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石版の魔女  作者: チカ.G
本編
10/72

新世界、到着 ー 6.

 美月はところどころ話を前後させながらも、とりあえず今まであった事を目の前にいる4人に話した。

 とはいえ、スマフォとマップルの事は話していない。説明をしろと言われてもきっと説明はできないし、取り上げられても困ると思ったからだ。

 せっかくアストラリンクに無理を言って新しい世界に持って来れたのに、取り上げられたら無理を言った意味がない。

 「・・・大変だったわね」

 美月が話終えるとバトラシアは大きく息を吐いて、しみじみと言った風に言う。

 「そうですね・・・でも、これからここで頑張って生きていこうと思っています」

 「そうだな。僕たちも君の手助けはさせてもらうよ」

 バトラシアはテーブルに置いてあったベルを手に取って、メイドに新しいお茶を用意するように伝えると、声を掛けられたメイドは部屋の隅へ行ってすぐに新しいお茶とお菓子を用意した。

 「そう言えば、お昼は食べたの?」

 「はい、3日分ほどの食料は持っていますから、それを食べました」

 「あぁ・・・じゃあ、そのバッグには魔法が掛けられているのね」

 そうバトラシアに言われて、美月はバッグの秘密を喋ってしまった事に気づいたが、彼女がそれほど驚かないのを見て別に珍しいバッグではないのだ、とホッとする。

 「それじゃあ、それも世界の繋ぎ目の管理者が用意してくれたのね。まぁ知らない世界に放り出されるんだから、最低限のものはいるわね」

 「こちらでは珍しいものではないが、それでも一般人が簡単に手に入れられるものではないから、あまり人前で見せびらかさないようにした方がいいよ」

 「判りました」

 「まぁ、あなたを1人で町に放り出すような事はしないから、その辺は心配しなくても大丈夫」

 バトラシアはメイドが入れてくれたお茶に手を伸ばして一口飲む。

 それを見て、美月も喉が渇いていた事を思い出してお茶に手を伸ばした。

 「お砂糖は?」

 「このままで結構です」

 そっと手をカップに添えてカップから伝わってくる熱になんとなくホッとして、美月はそのまま一口飲んだ。

 すっと紅茶の香りを吸い込むと、ほのかにさわやかな花の香りがする。味は日本で飲んでいた紅茶のようだが、もう少しすっきりした感じで後味もない。

 「・・・美味しい」

 「気に入ったみたいで良かったわ。こちらのお菓子もお食べなさい」

 「ありがとうございます」

 美月はもう一口お茶を飲んでからカップをソーサーに戻し、それからテーブルの上に置かれたお菓子を見る。

 一口大の大きさのクッキーは3色ほどあり、美月はどれを食べようかと悩むものの一番シンプルなのを選んで口に入れた。

 ほろっと口の中で崩れるクッキーはそれほど甘くなく、どこか素朴な味がした。

 「美味しいでしょ? それ、ブラッシャの蜜を使っているの」

 蜜、という事は蜂かなにかの蜜だろうと美月はバトラシアに頷いて、もう1つ口に運んだ。

 久しぶりに甘いものを口にした気がする。

 美月としてはアストラリンクと話してからほんの数日しか経っていない気がするのでそんな自分の感覚に苦笑を浮かべるが、実際はそれ以上だと言う事は頭では判っている。

 アストラリンクの話では美月の体を創るのに1年は掛かると言っていたのだから、それを思うと1年以上甘いものを口にしていない事になる。

 それでも眠っている間の事は何も憶えていないから、美月としては数日過ぎただけ、という感覚なのだ。

 「それで、これからどうするか、何か目的はあるの?」

 「いいえ・・・森の中でいきなり放り出されたのでとりあえず町に行こう、としか考えていませんでした」

 バトラシアに聞かれるまで、美月は町に行ってどうするかという事を考えていなかった事に思い至る。

 ふと思いついて美月はバッグに手を入れて、お金お金、と頭の中で呟いた。

 しかし、なんにも手に当たらない。

 まさか無一文?

