私がここにいる理由《わけ》 ー 3.
美月はそれからも暫くはアストラリンクを怒鳴り続けた。
そしてひとしきりアストラリンクを怒鳴りつけた事で、少し怒りを発散させる事ができたせいか、少し気持ちを落ち着ける事ができた。
美月は大きくはぁっと溜め息を吐いてから、どっかりと椅子に座り込んだ。
それを見てアストラリンクもホッと息を吐いて、椅子に座る。
「・・・これから私はどうなるのかしらね」
「・・・どう、とは?」
「だって、私の体はない訳でしょう? という事は転移はできないって事よね? 転生って事になるの? でも、そうなると今の私の記憶は消えてしまうかもしれない。それに今の私の姿を保とうとすると、100年以上待たなくちゃいけないって事よね」
別に今の自分の容姿をそこまで気に入っているとは言えない。
髪は少し茶色がかった癖のある肩までの長さ、身長は155センチと見栄えのしないもの。そして極めつけは体型だ。試験勉強中のストレス解消は暴飲暴食だったせいで、どちらかと言うとぽっちゃり体型だ。いや、身長155センチで体重が62キロとなると、既にデブの域に入っているのかもしれない。
そう考えると、別に元の姿に固執するつもりはない。
とはいえ、ずっと楽しみにしていた大学生活はもう2度と手に入らないのだ。
あれだけ血を吐く思いで必死に勉強したのに。
周囲が恋愛だ、ゲームだ、アイドルだ、と現を抜かしている間も勉強だけに費やした青春時代。
その全てがパァになってしまった、目の前のじじいが事故るから。
思わず剣呑な雰囲気を纏い始めた美月を前に、彼はビクビクしながら少し椅子を後ろに下げる。
それを見て、美月はなんとか自分を落ち着かせようと、大きく深呼吸をする。
とりあえず今は怒りを抑えて、なんとか自分が納得するだけのものをアストラリンクから引き出そう、と言い聞かせる。
「じゃあ、とにかく、話し合いましょう」
「はっ・・・そうですね」
「それで、あなたの考えている保障とやらを話してもらいたいわね」
「判りました」
額に浮かんだ汗を拭きながら、アストラリンクは目の前に置かれている書類の一番上においてあった紙を取り上げた。
「今回の事はすべてこちらの責任ですので、大森さんの希望に添うように、と言いつかっています。ですから、大森さんの方から何か希望があれば言っていただきたいのですけど、どうでしょうか?」
「私の希望通りって・・・・転生しても記憶を失いたくないって言っても?」
「はい。本来ならその点に関しては了承できないのですが、大森さんの希望する世界の管理者に話をして無理を通してもらう事も許可をいただいています」
「ふぅん」
つまり、普通の状況であれば美月が言うような事は聞き入れられないが、今回のような非常事態を引き起こしたという事で例外として認められるようだ。
「転生先は選べるの?」
「もちろんです・・・ただ、ですね・・・大森さんがいた世界となると、ちょっと色々と制約が掛かるので、その点を納得していただければ、という事になります」
「あぁ・・・それは・・・そうね、元いた世界に戻っても私じゃない訳よね」
美月が元いた世界を望んだとしても、既に100年という時が経っている訳だから、見知った人は1人もいない事になる。それにもしこちらの都合を押し付けてすぐに戻れたとしても、元の世界の大森美月は存在しないのだから、今までの人生の中で知り合った人は全てまったく見知らぬ他人という事になってしまうのだ。
知っている人間なのに知らない人間となる、それは辛いだろうと美月は思う。
向こうは美月を知らないのだから、声を掛ける事もできないのだ。
元の世界で親しかった人と交流できない第2の人生になる事を思うと、それならいっそ知らない世界でやり直した方がいいような気がする。
「知らない世界でいいわ。そうね・・・魔法がある世界ってあるの?」
「魔法ですか?」
「そう。ラノベで読んだみたいな魔法と剣の世界。どうせやり直すんだったら、私が今までいたような世界とはまったく違う世界がいい」
「ラノベ、とやらがなんの事か判らないのですが・・・そうですね、大森さんがいた世界とは違うと言うと・・・・『グランカスター』辺りがいいのではないでしょうか」
髭を摘みながら思案したあと、アストラリンクは1つの世界の名前を口にした。
「それって、どんな世界?」
