美月の新しい使役獣 ー 3.
コンテロッサは小柄なせいか、ドナヴァンの馬に比べると美月には乗りやすかった。
これならそれほど筋肉痛に悩まされずに済むかも、と馬に揺られながらホッとする。
一番前からスライ、美月、ドナヴァン、そしてしんがりはフンバル、と並んで森の小道を進んで行く。
「それで、今回はどこまで行くの?」
「森を抜けた先にある草原だ」
「森の東にある草原じゃ駄目なの?」
「駄目だ」
「ちぇっ」
この森の東にある草原なら近いから楽かな、と思ったもののやっぱりそう簡単にはいかないものだ。
「どのみち今夜はこの森で野宿だから、ミッキーは覚悟しとけよ」
「この森で野宿って・・・そんなに遠いの?」
スライのからかう声に少しイラッとしたが、それでも今夜は森の中で野宿と聞くとそんな事に構っていられない。
以前この森に来た時は歩きだったせいで森のどこかにある洞窟までだったのだが、今回は馬に乗っているから前回よりははるかに遠いところまで行ける。それなのに野宿という言葉が出るという事は、この森がかなり深い事を指している。
準備と馬の説明のため館にある厩舎を出発したのはあと2時間ほどで昼食という時間だった。
そして今はまだ1時過ぎ。もう暫くは先に進むだろうが、それほど遅くまで進むとは思えない。おそらく夕方の5時くらいまではこのまま馬上の人となって移動だろう。
馬に乗って6時間ほどでも森の中という事は、やはりかなり大きな森だという事になる。
「ミッキーはキャンプとかした事ないのか?」
「キャンプ・・・? う〜ん、小さな頃にした、かな? でもよく憶えてない」
「なんなら騎士団に入れよ。そんでうちの騎士隊に入れば、いつでもキャンプに連れてってやるぞ?」
「遠慮しますっ」
ニヤニヤした顔で振り返るスライをギロリと睨んでから、美月は気持ちを落ち着けるためにそっとコンテロッサの毛を撫でる。
ふかふかの絨毯のような手触りは、スライのせいでイラッとしていた気持ちを落ち着かせてくれる。
そのまま上体を倒して美月はコンテロッサの首に抱きついた。
そんな事をされると歩き辛いだろうに、コンテロッサは嫌そうに頭を振るでもなく美月の好きにさせている。
「具合が悪いのか?」
「ん〜・・・大丈夫。ただロッサの毛触りを堪能したいだけ」
そのままいつまでもコンテロッサに抱きついたままの美月の具合が悪いのかとドナヴァンは心配して声を掛けるが、暢気な返事が返ってきて、それなら心配する必要はないな、と呟く。
「そんなに好きならコンテロッサを使役したらどうだ?」
「おい、スライ。そんな無責任な発言はするな」
「俺は別に無責任に言ってる訳じゃないぜ、フンバル。コンテロッサもミッキーの事が嫌いじゃないし、ミッキーもコンテロッサを気に入っているんだろ? だったら丁度いいんじゃないかなって思っただけだ」
思わぬアイデアに美月は上体を起こした。
「いや、スライ。それは無理だ」
「ミッキーには扱いきれないってか」
「そうじゃない。コンテロッサとミッキーさえ良ければ、確かにこのまま使役獣契約をしても構わないと思う。けど、今日の目的は攻撃力のあるもう少し小さいものだ。コンテロッサは防御には長けているが、攻撃となるとそうはいかないからな」
「あぁ、そういやそうだったなぁ・・・」
すっかり忘れてたとぼやくスライに、フンバルが忘れるなと突っ込んでいる。
「それにコンテロッサはリンドングラン領の領主が持ち主だから、勝手に使役獣契約をする訳にもいかないって事も忘れるなよ」
それが1番大事な事なんじゃないのだろうか、と美月は思ったが賢くここは口を噤んでおく。
「なぁミッキー、使役って何でもできるのか?」
「どういう意味?」
「だから、攻撃力が欲しいって事だろう? それって動物だけなのか? それとも虫とかでも――」
「嫌っっ! 虫は絶対に嫌! 無理!」
「けど、虫だったら結構使い道あると思うぜ。毒蛾や幻妖蝶とかだったら見た目は綺麗だから平気だろ?」
「駄目駄目駄目駄目っ! 無理無理無理無理っっ! 絶〜っ対に無理。蝶だろうが蛾だろうが虫は虫でしょっ! 嫌ったら嫌っ!」
何が哀しくて虫を使役しなければいけないのだ! と美月は虫と思っただけで腕に現れた鳥肌を擦る。
美月は虫が嫌い、というより怖いのだ。できれば傍に来てもらいたくないと思っている。
