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露出戦記~パンイチ王子牢獄に居る~

 混迷を極める渦の中で、男は一人立ちあがった。

 例えパンツ一丁であったとしても。たとえ全ての人が己を避け続けたとしても。この身はとどまることはない。何故ならば、自らこそが、王子なのだから。


                 エ○・ア○○ノーズ戦記より抜粋










「伏字にするだけで物凄く嫌な感じ!!」


 唐突な青年の叫びに、しかし反応する者は誰も居ない。

 何故ならばここは独房。それも、今まで殆ど使われなかったこともあって蜘蛛の巣と黴が目立つような、清潔とは程遠い場所である。


 一国の王子が一人で居るには、とてもではないが厳しい環境であった。


「くそ……なんでこの僕がこんな目に」


 パンツオンリー。


 丸裸にひん剥かれ、この薄暗い地下牢に放り込まれた自分の境遇を呪う。

 全ては自分の姉にあたる人物の策謀にひっかけられたことが原因と分かっていたし、加えて妹に大敗北を喫したのだ。

 やり場のない怒りと苛立ちは、八つ当たりすら許されない。

 誰も居ないこの闇の中、リッカルドは一人言葉を吐き散らしてはため息を吐いていた。


 王子である自分が、妹のさえない部下にとっ捕まり、あまつさえこのような屈辱的な格好にさせられて、地下牢に放り込まれるこの状況。

 どこをどう間違ってこんなことになってしまったのか。

 しかしリッカルドには、誰が悪い、という安易な判断しか出来ない上に、それも全て人のせいにしてしまっていた。


「許さない。絶対に許さないぞ……僕は王子なんだ……」


 プライドとも呼べないそれは妄執とでも言うべきか。

 ストレスに爪を噛みながら、何も出来ることはない。使用人を呼べるわけでもなく、お腹がすいたからと言って誰かがいつものような豪勢な食事を持ってくるわけでもない。

 全てが他人任せであったことが、結局は自分の力を全て削ぎ取ることになってしまっていたのだ。


 当然ながら、この錆びた鉄格子と言えど脱獄のしようもないし、そもそも自ら縄を断ち切る手段もない。そのパンツの中に何かを仕込んでいるほど、頭も回らないのだ。


 いや、投獄段階で既にパンイチという状況は予想外だったにしても。服にも靴にも、全くと言っていいほど自衛手段は持っていなかった。


 おまけに護衛すらないがしろにしていたせいでクサカに捕まったことも、リッカルドは理解できていない。全ては罠にはめたエリザが、自らに刃向ったアリサが悪いのだ。

 そう考えることに、何の抵抗も躊躇もないのがリッカルドという男だった。


 結局リッカルドがこのオリに放り込まれてからと言うもの、しばらく経っても誰一人として現れない。

 アリサが面を拝みに来るくらいは想定していたのだが、それもない。


 いい加減に寒いし時間の進みすら分からない苛立ちもあって、リッカルドのボルテージは上がり続けていた。

 そんな、時であった。


 コツ、コツ、と石の階段を鳴らす靴音。やっとアリサが来たか、と一瞬は考えたが、現れたのは見慣れない男の二人組であった。


「……クサカがこの独房に放り込んだと言っていたんだが、こんなところに人が居るのか?」

「ふむ、沢山オリがあるな!! これは根性で見つけた方が勝ちというゲームだ!!」

「じゃあ負けたガイアスが腕立て五百回な」

「望むところだ!!! ん? 負けた俺? 軍師は?」

「ほら探すぞー」

「お、おうよ!!」


 凄い、濃い連中が来た。

 リッカルドは少々げんなりしつつも様子を伺う。暗がりで良く分からないが、痩身の少年と、長身の青年。青年の方は何と言うか、覇気に溢れんばかりの声と、地響きが起きそうなくらいの足音のせいで地下牢全体が突然賑やかになってしまったかのように錯覚してしまう。

 少年の方は、青年が必死で駆けずり回って地下牢を探索しているのを、のんびり傍観していた。……もとより探すつもりはないということだろうか。


「みいつけたああああああ!!」

「うわぉあ!?」


 突然オリの目の前にドアップで映し出された凶悪な面。隻眼なのか、片目は爪痕を濃く残して閉じられている。


「俺の勝ちだな軍師!!」

「あらら、じゃあ仕方ないから勝ったガイアスの筋肉にご褒美だ。腕立て六百回」

「よっしゃあああああ!! ……ん?」


 あれ? 何かがおかしくねーか? と後ろで疑問符を浮かべる青年をおいて、黒髪の少年がリッカルドの前に現れた。イイ性格をしてやがる、リッカルドはそう考えて口元をひくつかせていた。


「……これが王子?」

「開口一番随分と失礼だな貴様……礼も知らない庶民が」

「いや人の前でパンツ一丁の人に言われたくないな」

「丸裸にしたのは貴様らだろうが!!」


 後ろで腕立てを開始した青年を視界に入れてしまい、リッカルドは何ともいえない気持ちになりつつ目の前の少年を見る。どこか幼さを残しながらも、随分としっかりした面構えをしていた。


