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いふるーと・らいか

 IFルート ライカ 


・チートコードALを入力してゲーム開始することが必須条件 その上で北アッシアに居を構えている間にライカの好感度が一番高いと発生 シナリオスチル有 必須条件を誤るとデータが消える。


 副官として、今日も執務室にこもって仕事をしていると、たまに気になることがあった。

 それは、上司の口から一番出てくることの多い名前。赤い髪の、健気な少女。


「ねえ、竜基」

「ん?」

「竜基ってライカのこと好きなの?」

「好きだよ?」

「あ~、質問の仕方を間違えた」

「は?」

「だから、恋愛対象なのか、ってことだよ」

「……12歳なんだが」

「いや、別にそこは問題ないでしょうに」

「ないの!?」

「問題は竜基がライカを好きかどうかでしょ」

「……それは、どうなんだろうなあ」

「……あ、そ」












 運動をすると、汗をかく。

 魔剣使いもその例に漏れることはなく、ライカは朝の日差しを浴びながらの素振りを終えて一息ついていた。


 この時代にしてはそこそこ上質なタオルは、お手製のもの。ライカは幼くしての一人暮らしが影響してか、言動や行動の割にとても器用な少女だった。


「あ~……のどかわいたぁ~……」


 北アッシア城の裏庭。ここが、ライカの朝練の定位置と化していた。昼間は城の下働きが花壇の世話や、のんびりと休憩に使うこの場所は、涼しげな木漏れ日と草木の臭いもあって居心地がいい。

 魔剣の力さえ使わなければ、他の人間が邪魔をすることもなく自主練に適した環境が整っていた。


 許可を取って、先日一閃の元にぶった切った大木の跡。きれいな丸い切り株に腰を下ろして、朝の日差しに目を向けた。日光の直撃など、目が耐えられるはずもなく、強制的に細められてしまう。


 空を見上げた状態で、そのまま背中を投げ出した。大木だっただけあって、ライカの上半身程度、たやすく切り株に入り切った。


「……最近、リューキ忙しそうだしなぁ」


 運動後の倦怠感とともに、体を休めたことで押し寄せてきたのは小さな感傷だった。

 めっきり、というほどでもないが、いまいち会うことのできない温かな家族。育ての親であった魔剣使い"ガルーダ"を除けば、本当にたった一人の身内。


 結局、ライカはまだ13歳の女の子である。

 慣れてしまえるとはいえど、優しい温もりを手放したくはないのだ。

 と、しばらく会えていない己の大切な人に思いを馳せていると、朝は滅多に開くことのない裏庭の戸が開いた。朝食の準備に菜園をイジるには、少し早すぎるのではと思いつつライカがそちらに目をやると、裏庭などではまず見ないような人物がそこに立っていた。


「……あれ? あんたこんなところで何してんのさ?」

「ん? ああヒナゲシかよ」

「僕で悪かったね」


 相変わらずの和装に身を包み、ふらりとライカの近くへと歩み寄る少女は、いつも竜基の側を共に歩いている副官だ。ちょっぴり胸の内に灯った嫉妬の炎を知らなかったことにして、その副官を見やる。


「珍しいじゃねーか、こんなとこに」

「珍しい、か。ライカは良く来るのかい?」

「朝練に使わせてもらってる。あたしは、強くなるって決めたからな」

「……ふ~ん。何で訓練場じゃないの?」

「うるさいが根性」

「逆。順序が逆」


 ボケにも冷静に対処して、呆れたように手で払いつつも理解はしてくれたようだった。

 まあつまり、訓練場を使わない理由はガイアス率いる一隊がTPOを弁えずウルサいからである。


 ヒナゲシはそのまま、城のメイド達が使う、隅の菜園へと足を踏み入れた。何をするのかと不思議に思って、だるさも回復してきた上体を上げて姿を追うと、菜園の中でかがみ込む彼女。