だから今回のキャンプ、という言葉を聞いた時頭に浮かんだのは虫だった。
この世界には元の世界ほど虫はいないようだが、それでもたまに見かけるし、大きさでいえば元の世界で見た事ないほど大きな虫を見かけた。
1メートルサイズの虫なんてざらで、もっと大きな虫だっていたのだ。
美月が両手で自分を抱えるようにして身震いしていると、いつの間にか横に来ていたドナヴァンがそっと背中を擦ってくれた。
「という事で、虫は却下だ。スライ、だからって虫をこっちに投げてきたりしたらどうなるか、判ってるな?」
「あ〜〜・・・はいはい。絶対にミッキーに虫は投げません」
「と言ってる。だからミッキーは心配しなくてもいいからな」
「・・・・ん」
小さく頷いた美月の目にはいつの間にか涙がじんわりと浮かんでいて、それを見たドナヴァンはそれほど虫が嫌いなのか、と驚いたものの黙って彼女の背中を撫でてやる。
それから話題を変えて虫から意識を切り替えさせる。
「俺としては鳥を考えているんだが、どうだ?」
「・・・鳥?」
「そうだ。俺たちが向かう草原には『フィッシュ・ホーク』と呼ばれる小型の鷹がいるんだ。小型とはいえ鷹だからな、ちょっとした攻撃力はある。それに空を飛ぶからら緊急の連絡にも使える。ミッキーのコットンも連絡に使えるが日中は無理だからな。とはいえ夜の緊急連絡とかでは役立つだろう。だから、もし鷹も使役できたらコットンと合わせて昼夜関係無しに何かあった時に助けを呼ぶ事ができるから、使役するにはいいんじゃないかと思ったんだ」
「それに、鷹もコウモリも奇襲には向いているから、攻撃という面でも使えるだろうしね」
ドナヴァンの考えにフンバルが頷きながら補足する。
「鷹、だったら・・・・」
怖くない、と美月は小さな声で付け加えた。
虫、と聞いただけで取り乱してしまう自分が情けないと思うが、それでも駄目なものは駄目なのだ。
「まぁ実際に向こうに着いて上手く生け捕りにできれば、の話だけどな。生け捕りができなかったらヒナを巣から盗もうと思っている。丁度今は繁殖期だから、巣さえ見つける事ができればヒナを捕獲する事は容易だろう」
「そうだな。フィッシュ・ホークが無難だろうな。けどドナヴァン、あそこには闇鴉もいただろう? それの方がいいんじゃないのか?」
「フンバル、闇鴉は幻鳥だ。そっちの方が捕獲は難しいよ」
「けど、あいつを捕まえる事ができたら、そっちの方がミッキーの使役獣には向いているだろう?」
「あぁ、捕まえられたら、な」
横にいるドナヴァンとその後ろのフンバルの会話に、美月は聞いた事のない闇鴉という言葉に反応する。
「・・・闇鴉って?」
「幻鳥の1種だ。見た目は烏だが、その羽の色は常に変化してどこにでも溶け込む事ができるんだ。使役者が鍛える事によって、隠蔽、奇襲の能力が上がるから、確かにフンバルの言う通り使役するとすれば最適な鳥だと思う。ただ、その能力から捕まえる事が難しいんだよ。まず見つける事ができないだろうな」
「巣を見つけようにも、どんな巣を作るのかも判ってないからなぁ。ミッキーの使役にはいいと思ったんだけど、確かにドナヴァンの言う通り捕獲ができないだろうな」
「ふぅん・・・」
「だから比較的捕獲しやすい鳥、ということでフィッシュ・ホークがいいんじゃないかなって事だ」
フィッシュ・ホークは木に止まった時の体長が30センチほどの小型の鷹で、主に魚を捕まえて食べるところからそう呼ばれている。
ドナヴァンの話では草原と森の間に川が流れていて、そこがフィッシュ・ホークの餌場らしい。
猛禽類だから少し怖い気はするが、それでも虫に比べれば可愛いものだ、と美月は思う。
「とりあえず今夜はキャンプだな。その時に、ミッキー、おまえが夕食を狩ってくるんだ」
「・・・・はぁい」
これは来る前から言われていたので、とりあえずなんとか頑張ろう、と覚悟していた。
実際に殺せるかどうかは判らないが、それでもドナヴァンがさせようとする事の意味を理解しているから、する前からできないという事は言えなかった。
昨日の夜、やるしかない、と覚悟を決めたのだ。
できなければ彼らの足手まといでしかない、そう思うと頑張ろうと思えた。
まずは1歩、ここで前に進みたい。
Edited 01-29-2016 @ 10:19




