美月ができる事 ー 6.
リンドングラン領にやってきてすぐの頃にバトラシアに貰ったローブは、くすんだワインレッドの色をしていて、美月は結構気に入っている。
頭から被っているとまるで魔法使いか魔女のようだ。
まぁ、美月には魔力はないから魔法は一切使えないのだが、その辺りは気分だ。
そのローブの下にアストラリンクから貰った魔法のバッグを襷掛けにした美月が、フードを頭に被った格好のまま人ごみを歩いている。
最初肩にいたコットンだが、どうも居心地が悪いのかモゾモゾとフードの中を動いた末に居場所と定めた市は美月の頭の上だった。
ぺたりと伏せるようか形で美月の頭にしがみついているから、ほんの少しフードが持ち上がっている程度なので、まぁいいか、と美月はそのままにしている。
バトラシアから習った知識では、彼女たちが住む領主の館があるのはリンドという名前の領都で、そこには5千人ほどの人が住んでいるらしい。
高さ2メートルほどの石壁に囲まれた南北が東西より長い長方形の形をしていて、北の一番奥まったところに領主の館がある。石壁には門が東西南北全ての方角についているが、北門を使えるのは領主のみ。
なので美月はドナヴァンの馬に乗せられて北門から抜け、南門のすぐ手前まで連れてきてもらった。南門のところで警護している門番には美月の身分証を見せれば、問題なくリンドの町に入る事ができる。
この身分証もここに来てすぐにバトラシアが作ってくれたものだ。
5センチ×10センチくらいの銅の板に美月の名前と種族、性別、年齢が書かれている。それは町の一般人が持つ身分証と同じものらしい。もしなんらかの職業を持っている人間であれば、そこに職業が付け足されるくらいで、それ以上の情報は載せないらしい。
美月は匂いに誘われるように足を進める。今までの経験で匂いのする方角へ進めば市が立っている事は判っているからだ。
もちろん今まではバトラシアと一緒だったから、寄り道などしないで彼女の後ろを付いて歩いていたのだが、今日は自分の見たい物を見る事ができる。
美月が歩いている通りのどちら側にもいろいろな店が並んでいて、ショーウィンドウに飾られたものを見るだけでも面白い。
なんとなく中世を思わせるような2階建ての店が多いが、それでもなぜかガラスはあるみたいでどの店もピカピカに磨かれたショーウィンドウにその店の商品を展示して客の購買欲を刺激する。
そんな店が並んでいる中、美月はある店に立ち止まって展示されているものを眺める。
「綺麗だね〜、コットン」
「キキィ」
小さな声が頭の上から聞こえてきた。
美月はクスッと笑いながら先ほどから眺めている髪飾りに視線を戻す。色々な石を使って飾られた髪飾りはたくさんあって、その中で美月の目を惹いたのはサファイアのような濃い青とブルーとパーズのような明るい青の石を使った髪飾りだった。
ここに北ばかりの頃は肩にかかるかどうか程度の長さだった美月の髪は、今は肩を覆うほどの長さになっている。鬱陶しいから切ろうとしたのだが、バトラシアに止められて毛先を整えた程度しか切らせてもらえていない。
そろそろ邪魔になってきたなと思っていたので、こういう髪留めがあるといいなぁ、と思いながらそれを
見る。
しかし、どう見ても安いものではなさそうなので、いつか自分でお金を稼ぐようになったら買いにこよう、とまた歩き始めた。
他にも女の子らしいドレスを売っている店、小物を中心に揃えている店、など美月の視線を奪うショーウィンドウが多すぎてなかなか先に進めない。
自分でも浮かれているなと思うものの、どうせどこかから護衛が自分の事を見ているだろうから、と言う安心感もあって止められない。
「とりあえず頼まれたものだけでも買っちゃった方がいいかな?」
ようやく市が立っている広場にやってきた美月は、ぐるりと周囲を見回してからこれからの行動を思案する。
「フランさんから頼まれているものは、ナッツ2キロとドライアップルを練り込んだパン、だったっけ。バトラシアさんから頼まれたものは・・・お店に行って彼女の名前を出して受け取ればいいだけだったから、そっちを先にするかな?」
市の立っている広場から帰りのルートを考えると、先にバトラシアに頼まれてものを受け取りにいった方がいいようだ。
そう思うと市の立っている広場の手前の通りを左に折れる。
左に折れたところから5軒目にある店がバトラシアによるようにと言われたお店だ。
その店には以前バトラシアと来た事があるから、間違う事はないだろう。
