美月の新しい使役獣 ー 5.
すっかり暗くなった場所に、焚き火が影を揺らしている。
美月の連れていたコットンは日が暮れてすぐに今夜の食餌のために飛んでいってしまった。
さすがに獲物を捌く事はできなかった美月の代わりに、フンバルとドナヴァンが捌いて串焼きを作ってくれた。
焚き火で焼いただけだが、ウサギはそれほど臭みがなく美味しかった。
蛇は固辞したものの、仕留めたのは美月だからと言われ渋々口にした。
味というか噛んだ感触は堅めのチキンと言った感じで、もっと怪しい味を想像していた美月はどこか拍子抜けしてしまった。
げっと思った時には既に遅く、気がつくと勧められるままに2串食べてしまっていた。
そして差し出された3串目の蛇を今美月はじっと睨みつけている。
「そんなに睨んでも味は変わらないぞ?」
「・・・判ってる。ただ、蛇だな〜って思ってるだけ」
「蛇だなって。おまえ既に2串食ってるじゃん」
スライがからかうように言うが、その通りなので悔し事に美月には言い返せない。
ウサギから取れた串は1人2串だが、蛇はそのサイズのせいか1人4串分マイナス1串あったのだ。美月はドナヴァンたちに4串食べるように勧め、そのまま全部食べてもらおうと思っていたのに、今彼女の手に最後の1本が渡されてしまった。
「ミッキー、さっきまでバクバク食ってたくせに、なんで急に睨みつけてんだよ」
「だって・・・今これが蛇だって思い出したんだもん」
ブッと勢いよく吹き出したスライをギンっと睨みつけるが、腹を抱えて笑っているスライの目には見えていない。
とはいえこのまま串を睨みつけている訳にもいかない、と美月が諦めて口を開こうとした時、何かが視界の端に映った気がした。
見えた気がした左方向を見たものの何も見えない。
気のせいかな、と頭を傾げながら目の前の串に目をやると、なぜか串の肉が一切れ減っている。
「・・・あれ?」
どうして1切れ減っているんだろう?
チラリ、と右隣りに座っているドナヴァンを見るが、彼はスライと話をしていて美月の方を見ていない。
いくら何でもドナヴァンが美月の肉を食べる筈がない、軽く頭を振ってから串に目をやるのと同時に串が引っ張られる感触がした。
「えっ」
思わずぎゅっと串を握りしめた美月の目に、うっすらと一瞬鳥の姿が見えた。
と同時に串が更に強く引っ張られる。
美月は串を握っていない右手で鳥が見えた気がした空間をグッと上から抑え込んだ。
途端に何もない空間に何か感触がする。
鳥の感触だ、と思ったのと美月が更に強くグッと押さえつけたのは同時だった。
「ドナヴァンっっ」
美月が強く押さえつけたせいか、先ほどまで何も見えなかった空間に鳥の姿が現れた。
同時に鳥が激しく抗って美月の手からすり抜ける。
「あぁっっ」
逃げられた!