「金髪で丸裸……なんだか俺、尻がきゅっとしたんだけれど」

「どういう意味だ!! 僕に男色の気はない!!」

「え? 王子は衆道を嗜む、って聞いてたんだが」

「誰だそんなでっちあげをした奴は!」

「アリサだけど」

「あんのクソ妹おおおおおおおお!!!」

「そういえば、食事を持ってきた。はい」

「これは何だ」

「米を野菜と一緒に炒めたもの」

「なんだ僕の大好物じゃないか」

「王子、チャーハン好きなのか。庶民的だな」

「何を言うか。この炒め物はコース料理にも出てくるものだ。しっかりと、王子の食事である」


 オリの外から差し出された皿から、スプーンで一口。


「不味い。だが、この料理ならまあ許してやろう。僕はチャーハンにだったらホイホイつられてやっても構わない」

「ホイホイチャーハンだな」


 金髪の、王子が、パンツ一丁で、チャーハンを食べている光景に、少年は何故かやはり尻がきゅっとしたらしい。

 少年の背後で、「ふっ! むん! 最近だらしねぇな!!」と腕立てを繰り返す筋肉もりもりの青年がいたことも一役買っていた。


「……寒い」

「まあパンツ一丁だからな」

「何故僕はパンツ一丁なのだ!!」


 チャーハンを食べながらブチ切れるリッカルドに、少年は肩を竦める。


「そりゃ、俺も見てて寒そうだとは思うよ――」

「そ、そうか。なら早く服を寄越せ」

「――だけどアリサに万が一があったら怖いから全裸に剥くように命令しておいた」

「貴様か!!! 貴様の命令か!!!」

「傷つけられそうなものがあったら怖いしさ。流石にパンツは諦めてあげたけど」

「当たり前だ!! パンツにまでアリサを傷つけるようなものは入っていない!!」

「パンツの中のモノは男専用かよ!! やっぱり衆道じゃないか!!」

「今そんな話はしていないだろう!! そういうことなら傷つけられるわ!! むしろお前らなんかよりアリサ傷つけるわ!!」

「今度は近親かよいい加減にしろよ!!」

「母上と父上を侮辱するか!?」

「父上近親しちゃったのかよ!!」

「アッシア王家は代々血筋が大事なのだ仕方ないだろう!!」


 一つため息を吐く。

 まさか衆道などというレッテルが貼られるとは思いもしなかったリッカルドは、随分な発想をしてくれたオリの前の少年を睨みつけた。


「そんなに見つめるなよ。俺は少なくとも女の子が好きだ」

「見つめてねえよ!!」

「アリサもヒナゲシも素敵だと思うけど、俺には釣り合わないような気も、してるんだ」

「知らねえよ!!」

「でもライカは妹のような存在だし……あ」

「何かに気付いたみたいな目でこっちを見るな!!」

「近親」

「言いたいことは分かってたよ!! これが近親の産物かみたいな目で見るな指を差すな!!」

「これが近親の産業廃棄物か」

「予想以上に失礼だった!!」


 何という失礼な少年だ。あと後ろで腕立てしている青年の息が荒い。

 うるさい。


「一国の王子に対して貴様の無礼な態度……許し難い! 本当に許し難い!!」

「いや、お前が色々自爆してるんだろうに。ここまで俺全部真面目なことしか言ってないんだけどな……」

「猶更悪いわ」


 あ、そういえば寒いとか言ってたな。

 と少年は一つ手を打った。軽く天井窓とオリの裏手にあるいくつかの空気穴を確認すると、頷く。


「温めてあげようか」

「この状況で聞くと僕の尻の危機のような気がするんだが」

「ん? ……あ。……いや……そういう……発想が、さ……衆道……なんじゃないかな……」

「斜め上の退き具合!! あれだけ衆道の話をしておいてそれか!! 貴様の血は何色だ!!」

「いや俺男だから処女とかないよ。だから掘らないで」

「そういう話はしていなあああああああああああああい!!」


 何故だ!! 何故この男と話しているとここまで僕は!!

 と地面に拳を叩きつけるリッカルド。ついでに頭も一度打ちつけて、冷静になろうと対処する。

 と、何かの爆ぜる小さな音と、ほんのりとした暖かみを感じる。


「ん? 貴様何を」

「いや、流石に裸は不憫だったかなと、この部屋を暖めようかなって。一酸化炭素中毒になる心配もなさそうだし」

「いっさ……?」

「ああいや、それは気にしなくていいよ」

「そ、そうか」


 ぱち、ぱち、という音が、どうしてか心に沁み渡る。

 この冷たい場所で感じる温もりは、どうしてかとても……


「ん?」

「どうかした?」

「いや……貴様、一つ気になるのだが」


 オリの外で少年が突っつく焚火のようなもの。騎士剣の鞘で焚火の空気調節をしているところに、ふと疑問を感じて声をかけた。

 心底不思議そうに振り向いた少年に、指を差す。


「その……焚火」

「うん」

「何を燃やしている」

「そこらへんにあった衣服とか諸々」

「その、厳かな紋章の入った騎士剣は誰のものだ」

「衣服の近くに転がってた知らない人のもの」

「……」

「……」

「……」







「……あ、これ王子の?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!????」



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