 何だろうか。視力も決して悪くないライカは、別段凝らすこともなくヒナゲシに目を向ける。


 すると彼女は、何やら片手に持った本と照らし併せて植物を物色しているらしかった。


 ぴょん、と切り株から飛び降りて、ライカはヒナゲシの背後までとてとてと駆けていく。

 ヒナゲシらしくない、といえばらしくない行為だ。ほしいものがあれば部下を使って、自分は仕事に没頭しているイメージばかりだったのだから。


「何探してんだ?」

「ん~? いや、竜基の奴がさ。最近頑張り過ぎてたから体に良いものでも作ってやろうかなーって」

「……へー」


 竜基。


 その名前がでたとたんに、ライカの声のトーンが下がった。どうでも良さげ、という風な感嘆ではなかったことにヒナゲシも気づき、くるりと顔だけ振り向いた。


「そういえば、さ」


 ちらりと目を合わせた二人。ヒナゲシの目に浮かぶ疑念の情に、ライカは首を傾げかけて。







「ライカって、竜基の何?」







 ぴしり、と体ごと凝固した。


「な、何ってーのは……どういうことだコラ」

「そのままだよ。アリサは竜基の主君だ。まあこれはいい。いや良くないけど。とりあえず置いておく。ライカは、僕の解釈では竜基の妹な訳だけど、それで間違ってないの?」


 間違ってない、と口に出しかけて、ライカの唇は職務を放棄した。動かない。それが何故か、と理解するより先に、ヒナゲシの言葉がぴしゃりと思考を遮断する。


「竜基ってさ。戦争の時とか滅茶苦茶頑張ってて、みんなからスゴいスゴい言われてるけど、その実知ってる? 僕はあんなに弱い奴、見たことないよ」

「弱……!? リューキは弱くねー!」


 思わず。本当に思わず怒鳴った。

 竜基は自分の大切な人だ。そんな人が、ましてや自分の助けた人間に弱いなどと言われることが許せない。

 だが、どうしてだろうか。

 心の限りの言葉だったというのに、目の前の少女は、全く歯牙にかけないどころか、どこか冷めた目で自分を見ている。

 何だろうか、この、やり場のない怒りは。


「……あ~、うん。わかった。わかったからいいや」

「何なんだよ!!」

「ライカは、竜基の妹なんだなーってわかったから、いいや」

「ああ!?」


 激昂するライカに対し、ヒナゲシの冷めた眼光は変わらない。それどころか、妙に納得し、なおかつ安堵すら見えるその表情に苛立ちが募る。


「何がいいてぇんだよ……おまえ……!」

「何って……ライカは竜基の妹だなって」

「意味わかんねーよ!!」

「わかんなくて良いよ……あぁ、でもね」


 立ち上がって、尻を払うと、一気にライカとヒナゲシの高低差は逆転する。見上げる形になったライカに、ヒナゲシは小さく笑みを向けて言葉を続けた。

 今度はどんな訳のわからないことを言い始めるのかと身構えるが、ヒナゲシから聞こえたのは、そんな心構えがかくん、と抜けるほどの言葉だった。


「ライカは、竜基のこと好きでしょ?」

「……当たり前だ」


 何を言うのだろうか。そんなものは当たり前だ。だからこそ竜基を悪く言ったヒナゲシに怒ったし、さっきまではずっと会いたいと思っていたのだ。


 だが、どうしてだろうか。若干、答えに詰まってしまったのは。


 一年前のライカなら、即答していたはずなのに。

 自分自身の言動に逡巡している内に、ふとヒナゲシの顔が近くにあることに気づく。


「それはきっと、親愛だね。竜基もきっと、ライカのことが好きだよ」

「……お、おう」


 とくん、と、心臓が跳ねたような感覚。

 だが、それとは別の違和感が、ヒナゲシの言動から常にまとわりついていて気味が悪かった。

 勘ともいえるそれに従ってヒナゲシを見れば、視線が容易に合う。


「竜基が僕のことを好きなのかは、わからない。だから、ライカと竜基のそれはスゴく羨ましいとは思う」

「……?」

「でもね、ライカ」


 何だろうか。もう訳のわからない話はこりごりだと思いながら、もう一度ヒナゲシに目を向けて、ライカは息を飲んだ。


「僕は、ライカとは違った意味でね」


