もう一度 ー 2.
「あーっっ、終わったーっっ」
目の前の机に懐くように突っ伏した美月は、そのままはぁっと大きく息を吐いた。
たった5日間、そう言われればそれまでだがそれでも精神的に大変だったのだ。
手順はドナヴァンやバトラシアにしたのと同じだが、今回は美月の声を聞かせるわけにはいかなかったから、そのための打ち合わせが必要だった。
美月がステータスチェックをするために必要な情報は、名前と年齢、それにできれば出身地などの細かい情報だ。大抵の場合は名前と年齢で十分なのだが、ありふれた名前だとそれだけでは特定できないのだ。だからそう言う場合はどこ出身で、両親の名前は、などと言った事も聞かなければならない。
なので、当日分の10人のそう言ったデータはステータスチェックを始める前に美月に手渡される事になっていた。
そして当日部屋に入ってきた騎士に名前を名乗らせて、その名前とデータを照らし合わせてからマップルに入力して調べたのだ。
もちろん、同じデータをアイヴァンも貰っていて、彼の紙にはその横にデータを書くための空欄もあった。
音消しの魔道具を使っている事は判っていても、それでも3人はできるだけ小声で話すように気をつけていたから、その事で余計に神経を使ったのかもしれないと美月は思う。
それでも、なんとか5日間を乗り越えて、つい5分ほど前に最後の1人のステータスチェックを終わらせた。
「お疲れさま」
「ん〜・・・ホント、疲れちゃいました」
「頑張ったな」
「・・・ん」
アイヴァンが労うように美月に声を掛けてきたので目を開けると、どうやら彼は書類をまとめ終えたようで、手には紙の束を持っている。
「アイヴァンさん、仕事早いねぇ」
「いえいえ、それほどでもありませんよ。ただ慣れているだけでしょう」
「そうかなぁ・・・・」
美月であればもっと書き留めるのに時間がかかって、恐らく倍以上の時間を必要としただろうと思う。
「あっ、そうだ」
立ち上がろうとしたアイヴァンを見て、美月が大きな声をあげて頭を上げた。
「アイヴァンさんもステータスチェックしませんか?」
「私、ですか?」
「そうです」
「しかし、バトラシア様からは騎士50人のステータスチェックをするようにとしか聞いておりませんが」
「うん。判ってる。でも、今回一番の功労賞はアイヴァンさんだと思うから、そのお礼にって思ったんだけど・・・」
もしかしたら迷惑だったろうか、と不意に不安になって言葉が尻すぼみになってしまう。
「いえいえ、興味はあります。ステータスチェックなど普通の一般人には敷居の高い事ですからね。大抵の人は王都に行くお金もありませんから」
「じゃあ、すぐに用意しますね」
バッグに仕舞ったばかりの水晶を取り出して、ケーブルをまたマップルに繋ぐ。
それからステータスチェックのアイコンを押して準備を整えた。
「はい、準備できました。じゃあ、アイヴァンさん、申し訳ないんですが、名字も教えてもらえますか?」
初めて会った時に自己紹介でフルネームを聞いていた筈なのだが、あの頃は憶える人の名前が多すぎて、そこまで憶えきれなかったのだ。もちろんそれはアイヴァンに限った事ではなく、殆どの人の名前はそんな感じでしか憶えていない。
なので申し訳なく思ったのだが、アイヴァンはそれに対してにっこりと笑みを浮かべて頷いた。
「判りました。私の名前はアイヴァン・ストレノヴと言います。年は65歳。これ以上の情報も必要ですか?」
「えっと・・・ちょっと待ってね・・・あっ、大丈夫、です。じゃあ、水晶に手を乗せてくれますか?」
ありがたい事に名前と年を入れたら1人しかヒットする人間はいなかった。
ホッとして美月が促すと、アイヴァンはそっと手を水晶に乗せる。
「・・・なんだか、温かいですね。冷たい感触かと思ったんですけど」
「そぉですか? ん〜っと、出てきたので手を離していいですよ。読み上げますけど、紙に書きますか?」
「そうですね・・・せっかくですからそうします」
束ねた紙の中から白紙のものを探し出してペンも用意したのを見てから、美月は上からゆっくりと読み上げていく。
