二人の“ルナ”
「……とにかく家に帰らないと。きっと母さんが心配してる」
そう呟くと、聖夜はルナに森の出口まで案内するよう頼んだ。
するとルナは小さく首を傾げ、聖夜に問う。
「どうして? もうバイバイなの? まだお空もあかるいよ?」
「えっと……俺、夜中に家抜け出してきちゃったんだよ。だからさ、ね?」
「……戻ってくる?」
聖夜が頷くと、ルナは「わかった」と言って歩き出した。
聖夜もその後に続く。
歩きながらずっと、聖夜はあの少女のことを考えていた。
何度も振り向いては笑顔で話しかけてくる彼女によく似た少女――。
目の前にいる彼女よりも大人びた印象だった。
そしてそんな彼女が放った言葉。
『――二度と、ここへ来てはいけない』
『――貴方と私は、住む所が違う……。一緒にいてはいけないの……』
まるで聖夜をしっている、そして聖夜自身もまた彼女を知っているかのような物言い。
やはりあの少女は目の前にいる“ルナ”なのか、それともまた違う存在なのか……。
考え込む聖夜の耳に自分を呼ぶ声が響いてきた。
その声は泣き叫んでいるようだった。
……彼の母親のものだ。
「もうすぐだよ」
木々の間からその姿が見えてくる。
森に入ろうとする母親を街の人々が抑え込み、やがて彼女は力なくその場に座り込んだ。
ルナがふと歩みを止める。
だがそれに気づくことなく、聖夜は母親のもとへ歩き続けた。
「――セーヤ。……ちゃんともどってきてね。
……もう、ひとりぼっちはいやだよ」
ルナはそう小さく呟き、手の甲についた傷にもう片方の手でそっと触れた。
「母さん……」
聖夜が呼びかけると、その声に気付いた聖夜の母親が俯けていた顔をゆっくりとあげる。
その眼に息子の姿が映った途端、彼女は彼に駆け寄りその存在を確かめるように強く抱きしめた。
何度も何度も息子の名を呼び、その度に涙を流す。
「何でこの森に入ったの?! あんなにダメだと言ったでしょうっ……!!」
「うん、ごめん」
「よかった、無事で……本当に、よかった……」
泣き続ける母に、苦笑を浮かべながら聖夜は何度も謝り続けた。
街の住人たちも笑顔を浮かべその姿を見守る。
彼らは気をつかってか、“鬼”については触れてこなかった。
聖夜は後ろに振り向き森の中へと目を向ける。
そこには既に彼女の姿はなかった。
「…………」
(……あの少女が誰であれ、ルナは“ルナ”だ。それに変わりはない)
聖夜は僅かに笑みを浮かべ、小さく「ありがとう」と言った。
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