「『グランカスター』は・・・・そうですね、大森さんの世界でいうところのRPGの世界観を持った世界、と言えばいいでしょうか。そこに住んでいるのは人族だけではなく獣人と言われる種族や小人族等と言う他種族も住んでいて、大森さんがいた世界でいうところの中世に似た感じの文化を持っています。それに魔法を使う事もできます。全ての種族はステータスやスキルを持っていて、それに準じて生きていますから、大森さんの言うような魔法と剣の世界と言えると思います。」
「なるほど、ねぇ・・・・じゃあ、そこでいいわ」
RPGと言われてもあまりよく判らない。とにかく大学に受かるまで美月は殆ど遊ぶ事もしないで、必死に勉強をしていたのだ。美月が知っているRPGは学校でクラスの子が話すのを聞いていた程度だ。
それでも魔法と剣の世界、そう聞いただけでワクワクする。
もちろんそれを顔には出さないけれど、と美月はポーカーフェイスを浮かべたまま、次に何を要求するかを考える。
「そこに住むとなると、私もステータスやスキルを持つ事ができるって事ね?」
「もちろんです。その世界で生きてゆき易いように人より優れたステータスにする事も可能です。大森さんが望むのであれば、勇者になれるだけのスキルも差し上げます」
「・・・・勇者?」
「そうです。『グランカスター』は、魔法と剣の世界ですから、当然魔王も勇者もいます。勇者のスキルを持つ事で、大森さんは世界の英雄となれるでしょう」
「え〜、そんなのヤダ。めんどくさいもん」
「はぁ・・・・」
美月が興味を持ったという事で、アストラリンクは勢いづいた口調でまるでセールスマンのように特典を並べ立てるが、あいにく美月は勇者なんて言うものにはなりたくない。
勇者になって魔王に戦いを挑む事も、世界の英雄になる事も、美月からすれば面倒ごとでしかない。
それよりはのんびり気ままな生活を送りたいと思う。
「とにかく、スキルは少し考えさせてね」
「判りました」
「それで、ね。私の新しい体、の事なんだけど・・・・」
「新しい体、ですか?」
「そう。私の体を新しく創らなくちゃいけないって事は判ってる。でも、赤ん坊から人生を始めるのは嫌だなって思うだけど・・・それって、なんとかならないのかな?」
「・・・・そうですね・・・・」
「ここである程度体を育てて、そこに入れないの? ほら、培養液の中でクローンを作るみたいな、そんな事できないのかな、って思ったんだけど・・・」
記憶は無くさないと判ったのだが、記憶を持ったまま赤ん坊として生まれてしまうと、ある程度成長しなければ何もできない事になってしまう。
それに、新しい両親、ができるという事が嫌なのだ。
別に凄く仲がいい親子だった、とは言わない。美月と両親の仲は多分普通の親子程度だったと思う。
けれど、生まれ変わって今更新しい両親ができる、という事にどこか引っ掛かる気持ちがあるのだ。
「・・・そうですね。確かに好きで生まれ変わる訳ではないのですから、美月さんが新しい両親を望まないというのも理解できます。判りました。新しい体を創る場所は、無理に母体の中である必要はないですしね。美月さんが容姿に拘りがないという事であれば、その点はなんとかできます」
「えっ、ちょっ、容姿に拘らないって・・・別にこれと言ったイメージはないけど、でもブサイクなのは嫌なんだけど・・・」
「そんな事は考えていませんよ。普通かそれ以上です。ただ、時間をかけない分、あまり調整が利かない、というだけです」
「そぉ・・・だったら・・・・」
ブツブツと、容器が、とか、促成栽培で、とか、促進剤が、とか、いろいろと気になる単語を呟いているアストラリンクを美月は眉間に皺を寄せながら見つめる。
「なんか不穏な単語が聞こえる気がするんだけど・・・・」
「そうですか? そんなつもりはありませんけどね。それより、他に要望はありませんか?」
「そんなことを言われても、急には思いつかないわよ・・・って、そうだ」
美月はポン、と手を叩く。
「なんでしょう?」
「これは絶対に欲しいって言う物があるんだけど」
「物、ですか?」
「そう、物、よ」
にんまりとしか形容できない顔を見せて笑う美月に何かを感じたのか、少し引け気味のアストラリンクは少し諦めた風に彼女の言葉の続きを待つ。
「私のマップルとスマフォ。これは絶対に欲しい。もちろん機能は全て使える状態で、ね」