もう一度 ー 1.
え〜〜っと。
不思議な部屋に連れて来られ、美月は言葉が出なかった。
元は比較的大きな部屋だろうと判るのだが、その中がおかしいのだ。
まず最初に目に入ったのは部屋の真ん中辺りに天井からぶら下がっている真っ黒の分厚いカーテン。その中央にテーブルが置かれていて、半分向こう側に入っている感じで設置されているのだが、そうなると当然カーテンが掛かってしまう。だからだろう、その部分のカーテンだけはテーブルの高さに合わせてある。
そして窓らしき場所は目張りがされていて。明かりを点けなければ真っ暗になってしまうだろう。現に今も壁照明が3つほど明かりを灯している。それでも薄暗く感じてしまう事は否めないだろう。
そしてカーテンで仕切られている側の四隅には椅子が置かれている。
「この部屋って・・・」
「ミッキーに騎士たちのステータスをチェックして欲しいとバトラシア様が言っていただろう。そのための部屋だ」
「はぁ・・・・」
「騎士たちには1人ずつこの部屋に入ってもらう。カーテンの向こうを覗き見る事を防ぐために四隅の椅子には見張りを置く予定だ」
厳重過ぎる気がするが、美月がステータスチェックをできるという事がそれほどの重大な秘密だと言う事なのだろう。
「あそことあそこに止まり木があるだろう? あそこにコットンとミラージュにいてもらうつもりだ。ミッキーの使役獣だからな、良からぬ事を企むヤツを見張ってもらおうと思っている」
「えっ。コットンたちも参加なの?」
「部屋は薄暗くしてあるし、コットンもミラージュも気配を絶つ事に長けているからな、丁度いい見張り焼くだろう?」
「あ〜、まぁ・・・そうだろうけどねぇ」
美月が頼めば、1匹とも美月のために見張ってくれるだろう事は予想がつく。
ドナヴァンはカーテンの向こう側へ行けるように少し隙間をあけて美月に手招きをする。
先ほどの部屋から伸びていたテーブルの半分がこちら側に突き出しており、そこには椅子が3脚並べられている。
恐らくカーテンに向き合うように座る椅子に美月が座るのだろうが、それ以外の席に誰が座るのか見当もつかない。
それよりも美月の目を惹いたものがテーブルの上にあった。
「ねぇ・・・あのテーブルの上にある細長い棒、あれ何?」
「あれは結界を作り出す魔道具だ」
「結界?」
「こちら側の会話を聞かれないための音消しの結界だよ」
「・・・はぁ」
ドナヴァンの話では魔道具というのは大変高価なものではあるが、広範囲で使えるようなものは普通の領主などでは手が出ないのだそうだ。なのでどうしても狭範囲の魔道具しかここにはないらしい。とはいえ、美月が見ているこの魔道具もこれ1つでこの屋敷を建てる事ができるほどの高価な魔道具らしい。
「ふぇぇ・・・」
「これを使えばここに座る3人の会話を盗み聞く事はできないからな。声を聞かれなければ誰がステータスチェックをしているのはバレる確率は断然下がる。そして姿を見られなければほぼ誰なのかを断定する事はできないだろう」
「・・・だから、この黒カーテンで仕切ってるって事?」
「そうだ。このカーテンの向こうに1人ずつ騎士を部屋に入れる。それからカーテンの下から手を差し入れさせて水晶の上に乗せる事になる。入ってくる順番は決まっているが、手を乗せる前に名前を名乗らせる手筈になっている」
「でも、違う人の名前を名乗るかもよ?」
「それはないな。そのために向こうの部屋に4人の見張りが入る事になっているんだ。1つでも嘘を言えばそれを声に出して指摘するように言ってある」
疑うような事は言いたくないが、どんな状況にも臨機応変に対応できるように考えている、との事だ。
「それで、ここには私以外の誰が座るの?」
「護衛としての俺ともう1人は書記だ。美月が読み上げるステータスを書き留める人間が必要だろう?」
「確かにね。全員分憶えろ、って言われても無理」
もしかしたらマップルにセーブできるかもしれないが、それでも50人分のステータスを自分で書くのは大変だという事くらいは判る。
「その書記は信用できる人?」
「ああ、リンドングラン領領主の館の執事だ」
「それって・・・アイヴァンさんの事?」
滅多に言葉を交わす事はないが、この館に住んでいる以上美月も顔を知っている相手だ。濃緑の髪に白が混じっている髪を後ろに撫で上げて、黒の上下を着こなしている少し年配の彼はいかにも執事と言った風情で、背筋をぴしっと伸ばして誰に対しても丁重な口調を決して変える事はない。初めて彼に会った時、美月はザ・執事! と心の中で叫んでしまったほどだ。
