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石版の魔女  作者: チカ.G
本編
21/72

美月の新しい使役獣 ー 1. 

 『家の準備に3ヶ月は掛かるから、それまではうちにいてね』




 にっこりと笑みを浮かべてバトラシアにそう言われると、美月は黙って頷くしかなかった。

 というわけで、6ヶ月で出て行くところが8ヶ月になったのだが、だからといってその伸びた2ヶ月の間のんびりできる訳ではなかった。

 「だったら、しっかり1人で対処できるだけの力を身につけよう」

 これまたにっこりと笑みを浮かべたドナヴァンに言われた。

 美月としては文句をたっぷりといいたかったのだが、そのあとに続いた言葉に返すだけの言葉がなかった。

 「でもあれだけ時間を割いて護身術教えてくれたじゃない。スライやフンバルも上手くなったって褒めてくれたのよ?」

 とりあえず反論はしておく。

 ここに来てから基礎体力作りと一緒に護身術も教えてもらったが、襲ってくる相手に対してどう立ち向かえばいいのかはドナヴァン、スライ、そしてフンバルに教えてもらった。

 腰に差している短刀の使い方もサマになってきたと自分では思っているのに、それでもまだ訓練が必要だと言うドナヴァンに美月は納得がいかなかった。

 「ミッキーには護身術を教えたけど、それを実際に襲ってくる相手に使えるかどうか、って言われると多分無理だろう。狩りに行っても獲物を殺せないんだ。獲物も殺せないヤツが人間相手に殺生できる訳がない」

 「それは・・・」

 確かに訓練では本物の短刀は使わずに木刀を使った。だがそれはお互いを傷つけないためであることと訓練であるという事だったからだ。

 しかし、ドナヴァンにそう言われるといくら自分を襲う相手だからと言って、相手を殺すという手段で自衛できるかどうか美月には判らない。

 「だから、まずは狩りに行って自力で獲物を殺す訓練だ。相手は人間じゃないがそれでも攻撃すれば血を流す。そんな相手に躊躇ためらっているようじゃ、自衛なんてできないからな」

 「でっ、でも無理に殺さなくても――」

 「バトラシア様の話を忘れたのか? 美月は色々な人間から狙われる可能性があるんだ。中には足や腕の1本くらい捕獲の拍子で折れても構わないって考えるヤツはいる。そんなヤツ相手に少しでも躊躇ったらあっという間に掴まってしまう。判っているのか?」

 「うっ・・・」

 確かに美月を少々傷つけても構わないから捕獲しようとする相手だったら、一瞬の躊躇いが隙を生んで掴まってしまうだろう。

 「でも・・・何かを殺すなんて・・・」

 「判ってる。ミッキーにはいくら自分を襲う相手でも殺すなんてできないだろうって事は」

 「じゃあ・・・」

 「だから、狩りのメインは使役獣を探すためのものだ」

 つまり、美月にできない事を使役獣にさせよう、という事らしい。

 美月にはコウモリのコットンが使役獣としているが、さすがに体長30センチのコウモリに彼女護衛は難しいだろう。それでも何か危機に陥った時に助けを呼びに行く事はできる。

 それでも、美月の安全を考えればもっと他にも欲しいのだ。

 「ただし、食用の小動物に関しては、話は別だ。せめてウサギの1羽くらいは仕留められるようになってもらう。この事は既にバトラシア様に話はつけてある。明日から4日間、森の中で訓練を兼ねてキャンプだ」

 「えっ・・・って事は、4日間森の中で過ごすの?」

 「そうだ。もちろん俺1人では護衛はできないから、いつものようにフンバルとスライに一緒に来てもらうつもりだ。その時にミッキーにも馬に乗れるようになってもらおうと思っている」

 「馬? 私が?」

 いきなりドナヴァンの話が飛んで、美月は思わず聞き返してしまった。

 「ああ、きちんと調教されている馬なら、素人でもなんとかなる。馬に乗る事ができるようになれば、いざという時に逃げるための足を確保する事もできる。いきなり俺たちのように馬を扱えるようになれるとは思っていないが、それでも落馬しない程度には頑張って乗れるようになってもらいたい」

 いきなり馬と言われても、美月が知っている馬はドナヴァンたちが乗っているような馬だ。元の世界では見た事の無い姿を持っているこの世界の馬に、美月が乗れるようになるかどうか自信はない。

 大体、額から剣が伸びている、とか、全身が鱗のような鎧で覆われている、とか、美月からしたら信じられないような外見を持つ馬たちはとても大きく、乗馬を習う前に馬の鞍に上がれるようにならなければ駄目だ。

