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幸せな冬の日に

 ある日の朝。


 城で一番大きなテーブルがある会議室では、今日も先日までの成果報告が行われていた。


 参加メンバーはほぼ全員。日によっては誰かが欠員していることもあるが、幸い今日の会議には全員が出席することができていた。


 というのも。外に出るにはなかなか過酷な状況だったからだ。訓練も全て屋内に。作業するにも、窓は全て締め切るしかない。


「雪ねぇ……」

「雪だな……」


 番兵が不憫になりそうなほど、今日の北アッシアには雪が降り積もっていた。微かに開いた窓戸から、アリサと竜基の瞳が外をのぞき込んで、同時にため息をついた。


 北方ということもあって積雪に関する対策はしてあるものの、いままさに降りしきるこの状況でどうするもこうするもない。

 というわけで、朝の会議は何とも不完全燃焼の武官組と、眠気の抜けないグリアッドや気力のいまいち入らないクサカなどなど、何とも悶々としたものとなっていた。


 いつもと変わらないのはヒナゲシくらいのものである。

 彼女に限っては雪が降ろうと魔剣が降ろうと大して変わらないのではないかと思うくらいには、普段通りに会議の書記官を勤めていた。


「なーりゅーきぃ……」


 窓の外に向いていた視線を、部屋に戻す。

 声のする方を見れば、テーブルの上に、おもちみたいにほっぺを乗せたライカが気力なさそうに竜基を見ていた。

 

「どうした? そんなぽへっとした顔して」

「そとであそぼーよー……」

「さすがに雪が止んでからにしたいなー……それは」

「……うー」


 ひまだー。


「いやまあ確かに、雪さえ止めば雪合戦でも何でもすればいいさ。ガイアスの直属隊員相手なら、ライカの本気でもきっと大丈夫だ」

「……竜基。ライカの本気の雪玉は岩をも穿つとか言ってなかった? 僕覚えてるよ?」

「……が、ガイアスの直下なら……」

「あきらめてキミが遊びなさい」

「うぃっす」


 さっきまで竹簡から全く目を上げずに仕事をしていたはずのヒナゲシが、竜基の思惑をすぐに読みとってしまったようで。小さくため息を吐いて、竜基は雪が止んだ後のライカの相手をする覚悟を決めた。

 肩を落としたと同時に、窓をあけていたせいか寒気が押し寄せて身震いする。


 寒い。とても寒い。

 今まで外を眺めていたアリサも、風とともに入ってくる粉雪が顔にかかったのか、不快そうに窓を閉めた。


 防寒はきちんと考えた服を着ているのに、やはりというべきか寒いものは寒いのだ。

 それと雪のせいで、とてもではないがこの場に全員集まっているなどと思えないほど静かである。


「……こういう日は、親父やお袋と一緒に鍋やってたっけなあ」

「鍋? やるってどういうこと?」


 ぽつりと呟いた言葉は、隣に居たアリサには聞こえていたらしい。

 確かに、鍋をやると言ったら、”鍋料理”を知らない人間にとっては謎すぎるな、と竜基は人知れず苦笑して、アリサに向き直った。


「いや鍋って言ってもそのもののことじゃなくて、俺んとこの郷土料理なんだけど……いやまあ似たようなものはこっちに来てからも何度か食べたな。あれだ、だし汁に肉とか野菜とかを突っ込んだ煮込み料理だよざっくり言えば」

「あぁ……まあおいしいけど」


 アリサも、こちらの城に来てからは鍋で食材をごった煮にしたものは何度か食べていた。

 しかしながら、そんなありきたりなものの何がいいのかという不思議そうな表情。


「そういえば、こっちの鍋はふつうに器が出てくるだけだもんな」

「リューキの故郷のは、どんなものなの?」

「そりゃ……囲むんだよ。鍋そのものをな」

「?」


 コンロもいろりもないこの城で、さてどうやって鍋をやるかなと竜基は思案する。

 ちなみに南雲家はさすがにコンロonこたつ型である。いくらなんでもいろりは無い。


「やるとしたら、やっぱりあれか。竈か。……いや、待てよ?」


 ちらりと、窓を見る。

 木戸で締め切ってしまったその向こうには、降り積もる雪があるのだろう。


「……らいかちゃーん?」

「んぁ? 何だ気味悪い顔しやがって」

「気味悪いかな!? ……外で遊ぶなら、雪合戦以外のことで一つ提案があるんだが」

「何するんだ!?」


  さっきまでの”おもちらいか”から一変、目を輝かせてテーブルに前のめりになるライカに、頷く。


「とりあえずそこの寝こけ野郎と、おっさん起こせ。根性もだ」

「まっかせろぉ!!」


 おら起きろぉ!! と椅子ごと蹴り飛ばされて天井に顔面強打したグリアッドから、いつものことだと特に何の感慨もなく視線をはずすと、アリサがついっと服の裾を引っ張った。