思わず声が漏れたが、さっと伸びてきたドナヴァンの手が飛んでいこうとする鳥を片手を伸ばして捕まえた。
そしてもう片方の手も使って、しっかりと捕まえ直す。
「こりゃあ・・・」
「ミッキー、凄いものを捕まえたな」
「・・・へっ?」
ドナヴァンが手の中にいる鳥をマジマジと見ながら彼女を振り返る。
「これは闇鴉だ」
「それって、ここに来る時に話してた?」
「そうだ」
ドナヴァンは手の中にいる闇鴉を美月が見やすいように彼女の方に手を向けてやる。
烏、とドナヴァンたちは言っていたけれど、美月が知っている烏よりは一回りほど小さい。翼を拡げても50センチくらいしかないだろう。
そしてその羽の色は真っ黒なのだが、焚き火の明かりの反射する角度によって赤や青と言った風に色を変えていく。
「この子・・・・使役できる?」
「ああ、いい使役獣になるだろうな」
「闇鴉を使役獣に持っている人なんて聞いた事ないからな。自慢できるぞ」
「陰ながらミッキーを守ると言う点では最適だな」
ドナヴァン、スライ、そしてフンバルがそれぞれの感想を言う。
それを聞いて、判ったと頷く美月はドナヴァンにコットンの時と同じように美月と目が合うように抱えてくれと頼んだ。
「目が合わないと使役できないみたいなんだ」
「目が合っても言葉が判らないと駄目なんじゃないのか?」
「う〜ん、その辺はよく判らないけど・・・でも、コットンの時も目を合わせて従える事ができたから」
頭を傾げながらそう答える。
使役ができるというものの、美月にはそれがどういう原理でできるのかなど判る筈もない。
呆れたように頭を振っているスライを横目に見て、ドナヴァンは苦笑を浮かべながら闇鴉が羽を広げて暴れる事ができないように捕まえ直してから美月の方に顔を向けさせた。
「じゃあ始めるわね・・・『我は汝を使役獣に望む。汝に望むは我の手足となりて努めを果たす事。ここに使役の印を結ばん』」
左手で印を結びながら右手の指先で闇鴉の額に触れると、美月の指が触れた部分が一瞬光った。
初めて見る光景にスライとフンバルは驚いた表情を浮かべたが、これが2度目となりドナヴァンは2人の様子を見てフッと口元に笑みを浮かべた。
「えっと・・・多分、大丈夫?」
「なんで疑問系なんだよ」
「だって、これが2回目なんだもの。よく判らないってば」
突っ込むスライに美月が噛みつき返すが、手の中でおとなしくなった闇鴉の様子から恐らく使役は成功したんだろうとドナヴァンは思っている。
「ほら、遊んでないで名前をつけてやれ」
「えぇっ・・・名前かぁ・・・そっかぁ・・・・」
「黒いからクロって言うのは無しだぞ」
「はぁい・・・・」
前回の事があるので、一応ドナヴァンは念を押しておく。
しかしそうは言われても、すぐにはいはいと言って名前を思いつける訳もない。
美月はドナヴァンの手の中にいる闇鴉をじっと見つめて必死になって考える。
「えっと・・・カラスって英語でクロウだったっけ・・・でもそれだったらクロと一緒だって言われそうだし・・・でもなぁ・・・」
ぶつぶつ独り言を呟きながら、乏しい知識を引っ張り出して考えるが何も思いつけない。
しかしいつまでも待たせるわけにはいかない、と思いながら顔を上げた美月の目の前にいた闇鴉の姿が一瞬ぶれた。
「えっ?」
姿がぶれた理由が闇鴉と呼ばれる所以なのだろうが、その姿がまるで炎に煽られたように揺らめいた気がした美月の頭に、蜃気楼という意味を持つ英単語が浮かんだ。
「・・・ミラージュ」
「・・・ミラージュ?」
「うん・・・ミラージュって蜃気楼っていう意味の言葉なんだけど・・・どうかな?」
上目遣いにお伺いを立てる美月に、ドナヴァンたちはミラージュと口の中で呟いてその響きを確認しているようだった。
「そうだな・・・いいんじゃないか?」
「あぁ、俺もそう思う」
「闇鴉にぴったりかもしれないです」
そして3人からOKを出されて、美月はホッと息を吐いた。
「あなたの名前は『ミラージュ』でいい?」
そっと顔を近づけて闇鴉に尋ねる。恐らく美月の言っている事は判っていないだろうが、それでも名前を付ける相手の了承を取りたいのだ。
美月に腕を出すように言ってから、彼女の目の前でドナヴァンがそっと闇鴉を拘束していた手を拡げてやると、ミラージュは羽をバサつかせてから美月の上に止まった。
その行動が美月に初めましてと言っているような気がして、美月はそっとその羽を撫でてやった。
Edited 01-29-2016 @ 10:20




