美月の新しい使役獣 ー 4.
森の中とはいえ訓練で使う事も多いせいか、ドナヴァンたちは野営に向いた場所を把握している。
彼らが美月を連れてきて馬から降りた場所は、森の木々が少し途切れた直径20メートルほどの開けた場所だった。
その中心辺りには少し古いが焚き火のあともあり、過去にここで彼らが訓練で野営をしていたのだろう、と思わせる。
ドナヴァンはフンバルとスライに野営地設置を命じて、美月を連れて徒歩で獲物を探しに出た。
これから生き物を殺すのかと思うと気が重いものの、それでもドナヴァンがなぜ美月にとってそれが必要な事なのかを説明してくれていたので、自分のためにも頑張ろうと思っている。
2人は美月を前にして森の中にある獣道を歩き出す。
「どこまで行くの?」
「もうちょっと先に行くと飛びウサギが多くいる場所に出るんだ」
「飛びウサギ?」
「あぁ、ウサギの一種だな。あれだったらミッキーが反対に襲われる事もないし、大きさ的にも丁度いいと思うだが、どうだ?」
「どうだって言われても、ねぇ・・・・どんなウサギ? 飛ぶの?」
「ああ。普通のウサギの3倍ほどの大きさの耳を持っていて、それを翼のように使って飛んで逃げようとする。攻撃手段は鋭い前歯だが、それ以外には何も持っていないから、大抵はすぐに飛んで逃げようとするんだ」
普通のウサギの姿を思い出してから、それに3倍の耳をくっつけてみる。
きっとダンボの耳のようなものなんだろう、美月は勝手にそう決めつけてドナヴァンに頷いてみせる。
「でも私の持っている武器って、この短刀だけなんだけど」
「大丈夫だ。見つけたら俺が耳を切り落とす。だからミッキーはトドメを刺せ」
「うぇぇ・・・・」
「なんだ、その声は」
じっと短刀を見おろしながら思わず漏れた声に反応して、ドナヴァンが美月をじろりと見おろしてくる。
「・・・・頑張ります」
「危険はないから、無理はするな」
「・・・・うん」
別に危険があるとは思っていないのだ。
ただ短刀を使って生き物を殺す、という事に抵抗があるだけなのだ。
気が進まないせいか、美月はあちこちの木の根や草に引っ掛かって何度も転けそうになる。その度にドナヴァンが助けてくれるのだが、あまりにもその回数が多すぎて見ていられなくなってしまった。
「なんか歩きにくそうだな」
「・・・ごめん」
「いや、謝らなくてもいいんだが・・・」
そう言いながら周囲を見回してから手頃な枝を1本腰に差した剣で切り落とす。それから更に小枝を切り落として長さが120センチくらいの杖を作った。
「ほら、これを使え。それがあれば転けそうになっても何とかなるだろう」
「・・・・ありがとう」
この若さで杖! と美月は思わないでもないが、確かにそれを使っていた方が歩きやすいので文句を口にする事もなく歩く。
「ドナヴァンが前を歩かなくてもいいの?」
「ああ、この森にはそんなに危険な生き物はいないからな。それにこれはミッキーの訓練なんだから、俺が前を歩いていたら意味がないだろう」
「それはそうなんだけどぉ・・・でも、飛びウサギ、見つけられないかもしれないわよ?」
「俺が見ているから大丈夫だ。それにまだ飛びウサギが出る辺りじゃないからな」
「そっかぁ・・・」
ドナヴァンが前を歩いてくれれば、枝を切り払ってくれるので楽ができるかも、と思ったのだがそうはいかなかった。
ガッカリしながらも、それでも前に進むしかない、と自分に言い聞かせて歩く。
「この森って、この前コットンを捕まえた洞窟がある森でしょ? あの洞窟ってこの近くじゃないの?」
「いや、あそこより東よりに今日は移動してきているから、ここからだと・・・そうだな、多分1時間ほど馬で移動すれば行ける筈だ」
「1時間も? この前は歩いて行ったのに?」
「だから東に移動しているからだ、と言っただろう? あそこは比較的森の入り口に近い場所に位置しているんだ。だから、もう少しで森を抜けようとしているこの場所から離れている事は判るだろう?」
「あっ、そっか。そういえば草原を目指していたんだっけ」
美月は頭の中に昨夜マップルで見た地図を思い出す。