 そして美月としては、そんな大きな馬に自分が乗れるようになる自信は全くない。

 「普通の馬はいないの?」

 「普通? ミッキーが聞いてくる普通の意味は判らないが、俺やフンバルが乗っているような馬は一般的な馬だから、それに乗れるようになれば敵から逃げる時も楽になるだろうな」

 「そっかー・・・・私がいた世界の馬には鎧のような鱗もついてなかったし、額から剣も生えていなかったからなぁ・・・」

 頭を傾げているドナヴァンを見てから大きな溜め息を吐いた。

 美月の常識はこの世界では通用しないらしい。

 「ドナヴァンっていっつも私についていてくれるけど、隊長の仕事はいいの?」

 当たり前のように話を進めるドナヴァンに、美月はふと気にかかっていた事を尋ねる。

 「俺の隊は遊撃隊のようなものだと言っただろう? 今は特に争いがある訳でもないから、俺の隊は3つに分かれて違う隊と一緒になっているんだ」

 ドナヴァンの隊には8人の隊員がいる。他の隊には10−12人の隊員がいる事を思えば、人数は少ない。しかし、彼の隊は遊撃隊とよばれる精鋭だけの部隊なのだ。それぞれが騎士2人分以上の力量を持つとバトラシアが説明してくれた事を美月は今でも憶えている。

 「ミッキーの護衛としておれとスライ、それにフンバルの3人が常駐しているんだ。他のメンバーは2人が第一騎士隊、あとの3人が第4騎士隊に組み込まれているから、他の連中の事は心配しなくても大丈夫だ」

 「・・・なんか、私のせいで隊をバラバラにされちゃって、ごめんなさい」

 「だから、気にするなと言ってる。これはこの領の騎士の仕事だ。仕事を全うする事で謝られるとこちらとしても困る」

 「・・・・ん」

 仕事、と言われてハッとして美月は俯いた。

 今までドナヴァンがいつも傍にいる事が当たり前すぎて思いもしなかったが、彼が美月の傍にいる事は仕事なのだと思い知らされたのだ。

 ここを出れば彼が美月の護衛として傍にいる事は無くなるのかもしれない、と気づいてしまった。

 「どうした?」

 「・・・なんでもない」

 「なんでもない、という風には見えないぞ?」

 「・・・それでも、なんでもないの」

 美月は俯いたまま頭を横に振る。

 しかしドナヴァンはそんな美月の顎に手を掛けて無理矢理上向かせる。

 「そんな顔をしてなんでもないと言われても信じられないぞ? どうしたんだ?」

 自分でも情けない顔をしているだろう、と美月は思う。だからドナヴァンに見せたくなかったのだが、男の力には敵わない。

 仕方なくドナヴァンと視線を合わせてから、へにゃっとなんとか笑いっぽいものを浮かべる事に成功させてから口を開いた。

 「ちょっと、さ。今更ながら思い至った事があってね・・・それで、なんて馬鹿なんだろうって思っただけ」

 「何が今更なんだ?」

 「自業自得ってヤツ。なんでちゃんと考えなかったんだろうな〜って・・・」

 こんな言い方でドナヴァンに美月の言いたい事が伝わるとは思わないが、それでも言葉を濁してしまう渡航しか言えなかった。

 まさかドナヴァン本人に、ここを出たらもう滅多に会う事もなくなる事にたった今気づいた、とは言えない。

 ここで美月が下手なことを言えば人の良いドナヴァンの事だ、もしかしたら休みの日にわざわざ会いにきてくれるかもしれない。

 それは避けたい、と美月は思う。

 そうじゃなくても忙しいドナヴァンの貴重な休みを自分なんかのために無駄にして欲しくはない。

 だから、それだけは言ってはいけないのだ。

 「なんだ、その歯切れの悪い台詞は? 俺には何を言いたいのか全く判らないぞ?」

 「ん、でも自分でもよく判んない。だから・・・もう少し気持ちが整理できたら、その時に説明する」

 「・・・判った、じゃあ、落ち着いたらまた話してくれ。いいな」

 「ん・・・判った」

 ぽんぽんと頭を叩いたドナヴァンはそんな美月の言葉に、とりあえず今は保留にしようと思ってくれたらしい。いつもは強引に聞いてくるドナヴァンにしては珍しい事だが、美月としてはありがたい。

 彼女にもまだ自分の気持ちがはっきりと判っていないのだから。


 




Edited 01-29-2016 @ 10:18

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >言葉を濁してしまう渡航しか言えなかった。 こと?
2022/06/18 21:32 退会済み
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