美月ができる事 ー 4.
森の中では小さな獲物はいなかった。
いや、いたのだが捕まえる事ができなかった。
リスがいたし、鳥もいた。
どちらもスライたちが見つけたのだがあっという間に逃げてしまい、美月はその姿さえ満足に見る事ができなかった。
「とりあえず洞窟についたから、ここで少し休憩してから西に抜けて草原を行こう」
「はぁい」
とりあえず休む事ができる、と美月はホッと溜め息を吐いてから洞窟の入り口にある少し開いた場所に座り込んだ。
座り込んだ美月と違って、ドナヴァンたちは周囲の警戒を怠る事なく装備の点検をしてから美月の傍にやってきて、持ってきていた飲み物を彼女に渡す。
「ありがと」
「疲れたのか? まだ行程の半分も移動してないぞ」
「えぇぇぇ」
からかうような口調のスライに、美月はがっくりと頭を落とす。
「もし動けないようだったらそう言えよ。無理に今日中にしなくちゃいけなって事もないんだからな」
「でもさ、ドノヴァン。明日も出かけるわけにはいかないんでしょ? だったら今日しかチャンスがないんじゃないの?」
「別に使役獣がいなくても大丈夫だろう? どうせ影に隠れながらだが護衛が付いているんだ。何かあっても対処できるさ」
「でもさぁ・・・・」
「それより今日無理をして寝込んでしまえば、せっかく今日まで頑張った意味が無くなる。それよりは無理しない方が大事だ」
あまりの正論に、美月はグッと唇を噛み締める。
しかし、それで自分が焦っているのだ、と気がついた。
ドナヴァンに無理するなと言われるまでは自分ではいつも通りだと思っていたのだが、どうやら彼の目にはそうは映っていなかったらしい。
「・・・判った」
「いい子だ」
「ちょっと、子供扱いしないでよ」
座り込んでいる美月の頭を撫でるドナヴァンの手を乱暴に払いのける。けれど、それは起こっているのではなく恥ずかしいからだ。
なので話題を変える事にした。
「この洞窟って深いの?」
「ここか? いや・・・そんな事なかったと思う」
「この洞窟はうちの新人を鍛えるために来るんだけど、たしか1キロくらいの深さだったと思うよ? それに出てくる連中は弱っちいのばっかだから、新人の振り分けに丁度いいんだよね」
ドナヴァンに視線を向けられたスライが手を振りながら美月に教えてくれた。
なるほど、新人騎士の練習の場所に丁度いいんだ、と美月は顎に手をやり少し考えてから立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」
「ちょっと洞窟の中がみたいな〜って思っただけ」
「真っ暗だぞ?」
「知ってる。だから、お日様の明かりで見えるところだけ覗いてみる」
「・・・・ついていく」
溜め息を1つ吐いて、ドナヴァンが美月の前を歩く。
「ドナヴァン、1人でも大丈夫よ?」
「よく知らないところに行く時は普段以上に気をつけるようにした方がいいんだ」
「でも、新人さんの練習で来るんでしょ?」
「あいつらが、な。俺は新人の練習には付き合わん。他にする事があるからな」
そっか、騎士隊長さんだもんね、と美月は彼の役職を思い出して頷いた。
「それより、明かりを出そう」
「へっ? おぉっっ」
ドナヴァンの言う明かりの意味が判らず頭を傾げている間に彼が左手を高く上げると、不意にその掌に光の珠が現れた。
「光魔法の初歩だ。ライトってヤツだ」
「・・・あっそ」
「あぁ・・・そういや、ミッキーは魔法の適性がないみたいだったな」
「・・・ふんっ」
バトラシアとフランチェスカが日常生活に必要だからと言って、美月に簡単な魔法を教えようとしたのだが、こればかりはどうやっても美月にはできなかった。
ステータスをみて自分には魔法が使えない事は判っていたのだが、用心のためステータスチェックを知る術がある事は誰にも言っていない。それにもしかしたら使えるかもしれないという期待もあったのだが、やはり魔力ゼロの美月は魔法の才能もゼロだった。
ドナヴァンの事も全面的に信用している訳ではないが、それでも彼の手助け無しでは使役はできないだろうと思い、世界の繋ぎ目の管理者が『使役』のスキルをくれていると伝えるだけにしている。
それでもこうやってこの世界に来てからずっと気に掛けてもらっていると、段々彼に秘密を持っている事が苦痛になってくる。
そのうちいつか、と美月は心の中で呟く。
「結構高いね」
「そうだな・・・5メートルほどはあるかな?」
少し中に入り外の明かりが入らないところで、美月は上を見上げた。ライトのおかげで洞窟の中をじっくりと見る事ができる。
「横幅も結構あるし。私、洞窟ってもっと狭いんだと思ってた」
「ここは新人の訓練にも使うくらいだからある程度の広さがあるんだろう。連携プレーの練習に丁度良さそうな大きさだからな」
キョロキョロと周囲を慌ただしく見回す美月と違って、ドナヴァンはこの場所でどのような練習ができるのかを考えているようで、ライトで照らされた洞窟内部をじっくりと見ている。
「そっか〜、私にはどんな連係プレーの練習なのか想像もつかないけどなぁ。ここにも何か生き物はいるの?」
「ああ、いるぞ。洞窟特有のものが多いだろうけど、そうだな・・・魔獣ほどではないにしても、その格下程度のものならいるだろうな」
「・・・・魔獣?」
「ああ、もう少し深い洞窟なら、魔獣化したものを見る事は珍しくない。けど、この程度だったらジャイアント・センチピードやジャイアント・タランチュラ、それにお化けネズミくらいかな」
「ジャイアントって言うくらいだから大きいんだろうけど・・・・」
「それほどでもないぞ。せいぜい1メートルほどのもんだ」
「げっっ」
1メートルのムカデや蜘蛛、と聞いてしまうと途端に美月は足を止めて慌てて周囲を見回した。
けれど、大きな影は見えなかったのでホッと息を吐く。
「おっ、珍しいものがいる」
ドナヴァンが何かを見つけたのか、そのまま洞窟の端の方へ歩いて行き、何か白いものを手に帰ってきた。
「何それ」
「ホワイト・バットだ」
「ひぇっ」
思わず1歩さがった美月に、ドナヴァンは両手の指で羽を掴んで拡げて見せた。