 ほんのりと朱色に染まった頬を掻きながら、肩をすくめる動作はあまりにもヒナゲシらしく。

 そして、自然に、可憐だった。


「竜基のことが、大好きなんだ」


「なっ……」


 本人の前じゃ死んでも言わないけど。

 そうつぶやいて、ちろりと舌を出すと、ヒナゲシはライカに背を向けた。

 言葉もないライカは、呆然とヒナゲシを見つめるのみで、そのヒナゲシは「だからライカが竜基のことを、別の意味で好きでも負けないから~」とだけ言い残して戻っていった。


 右手にもっていった植物で、竜基に手料理でも作るのだろうか。


 ぱたりと閉じた扉に、ライカの、誰に向けるでもない言葉だけがぽつりと残る。


「別の意味で好きとか……わけわかんねーよ……」


 空を見上げながら、自分の中にも"わけのわかんねー"わだかまりを残したまま、一人しばらく裏庭から動くことはできなかった。


 胸の内にくすぶる感情には、とっくの昔に気づいていたとしても。


 竜基とそのほかに対する"好き”の意味合いが違うことを、自覚していたとしても。
















「なんか、最近ライカが素っ気ないんだが」

「……はぁ?」


 執務室の、いつもの二人組。

 棚に積まれた竹簡を物色していたヒナゲシを、背後から呼ぶ声があって振り向いた。

 部屋の中央に置かれたデスクの上で、竜基が頬杖をつきながらペンをくるくる回そうとして、悉く失敗していた。

 できないなら汚すだけなんだから辞めればいいのに、そう思いつつもヒナゲシがそれを指摘することはない。


 代わりに片眉をあげて、なにを言っているんだと疑念の視線を送る。


「いや、な? 一昨日までは、遊ぼう遊ぼううるさかったのにさ。あいつ最近なんか、俺が近くに行くと魔剣使いの体力フルに使って逃走するんだよ。……なんかしたかな俺」

「嫌われてるんじゃない? お兄ちゃん臭う。みたいな」

「ぐっは!?」


 ……マジ? という視線に、敢えて構うことはない。


「そうだね……あれじゃない? 思春期」

「……まあ、それは一理あるな。もうそういう年なのか……ライカ……」

「おやじかよ」

「さっきから辛辣ですねヒナゲシさん!?」


 あきれ顔を崩さずに肩を竦めるヒナゲシは、目当ての書簡を見つけて自分のデスクに戻ってくる。

 そのまま筆をとって作業に戻ろうとして、何かに気づいたように指をたてた。


「そういえば、なんだけど。収穫が終わった後の畑付近に、小さな丘があるの知ってる?」

「……丘?」

「そうそう。なんか小丘。そこって、日没の時凄く綺麗でさ。ライカも本音で話してくれるんじゃない? 頑張れお父さん」

「お父さん!? ……ちなみに誰からそれを聞いたんだ?」

「昼寝スポットなんだってさ」

「あ、把握した」


 とりあえず一考の余地はある。

 そう考えて、今日はどうやってライカを捕まえようかと思案を巡らせ始めた。

 ペン回しに失敗して、顔に墨が飛び散った。















 数日前を思い出すと、今でも顔が熱く紅潮してしまう。

 あの時のヒナゲシの表情は、とても眩しく思えた。自分も、ああやって胸を張って言えたらと思うけれど、具体的にどう表現していいのかなんて分からない。


 どうやって伝えたらいいのかなんて、本当に理解の外のことでしかないし、それにそもそも伝えるべきものなのかすら分からない。


「……どうすればいんだよぅ」


 誰も居ない廊下。アリサたちの部屋がある階でも、兵士たちが出入りする階でもないから、人の影を見つけることすら稀といえた。ライカにしたって、あまり来ることはない。

 そんな場所の、等間隔に造られた窓枠の一つに飛び乗って、ぼんやりと景色を眺めた。下方には、この前のことがあった裏庭でメイドらしき少女が菜園の手入れに勤しんでいる。

 縁に腰かけると、思った以上に解放感に包まれて、今の鬱屈とした気分を少しは晴らしてくれそうになる。


「ん~……!」


 大きな伸び。胸の内にあるわだかまりも、こうして無理矢理引き延ばせばちぎれて無くなるんじゃないか。