あと10メートルほどで店に着く、と言ったところで不意に後ろから肩を掴まれた。
「きゃっ」
驚いて振り返ると、見た事もない男が2人立っている。1人は小太りで美月とあまり変わらない身長だ。もう1人は美月よりは高いものの165センチくらいのものだろうが、見事な出っ歯がニヤニヤ笑いの顔で一番目立っている。
「・・・・あの?」
「ねえちゃん、こんなところで1人でなにしてんの?」
「遊び相手でも探してんのかな?」
ニヤニヤした笑みを浮かべて男たちを見て、美月は眉間に皺を寄せる。
「悪いけど、忙しいから」
「まぁまぁ、ちょっとそこで遊ぼうぜ」
肩にかけられた手を払いのけて少し距離をとるが、男たちはそれでもニヤニヤ笑いを止めない。
「ほらほら、そんな可愛い顔なんだから眉間に皺を寄せないで笑った方がいいぜ」
「大きなお世話」
「とにかく、ほら、来いよ」
出っ歯の男が手を伸ばして美月を掴もうとするが、美月は体を捻って男の手から逃れる。
そんな美月の反対側から小太りの男が手を伸ばして彼女の腕を掴んだ。
「離してっっ!」
叫ぶように言ってから体を引くが、男の手は思ったよりも力があるのか離れる事ができなかった。
しかし不意に男が手を離し、その上美月を突き飛ばしたせいで彼女は転んでしまう。
「なんだ、獣人かよ」
「それでフード被って隠してんのかよ」
「ちぇ〜っ、声かけて損した」
ぶつぶつ言いながら大通りの方に歩いて行く男たちを美月は目を丸くしたまま見送る。
「・・・獣人っ・・・・私の事?」
自分のどこが獣人に見えたんだろう、と首を傾げるが判らない。
それでも気を取り直して美月は立ち上がり、パンパンと埃を叩く。
「大丈夫か?」
「へっ・・・あぁ、ドナヴァン」
見てたの? と美月が聞くと、いいや、と頭を振った。
「ミッキーの行く店が判っていたから、そこの角で待っていたんだ。そうしたらあの2人組がここからやってきて、獣人がどうの手が汚れたとか言ってたから気になって覗いたら」
地面に転んでいた、と済まなさそうに付け足す。
「怪我は?」
「大丈夫。ちょっと埃っぽくなっただけ」
「そうか」
少しホッとしたように小さく息を吐き出したドナヴァンを見上げて、美月はつんつんと彼の袖を引っ張る。
「なんだ?」
「あの人たち、私の事獣人って呼んだんだけど・・・どういう事?」
「・・・獣人?」
「そう。なんだ獣人かっていって突き飛ばされた」
自分のどこが獣人に見えたのか気になって、美月は尋ねるがドナヴァンもよく判らないらしい。
「あのね、こうやって腕を強く掴まれてね、ビックリして腕を払いのけようとしたんだけど――」
腕を掴まれた時のように美月が体を動かすと、ドナヴァンが美月の頭を見て一瞬目を見開いてから笑った。
「へっ?」
ドナヴァンはなんとか笑いを収め、それから美月のフードを持ち上げて大きく頷いた。
「・・・ドナヴァン?」
「確かに獣人に見えなくもないな」
「・・・私、意味が判らないんだけど」
1人で納得しているドナヴァンを見上げて美月は文句をい言うが、彼には通じていないようだ。
「原因は、おまえの頭の上だよミッキー」
「・・・頭の上?」
言われて頭の上を手で触ると何か柔らかいものに触れた。
「コットン?」
「そう。ミッキーの頭の上に伏せたままの格好で、威嚇のために羽を広げたみたいだな。その羽がまるで獣耳のように見えた、ってことだ」
頭の上にコットンがいる事を美月はすっかり忘れていた。
ドナヴァンに言われて頭の上にいるコットンが羽を広げる姿を想像してみると、確かにフードの下で耳のような形になる気がする。
「ケモ耳かぁ・・・そういえばフランさんから色々な人種の事も習った気もするけど、すっかり忘れてた・・・・」
「リンドングラン領にはあまりいないから、まだ会った事がないだけだよ。そのうち会う機会もあると思う」
偽物の耳ではなく本物の猫耳が見れるかもしれない、と聞いて美月は楽しみになってきた。
「それで、どうする?」
「どうするって?」
「まだ1人で買い物をしたいのか? それともこのまま俺も一緒に行こうか?」
1人で歩きたいのなら俺はまた向こうに行く、と言うドナヴァンに、美月は少し考えてから頭を横に振った。
「もう今日はいいや。あちこち見て歩く事もできたしね。ドナヴァン、荷物持ちしてくれる?」
「もちろん、お嬢様」
澄ました顔で答えるドナヴァンの顔を見上げて美月が笑うと、彼もフッと口元に笑みを浮かべた。
それからドナヴァンは美月のために店のドアを開けた。