「何するの?」

「雪で造りたいものがあってな?」

「……雪で?」

「そう、雪で」



 かまくら、って言うんだけどな。














「ねえ竜基。わかってる? こんなことしてる間に仕事めちゃくちゃ溜まってるって。治水とか倒壊家屋に関しては大丈夫にしろ雪のせいで結構交通の便悪くなってるんだからね?」

「雪に強い道を造るには少しまだ時間も何もかもが足りなくてな。半壊以上の報告が無いことが、ただただすごいと思うよ。いや良かった」

「良かったじゃないよ。まだまだ仕事はたくさんあるし、今日の分を全部後回しにしてやることじゃないと思うよこれ」

「そうだな、確かに。仕事も多いのは分かってる。けど……」


 ざくざく、ざくざく。


「……それは一番張り切って掘ってる奴の言うことじゃないと思うんだ」

「……るさい」


 ひなげしちゃん。


 頬を膨らませる彼女から視線を外して空を見上げれば、しばらく降っていた雪は止み、日光が白い地面を照らしていた。

 今回の雪はそこそこにしか降らなかったらしい。

 冷涼な気候であるアッシア王国の、さらに北方のこの場所では、たまに冗談では済まないレベルの積雪量があるので油断はできないのだ。



「とはいえ……」


 そんなに降らなくて良かったな。声に出さずに、竜基はふと考える。雪の暴力にさらされてしまったら、少し落ち着けるこの時期でさえ多忙に殺されかねない。


「りゅーきーぃ!! いっぱいもってきた!!」

「お帰り~」


 雪をたくさんそりに乗せて、ライカがその手綱を引いて戻ってきた。ぶんぶん振られる手に合わせて応じ、呼び寄せる。


「とりあえずここに流し込めばいーんだな?」

「そうそう、まずは山を造るんだ」

「ちべてー」

「あと一回くらい持ってきてくれればいいよ」

「おっけーまかせろっ!」




 どさりどさりと、重量を持った白い物体が竜基たちの前に積み重ねられていく。

 スコップで固めていくのは、竜基やヒナゲシの役目だった。

 ぺちぺちと雪山の塊をひっぱたく地味な作業ではあるが、それでも結構楽しいものだ。

 なんだかんだ、ヒナゲシと竜基の二人はくだらない話に興じながらカマクラ作りに没頭していた。


「リューキ、あとどのくらいで終わりそう?」


 ふと、後ろから声がかかる。

 毛皮でつくった耳当てを付け、暖かそうな防寒着を着込んだアリサの姿があった。

 前に組んだ手に吐息を当てながら、竜基を見やる。


「そうだな、あとは掘って固めての単純作業だし、そんなに時間はかからないよ」

「そう。良かった。大きな鍋って意外とあるみたいで、倉庫の中に眠っていたそうよ。これでたぶん今日の料理は出きると思うの」

「そりゃ良かった。じゃあしばらく掘ってから、呼びにいくよ」

「うん、楽しみにしてる」


 じゃあ、とアリサがきびすを返して城に入ろうとした時だった。


「ところでさ」


 竜基の後ろから聞こえた声に、アリサは振り向く。竜基も声のする方に首を向けると、そこにはなにやら楽しそうな顔をしたヒナゲシの姿があった。


 なにを言うのかと思う矢先、今度はライカが雪を引きずって戻ってきて。この状況にはたと止まる。そして。


 ヒナゲシは小さく笑って、言った。


「ねえ竜基。いつも大変だろうし、僕がお料理、作ってあげる」



 誰とは言わないが。

 二人の体がぴしりと凍り付いた。


 寒い、冬のある日のことである。












「えっと、どうしてこんなことになってるんだ?」

「……おおかた、ヒナゲシが挑発したからだねぃ」


 呆然と、調理場を眺める竜基の隣でグリアッドが欠伸を一つ。そもそもヒナゲシの挑発というのがいったい何のことかわからなかった竜基だが、それよりも目の前で起こっている事態そのものが理解の範疇外にあった。