 もしそうでなくても、こうしていることが気持ち良く感じる。自分一人では解決できそうにないけれど、相談相手が居ないのだから仕方がない。


「りゅーき……」

「呼んだ?」

「にょわ!?」


 びくっ、と猫の毛が逆立ったかのように、ライカの体が一瞬の内に竦みあがった。

 幸い窓縁から踏み外すことは無かったにしろ、恋しくも会いたく無かった相手が、突然背後に居るのだ。必要以上のオーバーな驚きも、無理はない。


「やっと見つけた。……しかし驚きすぎじゃないか?」

「……だって……」

「おぉう……さすが思春期……目も合わせてくれないぜ……」


 堪えるなあ、と肩を落とす竜基の仕草の理由が、ライカには分からない。しかしそれどころではなく、逃げ出したくなる自分が心を蝕んでやまないのだ。


「……ってーか、あれだな。仕方ない、直球で聞くしかないか」

「え……?」

「俺、何かした?」

「……して……ない」

「俯いて言われても……なぁ……」

「べ、別に嫌いとかそんなんじゃ……!」


 思わず顔を上げて竜基と視線が合う。


「ん?」

「……何でもない」


 慌ててそらす。


「あー、ライカくん。埒が開かないので、よろしければ提案があります」

「へ?」


 みれば、後頭部を掻きながらやるせなさそうに呟く竜基の姿。と、思いきや右手をしかと捕まれて、唐突に竜基は駆け出した。


「ほれ、遊び行くぞ!」

「え? え!?」


 いつもの逆だ。

 ふと、そんなことを思った。

 普段は竜基の手を掴んで、訓練場や城下町、果ては城の外へと連れ出してどこかしこに遊びに行っていた。

 そのときの竜基の顔も、苦笑混じりに楽しそうだったのは覚えている。


 しかし、今はどうだろうか。

 確かに呆れたような、そんなものが混じった笑顔ではあるけれど。どこかライカを心配しているような色が見られて。それ以上に……


(あ……手……)


 どうしてだろうか。

 いつも引いている手が。握っている手が。

 引かれて、握られているだけでどうしてか、とても暖かくて、幸せで……恥ずかしい。


「ちょ……りゅーき……!」

「何だよ、おまえのが先にへばるわけないんだからな!」

「そうじゃねー! ああもう、何だよ!!」


 喧嘩口調ながら、それでも連れられて走ってしまう。

 廊下、エントランス、訓練場、そして、城下町。

 ライカが本気で走れば、この倍くらいの速度で走れるというのに。それでも、こうして連れていかれたいと思う自分がどこかに居て。


(なにがしたいんだよ、あたし……)


 苛立ちはする。なのに、反転したような感情が、脳内をひっくり返してやまない。


 竜基に連れられて、どこかへ行く。


 一文にすればこんな単純なことなのに、嬉しくて、嬉しくて仕方がない。

 ライカは、気を抜けばすぐ緩みそうになる口元を必死にこらえて、竜基に悪態を付き続けていた。


「どこに行こうってんだよ!! おいって!!」

「おか」

「ああ!?」













 日没が近い。

 目的地にたどり着いた竜基は、情けない姿を晒しながらそんなことを考えていた。


「だっせー……もうへばったのかよ」

「…………半引きこもりで……一年間……開発とか……ばっかだったしな……」

「そ、そか」


 思い返すのは二人だけで暮らしていたあの日々。

 頭の中で再生された思い出に、ライカはついつい恥ずかしくなって顔を背けた。

 あのころの自分は、結構無防備で、一緒に水浴びしたいとか、そんなようなことを強請っていたような……。


「……まあ……こっち……こいよ……」

「いやそりゃリューキは動けないだろーけど」

「無駄口は要らん」

「なんでそこだけちゃんと流暢なんだよ」

「……いや……疲れて……は居るけど……」


 足下は、踏み心地の良い芝だった。


「丘とか言ってるからなにを始めるのかと思えば、本当にただの丘だったな」


 特に何の感慨も抱かない声。むしろ今感情を抱いてしまうと、近くで大の字になっている少年が気になってしょうがないのだ。足踏みをして、芝が抵抗を返してくる感触を小さな楽しみにしながら周りを見渡す。