 嫌な予感がして、美月は更に必死になってバッグの中をかき回すが、何度頭の中でお金と呟いても何も手に当たらない。

 つまり、美月は無一文でこの世界に送り込まれたのだ。

 着替えや非常食を思いついたんだったら、この世界のお金も少しくらい入れておいてくれればいいのにっっ。

 全く気が利かないんだからっっ。

 「どうかしたの?」

 「えっ・・・いえ」

 いきなりバッグの中をかき回し始めた美月を見て、バトラシアが頭を傾げる。

 実は無一文です、と正直に言うべきなのだろうか。

 美月は少し困った面持ちで、バトラシアの後ろに立っているドナヴァンに目を向けた。

 もちろん彼も美月がなぜバッグの中をかき回しているのか判っていないから、バトラシアと同じように少し頭を傾げるだけだ。

 「えっ・・・ですね。私、今気づいたんですけど・・・無一文です」

 「・・・えっ?」

 「それがどうしたんだい?」

 諦めて正直に無一文だと打ち明けたものの、目の前のバトラシアとウィルバーンはそれがどうしたと言わんばかりに頭を傾げている。

 「これでは町に行っても宿を取る事もできませんよね・・・・あの、図々しいと思いますけど、ここで雇っていただけませんか?」

 「雇うって・・・?」

 「私に何ができるか判りません。出来る事は何もないかもしれません。それでも、仕事をいただけると助かります・・・その・・・無理ですか?」

 どうも美月が言いたい事が判っていないような反応をするバトラシアに、お願いします、と言って膝につくほど頭を下げる。

 もし雇ってもらえなかったらどうしよう。

 下げた頭の中で、却下されたときの事も考えるけれど、これと言ったアイデアは全く思い浮かばない。

 そうやって頭を下げて返事を待っていると、クスクスという笑い声が聞こえて来た。

 そぅっと美月が頭を上げると、目の前に座っているバトラシアがおかしくてたまらないと言った感じで口を抑えているのが見える。

 口を抑えているのは笑い声が漏れないためだろうけれど、それでもクスクスと言う笑い声は聞こえてくるから抑えている意味はない。

 「バトラシア様?」

 美月は頭を傾げてバトラシアに声を掛けるものの、彼女は笑いを抑える事が出来ないのかまだ笑っている。

 その隣りでウィルバーンが苦笑を浮かべ、そんな2人の後ろに立っているドナヴァンも苦笑を浮かべている。

 「えっと・・・?」

 「さっきも言ったでしょ。バトラシアでいいわよ。私もミッキーって呼ばせてもらうから」

 「えっ、でもここのご領主様ですよね。みなさんが様を付けて呼んでいるのに私だけが呼び捨てなんてできません」

 「いいの。私がいいって言っているんだから。じゃあ、さっきみたいにさん付けで呼んで」

 「・・・はい」

 目尻に涙を浮かべてその涙を指先で拭いながら、バトラアシアは頭を横に振る。

 「あのね、ミッキー。私はあなたを雇いません」

 「・・・そうですよね」

 当たり前だ、身元のはっきりしない人間なんて、自分だって雇わないだろうと美月は思う。

 「あなた、変な事考えているでしょう? 別にあなたを怪しいと思っているから雇わないって言っているんじゃないのよ? あなたは異界からの客人だから、遠慮なんかしないでいつまでもここにいればいい、って言っているの」

 「・・・・えっっ?」

 「異界からの客人は、その名の通り客人なんだよ。だから、僕たちは君をリンドングラン領の客人として迎えたいと言っているんだよ。とりあえずここにいてこの世界の事を勉強すればいい。それからこれから先どうするのかを考えるといい」

 「でも・・・・」

 そこまで2人の好意に甘えていいんだろうか? と美月は考える。

 「どうしても気になるって言うんだったら、ここにいる間あなたがいた世界の事を話してくれると嬉しいわ。私には領地を管理するという仕事があるから、滅多にここを離れられないのよ。年に数回王都に行くくらいかしたね。だから、ミッキーが話し相手になってくれると嬉しいわ」

 「そうだね。もしかしたら君の話から何か新しいアイデアも浮かぶかもしれないしね。もちろん君がすぐにでも独り立ちしたいって言うんだったら、僕たちはその手助けをするよ。無一文でここから放り出す事はないから安心していい」

 バトラシアとウィルバーンの言葉が美月の中に浸透して彼女の不安を取り除いた。

 ホッと息を漏らしたのと同時に、美月の頬を何かあたたかいものが流れた。

 思わず指を伸ばしてそれに触れると、それが涙だと気づく。

 バトラシアはソファーから立ち上がって、美月の隣りに座るとハンカチを差し出した。

 「・・・ありがと・・・ございます」

 「もう大丈夫。ずっと、不安だったんでしょ? でもね、ここにいる間は安心して過ごせばいいからね」

 「・・・・はい」

 バトラシアが差し出したハンカチをぎゅっと握りしめて、美月は涙をこらえようとするがなかなか涙は止まらない。

 そんな美月の背中をバトラシアがそっと撫でる。

 「このグランカスター全ての事を教える事はできないけど、この国で生きていくために必要な事くらいなら教える事はできるわ。でもまずは部屋に案内するから、夕食の時間までゆっくり休みなさい。疲れているでしょう?」

 「・・・ありがとう、ございます」

 「もし何か軽食が欲しかったらメイドに言えば用意してくれるから、遠慮なく言いなさい」

 「はい」

 まずは少し眠りなさい、とバトラシアに促されるまま美月は立ち上がって用意された部屋へと向かった。

 





Edited @ 07/12/2015 14:22 CT

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