名前 アイヴァン・ストレノヴ
性別 男
種族 人族
ランク 25
体力 35
知力 38
魔力 56 (木)
スキル 執事
加護 エデルケーナ(教育の神)の加護(小)
「やはり年ですねぇ。体力値は低いです。元はもっとあったのではないかと思うんですけどねぇ」
自分のステータスを書き上げてそれを見ながらしみじみ言うが、65歳という年齢であるのに美月より体力はある。おまけに魔力だってちゃんとある。
魔力が全くない自分とは大違いだ。
「それにしても、執事ってスキルだったんですね・・・・」
「もちろんですよ。確かに何年も執事の仕事についてスキルがつかないと言う人もいるようですが、大抵の執事はそのスキルを育て上げる事ができます」
「へっ・・・スキルって育てる事ができるの? 最初っからついているんじゃないの?」
「もちろん生まれた時からスキルを持っている人もいますが、殆どの人はなんのスキルもなく生まれてきます。そして学校に通ったり家の仕事を手伝うなどと言った行動から派生する事の方が多いのですよ」
「そうなんだ。じゃあ、ドナヴァンのスキルもそうやって身につけたって事?」
「ああ、そうだと思う。俺が剣を手に取ったのは兵士になってからだからな」
なるほど、と美月は思った。確かに元の世界でも育った生活環境や経験から職業を選ぶ事が多いと思う。もしくはなりたいと思った事のために勉強して身につけていく。
そう思うとなぜ自分に使役と言うスキルがあったのか判らない。
美月がしてきたのは勉強、それだけだったのだから。
「何考え込んでいるんだ?」
「ん〜・・・なんで私には使役のスキルがあったんだろうって思っただけ」
「生まれながらのスキルなんじゃないのか?」
「いやいやいやいや、私が住んでいた世界ではステータスチェックとかスキルなんてものなかったもの。それに私が今までしてきた事って勉強だけだったし・・・」
口にしてみるとなかなか情けない人生のような気がしてきた。幼い頃は別にして中学に入って以降、美月にとっては勉強が第一だったのだ。
「それは凄い事だと思うよ? ミッキーくらいの年で真面目に勉強していたなんで凄いな。俺だったらとっくに嫌気がさして止めてしまっている気がする」
「そうですよ、ミッキー様。奥様やフランチェスカもミッキー様はとても熱心にこの世界の事を勉強してくれるから楽だと言ってましたから」
がっくりしている美月の頭の上で、アイヴァンとドナヴァンが褒めてくれる。
「・・・そ、かな?」
「そうですよ。だから大神殿の大神官ではありませんのに、そうやって石版を使って私たちのステータスチェックができるのだと思います」
いや、石版じゃなくてマップルなんだけど、と心の中で突っ込みを入れながらも笑みを浮かべてみせる。
それに、凄いのはマップルであって美月ではないのだ。
「それにしてもこの年にして自分のステータスを知る事ができるとは思ってもいませんでした。ミッキー様、本当にありがとうございます」
「えっ・・いや、そんな、別にっっ」
深く頭を下げて礼を言ってくるアイヴァンに美月は照れてしまってまともに言葉が出ない。
「だっ、だってね、アイヴァンさんにはいつもお世話になってるじゃない? だから、その・・・私にできるのはこのくらいだから・・・」
しかもこれは美月の持つ能力というよりはマップルの持つ能力な訳で、こんな風に丁寧に礼を言われるような事はしていない。
「シアさんにも言ったんだけど、4−5年に1回くらいはステータスチェックをやり直してどのくらいステータスが伸びたかを確認しようって言う話も出ているんです。だから、その時にまたチェックしましょうね」
「・・・はい、よろしくお願いします」
また深々と頭を下げるアイヴァンに美月は困った顔でドナヴァンを見上げると、彼はそっと美月の頭を撫でて頷いていた。
そんな仕草がくすぐったくて、美月はドナヴァンの手が離れた頭をそっと自分で撫でた。
Edited @ 07/16/2015 19:38CT