「……へぇ。そんなに高くねーのにな。ここ」

「思ったより……綺麗な……場所、だよな」

「リューキも来たことねーのか」

「ライカと来ようと思ってさ」

「……お……おう……」


 ふいに赤くなった顔を、竜基に見せるまじと背を向けて。


 日が沈みかけて、赤い色が眩しく感じる。

 二人が居る場所は、城から少しばかり離れた畑地帯の周辺だった。そこまで走ってくること自体、竜基の体力では三時間はかかるというのに。


「……なにしてんだか」

「何か言ったか?」

「べっつにー」

「まあ、良いから隣来いよ」

「……ぉぅ」


 隣。


 どの程度近くにまで寄っていいのか、でも近すぎると恥ずかしいような。


 そんな逡巡をしていると、ふと竜基が何か呟くのが耳に入った。


「……いつものライカなら喜んで真横に飛び込んで来たのにな……」


 えー。


 でも、いいのだろうか。

 本当にそれで構わないのなら……


「ぇぃ」

「おっとと?」


 ちょこん、と、大の字になった竜基の右腕をまくらにするようにして飛び込む。

 恥ずかしさで若干いたたまれない状況に、身を固めながらちらりと隣を見れば。

 ほっとしたような表情の竜基が、こちらをみていた。


「……何か、恥ずかしがってる?」

「ばっ……!」

「あ~。なるほどやっぱりか」

「……?」


 なにを言っているのかと猛然と振り向くも、こんな至近距離で今顔を見られるほどの余裕はライカにはない。


「……ヒナゲシが言ってたんだけど」


 ぽつりと聞こえたその名前に、ライカの胸が締め付けられる。あの表情と、そして宣言されたあの言葉。

 竜基が取られてしまい兼ねないようなそんな状況になっている、と嫌が応にも思い知らされそうで、とてもつらい。


「……俺がライカのことが好きか、ってさ」

「……!」


 背を向けたまま、耳は完全に集中して竜基の言葉を聞き入ってしまう。

 しかし、よく考えれば、ヒナゲシのその言葉の真意はきっと、自分への問いとおなじで……。


「ライカ、ほら見てみろよ」

「……わ」


 思考の海にはまりそうになったライカを、呼び戻す声。視界に入った指がさす方向を見れば、正面の山あいに沈んでいく、綺麗な夕日。


「サンセット、か。なんか確か、あれを見るためだけに旅行をしたような記憶があるなあ……」


 感慨深げな、そんな。竜基の感嘆に釣られて、ライカも言葉を探していた。

 綺麗だと、思う。赤が線を帯びて、ゆっくりと暗がりを見せ始めるその様は、とても、とても美しい。


「赤っていうと、ライカの色だな」

「え?」

「さっきの続きだけどさ。昔の元気なライカも好きだったけど、今のライカも、成長した感じで、なんか嬉しく思うよ」

「……成長……」


 したんだろうか。

 どうだろうと思う。どんな形であれ、竜基から逃げて、色々自分一人で悩んで。はたしてそれが成長なのだろうか。


「きっと、色々悩むことはあるだろうけど。それでも、大丈夫。ライカの周りには、いっぱい人が居るんだ。相談ならいつでも受けるよ」

「……リューキも?」

「もちろん、俺もだ」


 当たり前じゃないか。一番長い仲だ。


 わしわしと頭をなでられて、でもそれは子供扱いされているようで何か嫌だ。


 ……少し前までは、大好きだったこと。


 でも、今は、違う。


 じゃあ、何をしてほしいんだろう。


 頭を撫でられるのも、自分から抱きつくのも、違う。


 悩んでも悩んでも、答えなんか見つからない。


『ライカって、竜基の何?』


 ふと、声が響いた。

 自分は、竜基の……


「リューキ、あたしは、リューキの何だ?」

「なんだ急に。大切な妹分だよ」


 ……妹分、か。


 何だろう。大切にされていることは凄く嬉しいのに、そうじゃないと叫ぶ自分が心の中で一人悲しそうに泣いている。

 じゃあ、何だ。いったい、何なんだ。


『僕は竜基のことが、大好きなんだ』


 大好き。自分だってそうだ、と言い返したくて、でもできない。そうじゃない。


 今までの自分の、好き、じゃない。


 ヒナゲシと同じ、大好き、なんだ。これが。


 そしてきっと、この心の内に大きく響きわたる鼓動と、紅潮する頬の正体がきっと……。


「リューキ」

「ん? 色々悩んでたみたいだけど、いつでも聞くぞ?」


 相変わらず、優しい笑顔。

 それが、胸を締め付けてやまない。

 けれどその締め付けを解く方法を、自分は知ってしまった。声に、すればいいんだ、と。

 ヒナゲシの綺麗な表情は、きっとその証なんだ。締め付けなんて感じさせない、気持ちの良い笑みだった。







「あたし……恋、しちゃったんだ」


 視線はまっすぐ、赤みがかった顔も気にしない。

 お前のせいで、これだけあたしは悩んでる。


「りゅーきのことが、大好きなんだ」

一周年記念短編として投稿されたものです。

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