「なあグリアッド。俺は参謀役失格かもしれない」

「人の心の機微は、もう少し考えられるようになれるといいね」

「とりつく島も無さそうだな」


 調理場に城の料理長以下コックの姿は無い。  

代わりにとでも言うように、普段は筆や剣を握っている人間たちの姿が多くあった。

 そして彼らの気迫というか発するオーラのようなものが、尋常ではないくらいに竜基を圧迫していた。


「どうしたのさ竜基? 楽しみにしててね。美味しいもの作ってあげるから」

「え……ええ~……」


 笑顔でウィンクをかましたヒナゲシが、野菜の入ったボウルを抱えて竜基の前を通り過ぎる。

 しかしながらその笑みすらも今は若干、怖い。


「……ヒナゲシ、調子に乗らないことね」

「なんのことかな? お姫様」


 アリサの背後を通りかけたヒナゲシに、呟かれる声。根菜を丁寧に切っている主が発した言葉だということに、気づかないヒナゲシではない。


「……ほら、なんか怖いだろやっぱ……」

「気のせいではないと思うけど、僕には関係なさそうだな」

「俺にはあるの!?」

「くぁ、眠い」

「あるんだなちくしょう!! 言え! 何がこんな訳の分からない状況を作り出している!?」

「君の副官のせいじゃないかなー」

「あいつかよ一番こええじゃんか現在進行形で!!」


 注意したくても出来ないじゃないかあ!! と頭を抱える竜基を、他人事とばかりに適当に捌くグリアッド。

 ふと別の方角に視点を向ければ、そちらはそちらで興味深いことをやっており、グリアッドの意識は彼らへ移る。


「ほら、魔剣使い組がおもしろいことしてるよ?」

「今度は何だよ……」


 分からない、は一番の敵だ……などと訳の分からないことをいいながらも、竜基はグリアッドの言う方へ目をやった。

 すると広い調理場の奥方で、ガイアスがテンション爆上げで包丁を振り回していた。


「うおっしゃああ!! 良く分からんが楽しいなオイ!!」

「あ、うん。ありがとーな。じゃ、次はこれ切っておいてくれ。包丁振るのは四回くらいでいーぞ」

「任せろ!! 俺の剣は! 誰にも折れない!!」

「それ包丁なー」


 ガイアスの切った食材を集めて、調味料やらを振りかけて食材を揉んで、何やら下拵えらしきものを慣れた手つきで始めるライカ。

 ガイアスの突拍子もない発言も、的確にあしらっている。


「え、なにあれ。ライカがガイアス使いこなしてるんだけど」

「度重なる訓練で共にした絆のたまものじゃないか?」

「適当言っただろ」

「あ、ばれた?」


 とにもかくにも、調理場は北アッシア主要メンバーの料理大会と化していた。

どういう経緯でこうなってしまったのかなど竜基には見当も着かなかったが、それでもなってしまったものはしょうがない。

 ただ単純に鍋パーティーをしたかった竜基はため息を吐きつつも小さく笑っていた。


















 ぐつぐつと煮込まれる鍋を前に、竜基はつい笑みをこぼした。久々に食べることになった郷土の料理である。おまけに……と周りを見渡せば、真っ白の空間が竜基たちを暖かく包み込んでいた。


「こんなに大きなカマクラを作ったのは、初めてだ」

「ふつーこういうのじゃねーのか?」

「そもそも、こんなに大人数では入らないよ」

「そかー」


 視線を下ろす。感慨深げに呟く竜基に反応したのは、竜基のかいたあぐらの中にちょこんと座るライカだった。

 寒い中でどうにもここのポジションが気に入ってしまったらしく、彼女はご満悦である。


「あったかいな!」

「そうだなー」


 周囲を見渡せば、ガイアスとグリアッドがなにやら酒を飲んで奇妙な踊りをはじめていた。酔っぱらうといつものことなので竜基も気にしない。

 元義賊の同士ともあって、やっぱりあの二人は何だかんだで仲がいい。

 クサカはいつも騒いでいるのが珍しいくらいに、度の強い酒を静かに煽っていた。


「珍しいな、クサカが静かなんて」

「いやのぅ……お主等を見ていると、お嬢について来て本当に良かったと思えての」

「……そういや、最初はクサカとアリサの二人だけだったんだっけか」

「そうじゃな……あの時は山野に伏して雨を凌ぎ、なんてところまではいかなかったが、本当に少数の手勢だけを率いて城をでるしか無かった。それも、お嬢があの憎き継母に頭を下げてな……屈辱じゃった……」