マップルの地図は酷いものだが、それでもないよりはマシ。前回行った洞窟の位置は確かに森の奥にはなかった、と記憶している。
できれば昨日のうちにドナヴァンが今日の行き先を教えてくれていればピンポイントで確認できたのだが、当日まで秘密だと言われてしまってはしつこく聞く事ができなかった。
なので、予想として森の周辺をマップルでチェックしていた自分を褒めてあげたい、と美月は思う。
「あとどのくらい歩けば着くの?」
「もうそろそろだ」
「そっか〜、じゃあ――」
そろそろ静かにした方がいいかな、と言いかけた言葉はそのままのどの奥に仕舞われて、美月はバッと音がするような勢いで後ろに下がった。
周囲を警戒するように見ていたドナヴァンがそれに気づいた時には美月の背中が彼の胸に当たってその勢いのせいで体勢を崩してしまった。
「おいっ――」
「いっやぁーー!」
声を掛けようとしたドナヴァンの言葉は美月が発した悲鳴にかき消され、悲鳴と同時に振り回された杖から身を躱すために更に後ろに下がる。
美月はそのままの勢いで手にしていた杖を振り回して地面を叩いているが、ドナヴァンは一体彼女が何をしているのか判らない。
振り回されている杖で殴られないよう美月が叩いているもの見るために、少し横に移動して茂みから地面を覗き込むとそこには1匹の蛇がいた。
長さは1.5メートルほどで太さは直径が3−4センチと言ったそれほど大きい蛇ではないが、別名『大口蛇』と呼ばれるそれは、普通の蛇の倍以上の大きさに口を開ける事ができる。
おそらく飛びウサギの幼獣を食餌にするために潜んでいたのだろう。
「ミッキー。おいっ、ミッキー。落ち着けっ」
「蛇っっ蛇っっっ蛇ーっっっ」
「いいから、落ち着け。もう死んでる」
なんとか美月が握っていた杖を彼女から取り上げて肩を押さえつける。
しかしパニックになった美月をそんな事で止める事はできず、ドナヴァンはぐるっと彼女の体を反転させて抱き締めた。
目をぎゅっと瞑ってドナヴァンのシャツの胸元をこれまたぎゅっと握りしめている美月は、恐らく自分が彼にしがみついていると気づいていないだろう。
「ほら、深呼吸しろ」
「ん〜〜」
頭を振っていやだと示すが、何がいやなのか本人も判っていない。
それでもなんとかようやく気持ちが落ち着いてきたのか、美月はようやくドナヴァンの胸元から顔を上げた。
「へびぃ・・・」
「判ってる」
「あんなおっきなのって反則だよぉ」
そうか? と思ったものの、ドナヴァンは賢く言葉にしない。
その代わり美月の背後を指差した。
「けど、あれを殺ったのはおまえだ」
「・・・へっ?」
おそるおそる振り返った先に見えたのは、地面に転がっている蛇の残骸。
「・・・なんか凄い事になってる」
「そうだな・・・ミッキーが容赦なく殴ったからだ」
「へっ・・・私?」
「そうだ。腰の短刀を抜かずにそのまま手に持っていた杖でぶん殴ってた」
どこか遠くを見つめながらそう口にするドナヴァンは、つい先ほどの光景を思い出していた。
「なかなか凄かったぞ? 俺も2、3発殴られるかと思った」
「えぇ・・・・そんな、事・・・」
ない、と言い切れない自分が哀しい、と美月はがっくりと肩を落とす。
「だって・・・無我夢中だったから」
「まぁ、そうだろうな」
あの様子じゃ本当に蛇が苦手だったんだろう、と思わず頷いてしまった。
「けど、ただ生き物を殺すだけじゃ駄目だぞ? あれは今夜の夕食だ」
「うえぇっ・・・冗談、だよね?」
がばっと言う音が聞こえそうな勢いでドナヴァンを振り仰ぐが、彼はにやりと口元に笑みを浮かべていて顔を見ているだけでは本気か冗談か判らない。
「まさか。本気に決まってる。あの蛇は意外と美味いんだぞ? まぁあれだけじゃあ足りないから、飛びウサギも狩るけどな」
「・・・・はぁい」
がっくりと肩を落とした美月に、ドナヴァンは手にしていた杖を返した。
「さぁ、行くぞ」
「はぁーい」
ドナヴァンから杖を受け取った美月は、蛇はドナヴァンに任せて歩き出した。
Edited 01-29-2016 @ 10:19




