少年の名前と色づく世界
「俺はセーヤ。聖なる夜って書いて“聖夜”」
「セーヤ?」
「あ、えっと……」
セーヤと名乗る少年は傍にあった小枝を手に掴むと、それを使って地面に字を書き始める。
「こうやって書いて、“セイヤ”って読むんだ」
セーヤの書いた文字をじーっと見つめ、ルナは彼の名前を繰り返した。
「セーヤ……」
彼女には“聖なる夜”というものはわからなかったが、それが少年の名前であることを理解すると自然と笑みが浮かんだ。
微笑むルナを見るセーヤの瞳も優しいものになる。
「ねぇルナ」
セーヤの呼びかけに、ルナは彼に目を向け小首を傾げた。
「俺が、君のわからないこと、全部教えてあげる」
「?」
「ルナが『教えて』って言ったら、俺が教えてあげる。試しに何か指でさして言ってごらん」
するとルナは「じゃあねー……」と呟きながら立ち上がると、様々なものを指さしては「これ、おしえて?」と言った。
それは蝶であったり、花であったり、空であったり……。
ほとんどが初歩的なものだったが、セーヤはそれに少しも嫌な顔をせず、常に優しく微笑みながら教えた。
一つの大きなものから、少しずつ詳しく。
そうしていくうちに、ルナは“教えて”もらうことを知り、新しく知ることの楽しさを覚えた。
「どう? 楽しい?」
「タノシイ?」
「うーん、こう……ウキウキする?」
「ウキウキ……するっ!!」
二人は笑いあう。
とても無邪気に笑いあった。
――空が黄金色に染まり、星が瞬き始めた頃。
セーヤはルナに問いかけた。
「ルナは、文字読める?」
「??」
「例えば――」
そう言いながら、セーヤは持っていた本を開きルナに見せた。
「これ、読める?」
ルナはしばらく本を見つめ、そして口にする。
そこに書かれた文章を。
「え……読めるの……?」
まさか読めるとは思っていなかったセーヤは思わずそう呟いた。
だがルナの読み方ですぐにわかる。
彼女はただ読めるだけなのだと。
それがどういう意味なのか、どんなものなのかを、彼女は知らない。
「ルナ、ちょっと待ってて。君に渡したいものがあるんだ。すぐに戻ってくるから」
そう言うなり、セーヤは走って行った。
「…………?」
ルナは不思議に思いながらもその場に座り込み、彼が戻ってくるのを待った。
戻ってきたセーヤの手には、綺麗な柄の風呂敷に包まれた何冊かの本があった。
「これ、君にあげる。きっと役に立つはずだから」
「……いいの?」
「うん」
セーヤが持ってきた本は、国語辞典と様々なものの図鑑だった。
その図鑑は虫だったり花であったりと、いろんな種類のものだ。
「じゃあ……もう遅いし、俺はもう帰るよ」
「え……?」
セーヤの言葉にルナは寂しそうに顔を歪める。
「大丈夫、また来るから」
「本当?」
「本当」
セーヤは微笑みながらそう返すと、ルナの頭をそっと撫でた。
「じゃあ、バイバイ。また明日」
手を振るセーヤに、ルナも同じように手を振る。
「バイバイ。また、あした」
セーヤの姿が見えなくなるまで、ルナはその後ろ姿を見つめ続けた。
「セーヤ……」
ふとその名を口にすると、彼女の胸は温かくなり、そしてその目に映るものが色づいて見えた。