「……あいつ、まだ十四なんだよな」

「そうじゃ。ヒナゲシの嬢ちゃんにしたってそう。娘息子のように思うお主等が、こんなに一生懸命領をもり立てていることが、うれしいのよ」

「なるほどな……つまりあれだ、隠居寸前の爺みたいなことを考えていたから静かだったのか」

「儂はまだまだ現役だ!!!」


 胸を張るクサカに、竜基は何ともいえない笑みをもって答えていた。

 この環境は、本当にアリサの努力の結果以外の何ものでもないのだ。そう考えれば考えるほど、カマクラの中が美しく見える。


「りゅーき?」

「ん? ああ、俺まで爺みたいなことを考えるとこだった」

「リューキは趣味嗜好は爺だしな!」

「なんだと」


 けらけらと楽しそうに、ライカが笑う。つられて自分も笑ってしまうのは仕方のないことだ。

 彼女を見ていると、やはりあっけらかんと前を向くことの良さが分かる。目の前の鍋だって、ライカのお手製だ。


「うん、うめー」


 煮込まれた鍋にスプーンを入れて、小さく味見。そして満足げにうなづくと、その小さな体躯でせっせと食材を装って、振り向いた。


「はい、リューキのだ」

「ありがとな」

「あたしの手作りだ!」

「昔はいつもそうだったしな。安心して食べられるよ」

「だろー!」


 満面の笑みがこれほど似合う少女もなかなか居ないのではないかと、兄バカ的なことを考えながら。竜基は渡されたスプーンで汁をすすった。


「美味い!」

「えへへ! あたりめーだ!」


 じんわりと舌に染み渡る熱さは、広がるように体全体へと巡っていく。どんな出汁を使って、下拵えがどうで、なんてことは竜基には分からない。単純に、口に入れたものが美味かった。それだけだ。

 それだけだが、こんな妹分が誇らしくもあった。斧を振り回すより、こういうところを誉めてやりたいなとそこまで考えて。


「なんか俺もおっさん臭いな」

「んぁ?」

「はいはい、食べながらこっち向かないの」

「んあああやめろぉ! 撫でるなぁ……」


 ぐりぐりと頭を撫で回しつつ、そんなことを思っていた。


 さて。


「……いい加減、現実に目を向けないといけないな」

「あー……見なければいーのに」


 ライカの嘆息も無理はない。

 竜基の視線上に広がる風景は、仕方がないと言えば仕方のないことではあった。



「らいたいねぇ……あんたさいきん、ちょーしのりすぎらのよぅ!」

「うるっさいなぁ……! ぼくがなにしようとじゆーでしょうがっ!」

「めーれーよめーれー!! りゅーきにこれいじょーちかるくなぁ!!」

「ひょんなのしらにゃいんらから!! りょーしゅのうつわちっさ!! おっぱいでけーくせに!!」

「ああ!? かんけいないれしょ!?」








「なにこれ」

「いや、リューキのせいもあると思うんだ」

「何かしたっけ、俺」

「いや……あたしはうれしーからいーんだけどよ……ほら……その……」

「何顔赤くしてんだよ」

「う、うるせー! ほ、ほら……りゅーきが、さっき……一つだけ選べって言ったときに……」

「あー」


 そういえば、と思い出す。

 あの調理場の嵐の後のこと。

 あの後、竜基にヒナゲシが迫ったのだ。どれか一つ、好きなものを食べなよと。


ライカを選んだ理由は単純。

他の二人、鍋じゃないんだもの。


それをどう曲解したのか竜基には分からなかったが、やれロリコンだのそんなにぺったんがいいかなどと罵られ、挙げ句に二人してやけ酒を始めたかと思えばこれである。どうしようもない。


「賑やかだなぁ」


思わずため息をついた。

この、人数の多く密集したカマクラの中で。右も左も正面もとても温かく感じる。

誰一人欠けることなく、これからも戦っていけたらいいな、とそんなことを考えて。


「ほれお前ら、ライカお手製の鍋だ、食え」


まずは酒に傾倒している連中に、鍋のなんたるかを教えなければいけないと思った。


この賑やかで愛しい仲間とともに、同じ鍋をつつく。

それこそが、鍋の醍醐味なのだと。

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