「彼なら信頼できるから、とバトラシア様が言っていた。それで俺はミッキーの護衛だ。無理矢理こちらに入って来ようとするヤツはいないと思うが、一応念のためにこちら側の護衛をするようにと言われている」
「まさかと思うけど・・・・1日で全員分のステータスチェックをしろとは言わないよね?」
「もちろん。バトラシア様は午前中だけ1日10人ずつチェックしてもらいたいと言っていた。もし10人は多すぎると言うのであれば、その辺りはミッキーの判断に任せるそうだ」
「そっか・・・よかった」
1日で全員のステータスチェックをするとなるときっと一日この部屋からでられないんだろうなぁ、と心配だったのだがそれは杞憂で終わるようだ。
その上、それらを書き留めるために書記役をするアイヴァンも付けてくれると言う。執事の仕事もあって忙しいだろうアイヴァンに更に仕事を増やす事に申し訳なさを感じるが、それでも自分でしろと言われるとおそらく1日5人くらいにしてくれと言ってしまっていただろう。
「じゃあ、5つのグループに分けるって事? だったら第1隊から順番、とか?」
「いや、それぞれの隊から少数ずつ出して貰う事になっている。1つの隊の全員がここに詰める事になると仕事が立ち行かなくなるからな」
「あぁ・・・それはそうだね」
「だからそれぞれの隊から少数ずつ、一日10人に分けて明日から5日間交代でここに来る事になっているんだ」
確かに1つの隊の人間がここに集まってしまうとその隊がしていた仕事が動かなくなる訳だから、ドナヴァンの言う通り少数ずつ分かれてステータスチェックをするというのが一番なのだろう。
「あの、さ・・・それってフンバルやスライも?」
「もちろんだ。この領内にいる騎士は全員ステータスチェックをするように言われているからな。フンバルが1日目、スライは3日目に予定が入っている筈だ」
「でも、私がステータスチェックをするって、知らないんだよね?」
「・・・あぁ、それは仕方ないだろう。もし俺がバトラシア様が知る前に知っていなかったら、俺にもこの事は教えてもらえなかったと思うからな」
「・・・そっか」
バトラシアが神経質になるのも判る。なんと言ってもステータスチェックをする事ができるのは王都にある大神殿にいる大神官だけなのに、美月が簡単にそれをしてしまえると判るとこの国に混乱が生じるだろうと懸念しているのだ。
もし万が一どこかから美月の能力が漏れてしまったら大変な事になるだろう。だからこそ、美月の秘密を知っている人間は1人でも少ない方がいいのだ。
「でもな・・・あいつらも薄々誰がステータスチェックをするのか勘づいているきがするんだけどな」
「えっ・・・それって」
「あぁ、あいつらが一番ミッキーと接する時間が多いからな。それに異界からの客人だという事も知っているんだ。今回のステータスチェックの事と結びつけて考えてもおかしくない」
この屋敷に連れて来られた日、異界からの客人として美月は大げさなほどの歓待をバトラシアとウィルバーンから受けた。
しかしそれはあの応接室の中だけの話で、その場にいたバトラシアたち以外は知らない事だ。対外的にバトラシアは美月の事を異国からの客人として預かっている、という事にしている。
ここから遥か遠い国の名前を使っていて、この辺りにはその国の名前すら知らない人が多いほどだ。
そこまでしてバトラシアとウィルバーンは、美月を守ろうとしてくれていたのだ。
あとでその事をドナヴァンから聞かされた美月は、その時はそれほど大事とは思っていなかったが、あれからこの世界の事を勉強してそれがどれほど適切な判断だったのかを知ったのだ。
もし美月が王都近くに飛ばされて、何も知らないまま王都に入っていたら今頃は神殿か王城の中に閉じ込められていたかもしれない。もしかしたらマップルやスマフォも取り上げられていたかもしれない、そう思うと飛ばされた先がここで本当に良かったと思う。
「そっか・・・でもフンバルやスライだったら大丈夫だよね?」
「もちろんだ。俺が保証するよ」
「・・・ありがと」
ホッと息を吐いた美月の頭をポンポンと叩くドナヴァンの変わりなさに美月は尚の事ホッとする。
「じゃあ、明日から、って事でいいんだよね?」
「ああ、忙しくなるな」
「うん。でも5日間だけだし、1日10人だから何とかなる」
グッと握り拳を作って構える美月をドナヴァンは苦笑を浮かべた顔で見おろした。
「じゃあ、5日間頑張ったらミッキーのしたい事に付き合うよ」
「ホントッッ?!?」
「あぁ、だから頑張れ」
「うんっっ」
ガッツポーズをしてにっこりと笑みを浮かべた美月をドナヴァンは眩しそうに見つめた。




