もう一度 ー 3.
久しぶりに乗ったコンテロッサは、彼女も美月を乗せる事が嬉しかったのか足取り軽く草原を行く。
「久しぶりだね〜、ロッサ」
首をポンポンと叩くと、コンテロッサはブルッと鼻を鳴らして頭を軽く振る。
その仕草が可愛くて、美月は思わず笑みを浮かべていた。
今日のお供はドナヴァンだけだ。美月が出かける時はいつもスライとフンバルがついてくるのに、と不思議に思うもののドナヴァンが腕のたつ騎士だという事を知っているから不安はない。
美月はいつものローブを着ており、胸元にはコットンが日光を避けるように潜り込み、目には見えないが左肩にはミラージュがとまっている。
一応日帰りの予定だが、ドナヴァンに言われて念のために着替えと体を拭く布をバッグに入れてきている。
今日は美月が現れた場所へ行く。草原の向こうにある森の中だが、マップルが位置を把握してくれているのでなんとか行く事はできるだろう。
5日間のステータスチェックのご褒美に美月が望んだ事は、自分がこの世界で一番最初にやってきた場所へ行きたい、だった。しかもドナヴァンと2人で。
フンバルやスライがいてもいいのだが、それでは言いたい事がいえない可能性があるから、今回2人には留守番というかドナヴァンの仕事を肩代わりしてもらう事になった。
コンテロッサに乗っての移動はとても楽で、あの日必死になって歩いていた距離すらあっという間に移動できてしまう。
「こっちの方向で合っているのか?」
「ん〜・・・うん」
手に持っているスマフォの画面を眺めながら、美月はドナヴァンが指差す方向を見て頷く。
スマフォが小型の石版に見えるドナヴァンたちだが、それに付けている小型のアンテナはどう見えるんだろうと思って美月がドナヴァンに聞いてみると、棒が突き出ているという答えを貰った。
今もドナヴァンは美月が方向を確認するために見入っている石版とそこから突き出ている10センチほどの枝を珍しそうに見ている。
「その石版で位置も判るのか?」
「うん。ここに地図が表示されてるんだ。その地図の上に私のいる場所が点滅しててね、それで今自分がどこにいるのかを知る事もできるんだよね」
点滅、と言われても画面を見る事のできないドナヴァンにはよく判らないが、それでも彼は美月の言葉を疑うような事はしない。
彼女とはもう半年以上の付き合いだ。それだけの時間があれば十分彼女の事を知る事ができたと思っている。
どこか変わったところがあるが、それも美月だと思えば違和感もない。
「でも、なぜ急に行きたいと言い出したんだ?」
「行きたいって? あぁ・・・初めてここに来た時はただパニックになっちゃってて、周囲を見回す余裕も何もなかったんだよね。野宿はしたくなかったから、とにかく何がなんでも日が暮れる前までにどこかの町に行こうって事しか考えられなかったの」
「まぁ、確かになんの準備もしてなかったんだったら、あそこで野宿は難しかっただろうな」
美月は知らないだろうが、あの森には大型の肉食獣が住んでいるのだ。
数は少ないから彼女は運良く遭遇する事もなく森を抜ける事ができたようだが、そうでなかったら今こうやって生きてはいなかっただろう。
「だが、それだけの理由で行きたいのか?」
「そうなんだけど・・・そんなんじゃ理由にならないかなぁ。駄目?」
「別に駄目って事はないが・・・」
ただあの時見れなかった景色を見たいと言われても美月がわざわざそこへ行こうとする理由としては弱い気がする。そう思ってドナヴァンは聞いてみるが、美月は視線をスマフォに落としたままなので目を見る事もできない。
とはいえ無理矢理聞き出そうと思う訳でもないから、ドナヴァンはとりあえず引いてやる。
「コンテロッサって防御に徹している馬だって言ってたけど攻撃はできないの?」
「コンテロッサは攻撃方法を持たないからな、攻撃しろと言っても無理だろう。その代わり逃げ足は早いし盾の防御は鉄壁だ。ミッキーを守るのにこれ以上ない馬だと思うぞ?」
「そんな事心配してないわよ。ただ、やむを得ない時に自分を守るために攻撃をするのかなって思っただけ」
「あぁ、そのためのコンテロッサの鬣だよ。あれがあれば身を守る事は十分できる。それで隙を見て逃げればいいんだ、足も速いからな」
コンテロッサの長すぎると言ってもいいような鬣をみて、美月は彼女がそれを拡げて盾を作り上げるのを見せてもらった時の事を思い出す。
確かにあれだけ完璧な防御力があるのであれば、後は逃げる事さえできれば大丈夫だろうと美月も思う。
「まぁこっちにはヴァルガがいるから、攻撃力は十分だ」
「ドナヴァンの馬は剣馬っていうんだったわよね? そんなに強いの?」
「ミッキーはまだこいつが戦う姿を見た事なかったな。こいつの額から出ている剣は伸縮自在なんだ。ヴァルガ自身が持っている魔力を纏わせてその大きさを変える事ができるんだ下手な兵士よりはるかに強い。それにこの剣の強度はハンパじゃないから少々の相手では軽く振るだけで切り裂いてしまう事ができるんだ」
何それ、怖い。
美月は伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
元々切れ味が良さそうだなと思ってみていただけで触った事はなかったが、今のドナヴァンの言葉で美月はヴァルガの剣には絶対に触らないと心に誓う。
ただ、1つだけ気になる事がある。
