやり、彼らの将来の方向性を導いたと言うこともあるようだ。
中には地域独特の料理を思いついてその地域の活性化の手助けをした、なんていうのもある。
途中で飽きて全てを読む事は止めてしまったが、それにしても本当に色々な事をしているようだ。
魔女、と呼ばれているから一体どんな人かと思っていたのだが、物凄い魔法が使えると言う訳ではなく、ただ石版を使って人々の手助けをしていた、と言う事のようだ。
ただし、美月と違って石版の魔女は魔法が使えたようだ。
「魔力、ゼロ、だもんなぁ・・・・」
干ばつの地域で雨雲を呼んだという記述がいくつもあったから、石版の魔女は水の魔法が使えたようだ。
マップル以外何もない美月と比べることなど、本当に烏滸がましく思える。
これ以上気分が落ち込まないためにも、と美月はこれから行く王都の事を調べる事にする。
「えっと・・・確か王都の名前ってキルドガルだったっけ・・・」
そうぶつぶつと呟きながらキルドガル、と検索するとかなりの数がヒットした。ただしキルドガルだけでなく、国の名前もいくつも出てきた。
「あれ? そっか・・・地名だったらここの他にもあっておかしくないのか・・・じゃあ・・・スキャッグ国、キルドガル、っと・・・」
リンドングラン領があるのはスキャッグルと言う名前の国で、その国の王都の名前がキルドガルだ。
――キルドガル――
スキャッグル国の王都。人口約28000人、人族が治める国の1つ。スキャッグル国の中心に位置する王都キルドガルは、別名『青の都』と呼ばれており、その名称の由来は王都の東門の傍に位置する大神殿のシンボルである癒しの塔の色から来ている。大神殿の癒しの塔である青が祝福の色と考えられ、特に貴族層の屋敷は屋根を青にしている事が多く、王都の北にある山間部から見ると王都全体が青く浮かび上がって見える事から、いつからか『青の都』と呼ばれるようになった。
それから王都の歴史、それにまつわる伝承、そう言った事が簡単に書かれており、あまり観光には向かない実用的な知識として美月は読み終える。
まぁ観光する名所があったとしても、そこに行く時間があるかどうかも判らないのだから下手に調べない方がいいような気もする。
とりあえず一通り目を通してから、美月は地図を呼び出した。
街中を歩く機会があるかどうかは判らないが、町の地理を少し知っていれば何かの時の役に立つだろうと思うからだ。
そして、その前にキルドガルを中心に地図を広範囲に拡げていくと、王都とそれを取り囲む領が見えてくる。とはいえ、相変わらずの子供の描いたような地図だから精度から言えばあまり役に立たない気はするが、それでも大体のイメージを掴む事はできる。
スキャッグル国の中心に位置するキルドガルに比べ、リンドングラン領はどちらかというと隣国のマフィスタンに近い場所に位置する。
地図から考えると、王都の斜め右上方向の2つほどよその領地を越えたところに、リンドングラン領と書かれている区画がある。川や山の地形を使っての領地分けのようで、真っ直ぐの線ではないがその方が判りやすいのだろう。
リンドングラン領とマフィスタン国の間にはバファッタ領があるだけだ。
カタカタと単語を打ち込んで検索結果を読んでから、美月は馬車の窓から外に声を掛けた。
「ねぇ、スキャッグス国とマフィスタン国って、仲がいいの?」
「・・・なんだいきなり」
馬車と並んで馬を歩かせていたドナヴァンが美月の問いを聞いて片方の眉を器用にあげる。
「今住んでるリンドングラン領ってマフィスタン国と近いから、どうなのかなって思ったんだけど」
「それよりなぜミッキーがマフィスタン国の事を知っているのかって事の方が俺としては気になるけどな。って、あぁ、そうか。石版を使ったんだな」
「正解。で、仲がいいの?」
「仲は悪くはないが良くもない、ってところだな。争いになるほどの情勢ではないが、それでも仲良く手を取り合って、という関係でもない」
「じゃあ、貿易とはしてないの?」
「マフィスタン国もスキャッグス国も、特にこれと言ったお互いの国の特産物を必要としていないからな。それぞれの国にあるもので十分賄っていけるんだ。それよりもケッパサ国との関係の方が大事だろうな」
「・・・ケッパサ国?」
聞いた事のない国名を聞いて、美月はマップルに国名を打ち込んでみる。
「ああ、ケッパサ国は海に面しているから、そこからの産物をうちもマフィスタンも輸入しているんだ。マフィスタンにも少しだが海岸線はあるが、断崖絶壁だから漁もできない上に少し上がったところにある地域は魔獣が多い事で有名だから、魔獣に遭遇しやすい場所で命をかけて漁をしようと言うものはいないからな」
「でも、マフィスタン国は反対隣りのイーダン国とも取引ができるんじゃないの?」
地図を見ると、マフィスタンはあまり海岸線を持っていないが、反対隣りのイーダン国は細長い海の国のようで、そちらからも十分海からの産物を手に入れられると思う。
しかし、そんな美月の言葉にドナヴァンは苦笑を返した。
「マフィスタン国とイーダン国は、もう30年以上争っているんだ。そんな国と貿易はしないだろう」
「えっ・・・30、年」
それはまた長い戦争だなぁ、と美月は口の中で呟く。
「まぁ昔と違って今はただの小競り合い程度の争いだが、それでも仲がいいとは思えないな」
「そっか・・・じゃあ、ケッパサ国、だっけ? そこからの輸入になっちゃうんだね」
「スキャッグス国は海に面していないから、こっちも一番近いケッパサ国からの輸入になるんだ」
今現在スキャッグス国はどことも争いはしていない、とドナヴァンは付け足したが、それはあくまでも今の話であってこれから先どうなるかは判らないと言う事だ、と美月は思う。
ドナヴァンは過去に戦争に行ったという話を美月にした事があるからだ。
その報酬と言う事でコンテロッサをもらったと以前話してくれたのを思い出した。
ということは、いつかまた彼は戦争に出て行く事があるのかもしれない。
その事に思い至ったものの、美月にはどうしようもない。
「まぁ、他に何か聞きたい事があったら休憩の時にでも聞いてくればいい。もうそろそろしたら休憩に丁度いい場所に着くからな」
「・・・はぁい」
美月はまだ戦争の事に気を取られていたので、どこか気の抜けたような返事になってしまったが、ドナヴァンは気にしていないのかそのまま馬を前方に移動させた。
そんな彼を目で追ってから美月はまたマップルを使っての検索に戻った。