「ヴァルガの剣とロッサの盾、どっちが強いの?」
「う〜ん、どっちだろうな? 試してみた事はないが・・・ヴァルガ、試してみるか?」
「いやいやいやいやっ。駄目ですっ! 絶対に駄目っ! うちのロッサが怪我したらどうするんですか? ただ気になったから聞いただけで、別に知りたくないですからっっ」
顎に手を当てて少し考えた後、愛馬の首を軽く叩きながら過激な事を口にするドナヴァンを美月はギロリと睨みつけた。
なので、美月のコンテロッサではない、と突っ込みを入れることもしないでおとなしく手を上げて降参ポーズを取る。
「ちょっと言ってみただけだよ。それにヴァルガはコンテロッサを傷つけない」
「・・・どうして言い切れの? まさか試した事があるとか・・・・」
「そんな訳あるか。そうじゃなくて、ヴァルガとコンテロッサは戦場を一緒に戦い抜いた仲間だからな」
「・・・戦場・・・」
戦場と言う事はどこかで戦いがあって、そこでヴァルガに乗ったドナヴァンとコンテロッサが戦ったと言う事だ。
戦争とは縁のなかった日本で暮らしていた美月には想像はつかないが、きっと色々と大変な想いをしたに違いないと思う事はできる。
「前に泊を付けるために戦場に出て行く貴族の子息たちがいると言う話をしただろう? その時にコンテロッサは貴族の子息の騎乗馬として出馬したんだよ。俺もその付き添いの形で出た。結局数日しか戦は続かなかった。それでも貴族の子息たちは戦場に出たと言う泊を付ける事ができる。で、コンテロッサは戦争に付き添いとして参加した俺を従えているバトラシア様に報償の1つとして贈られたんだ」
「・・・・騎士って、戦場に行くものなの?」
「いや、騎士は守る者だ。守る相手は王だったり領主だったりするが、主に寄り添って守るのが騎士だ」
「でも、戦場に行ったって・・・」
「あれは貴族の子息を守るために行ったんだ。戦うために行ったんじゃない」
騎士の事など全く知らなかった美月は、これからもドナヴァンのように自分が知っている騎士たちが戦場で戦うのだろうかと心配になったが、どうやらそれは杞憂に終わりそうでホッと息を吐いた。
「戦争って、よくあることなの?」
「いや、今はそれほどでもない。せいぜいが国同士の小競り合いと言った程度だ。コンテロッサを貰った戦いももう5年ほど前の話だからな」
「5年、って・・・そんなに前なの?」
もっと最近の事だと思ったのに、8年も前だったとは思いもしなかった。
と言う事は、ドナヴァンは当時何歳だったのだろう?
「・・・ドナヴァンって・・・何歳なの?」
「俺か? 今年34歳になる」
「へっ・・・えぇぇっっ」
無茶苦茶年上だった、と美月はおたおたしながらドナヴァンをじろじろと見てしまう。
とてもではないがそんな年齢には見えないのだ。
美月は彼は25歳くらいだろうと想像していたのだが、それよりはるかに年が上だ。美月とは15歳の年の差がある事になる。
「なんだ、その驚きは? おかしいか?」
「・・・だっ、だって・・もっと若いかと思った、じゃなくって、思いました・・・」
「若いって、いくつくらいに見える?」
「えっと・・・25歳くらいかなって・・・・」
フンバルが3人の中で一番年が言っていると思っていたのだが、もしかしたら彼も見た目とは違うのだろうか?
「俺の曾祖母がハーフエルフなんだよ。だから、俺は16分の1だけエルフの血が混じっている。だから、見かけより若く見えるんじゃないのかな」
「エルフ? エルフがいるの?」
「当たり前だ。見た事ないのか?」
「私がいた世界ではエルフは物語の想像の生き物だったから、ちょっとビックリ。じゃあ、フンバルやスライも見た目より年を取ってる、の?」
「いや、あいつらは純粋な人族だよ。スライは今年で26歳、フンバルは39歳だ」
スライとフンバルは見た目通りの年齢だ、と美月はちょっとだけホッとする。これで彼らの年齢も美月の想像と全く違うと、自分の見る目に自信がなくなってしまう。
「そっか・・・あれ? でも、ドナヴァンの種族は人族じゃなかったっけ?」
「あぁ、それは多分俺のエルフの血が薄いからだと思う。確か8分の1以上なければステータスに出ない筈だし、それ以下になると能力も殆ど人と変わらない。俺も見た目より若く見えるかもしれないが、それでも人より20年ほど長く生きる程度だろうな」
それならステータスが人だったのも納得がいく。
「たまに先祖帰りのヤツも生まれるみたいだが、そうなると外見からエルフらしくなるから見れば判るしな。俺の母親がどちらかというとエルフの血が強い人だったんだ」
「エルフって・・・あの、耳が長い?」
「そうだな、俺の耳の倍ほどの長さがあった」
ドナヴァンは普通の人の耳をしている。その倍の長さ、と言われて美月は思わず自分の耳を触って長さを想像してみるが上手く想像できない。なんとなく母親が好きだったスタートレックに出てくるミスター・スポックの耳が思い浮かぶだけだ。
自分の情けないような想像力にガッカリだが、仕方ないと溜め息を吐く。
それからコンテロッサの首をポンポンと叩いて、美月は視線をスマフォに落とす。
予定ではもうそろそろ目的地に着く筈だからこんなところに来て迷子になってドナヴァンに迷惑をかけるわけにはいかない。
少しだけ気を引き締めて、美月は方向を確認しながら馬を進ませた。
Edited @ 07/10/2015 19:37 CT




