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第七話


 銀の輝きが消える頃、首を失くした獅子の身体が唐突に崩れ始めた。

 それはまるで乾いた砂の粒子のように潮風に舞い、澄んだ砕氷さいひょうのように煌きながら、高く高く立ち上っていく。

 異生物同士を無理やりつなぎ合わせる後天的な合成獣は、身体にかかる負担が大きいため、その生命活動を停止するとすぐに朽ち始める。

 かの魔獣も、例外ではなかった。

「死してなお、空を目指すのだな……」

 自分を舞い上げる風を失ったナタスは、緩やかに落下しながら、天に昇る敵手を送る。

 その表情に浮かぶのは、寂寞せきばくのようにも恍惚こうこつのようにも見える。

「井の中の蛙、大海を知らず。されど空の深さを知る、か……」

 虚ろな瞳を空に向けたまま、ナタスは大地へと降りていった。



 再び風を集めて、ナタスがふわりと着地する。

「さて、」

 頬に付いていた返り血を軽く払う。すると、すぐに水気を失って、また砂のように飛んでいった。

 それを追いかけるように視線を流すと、ナタスは不意に暗がりに向かって声を投げた。

「いつまでもそうしていないで、そろそろ姿を見せてくれてもいいんじゃないか?」

 瞳は闇を照らそうとしているかのように、さらに輝きを増している。新たな獲物を見つけた猛獣のような獰猛どうもうさを伴って。


「ふむ…… まさかアルタイルを失う事になるとはな」

 闇の奥、声だけが返ってくる。

 鼓膜を引っ掻いていくような低くしゃがれた、無遠慮に頭に響いてくる声。その音の羅列だけで不快な気分になりそうである。

「しかし、とうとう見つけたぞ」

 その声を追って、一人の男の姿が浮かび上がった。

 同化していた闇が解けるように唐突に、ゆっくりと姿が形作られていく。

 まっとうに歳を重ねているならば、四十後半辺りであろう。ひげをたくわえた初老の男だった。

 真黒なフードで頭をすっぽりと包み込み、漆黒のマントの裏には奇怪な文様が刻まれている。全身、闇をそのまま織り上げたかのような黒の装いである。

 しかし、左眼に埋め込まれた光を宿さないはずの義眼だけが、なぜかぼんやりと光って見えた。

「伝説の不老不死の秘法を……」

「お前が黒幕だな?」

 闇から出でた男の言った、『アルタイル』という言葉から、おそらくはあの魔獣のことだろう、と推察したナタスは否定を許さない鋭さで尋ねる。

「如何にも。我が名はファラヴァール。“コロラーレ”が幹部、“黒のあるじ”なり」

 ファラヴァールと名乗った男は陰鬱(いんうつ)な声で返す。

 返された応えもまた、汚くざらついていた。

 ナタスはそれを不快に感じつつ、しかしそれよりも、ファラヴァールの言ったことが気にかかった。

「コロラーレ、だと!?」


 “コロラーレ”――それは最高の知と技を持った魔導師集団。

 “彩色”という意味を持つ彼らは、かつて人々の暮らしを豊かにと知識を錬磨し、技術を開拓してきた名もない魔法使いたちの集まりだった。

 しかしある日、彼らは一人の指導者の下に、歪んだ方向に進んでいくようになった。自分たちの魔法は、神の創った世界を自在に曲げる事ができる。それは神をも凌ぐ最高の力、それを操る魔導師は最高の存在だと、自負するようになったのである。

 ならば、この世界を人間の力で新たな色に染め上げよう。――“コロラーレ”の誕生である。


「世界三大勢力の一つと言われる程の魔導師集団が、盗賊に成り下がったか。幹部自らがこのような……」

「それは少し違うな。奪うのはあくまで彼らだよ。私はそれに力を貸しているに過ぎない。代わりに、魔法に関することだけをいただいている、というわけだ。実に合理的だろう?」

 老獪(ろうかい)さを鼻に掛けるように、やや語調を上げてファラヴァールが言った。この初老の男は、どこまでも人の神経を逆撫でるのが巧い。

「だから俺だけでなく、町の人たちをも襲ったのか」

 ナタスの口調はいたって穏やかだが、そこには明らかな怒気が篭もっている。

「盗賊どもの悦楽のために、力の無い人たちまでも巻き込むのか」

「犠牲は付き物だよ。月並みだが、それゆえに正しい言葉だ」

 ファラヴァールも静かに、はっきりと答える。

「元来、“魔法使い”とはそういう生き物だろう? 何かを得るために、代償を払う。それが“魔法の理”だ」

 そう言い切る男に対し、ナタスは反感を覚えた。

 言っていることは自体は間違ってはいないだろう。確かに代償を払うことで効果を得るのが魔法だ。

 かといって、ファラヴァールの理屈は受け入れられるようなものではなかった。

 自分の信念と決定的に違っている部分が、一つだけ存在していたからだ。

「魔法の代償とは、『自分の持つ何か』を払うものだ。それを他者に強いるお前を、黙って見過ごすわけにはいかない。やはり、お前はここで討つ」

 本当に視線で刺し貫けそうなくらいに、月の瞳で睨み付ける。

 対してファラヴァールは余裕の笑みを浮かべながら、おもむろにマントを広げた。

「フフ、これを見ても同じ事が言えるかね?」


 黒のマントの内に佇むは、同じく黒に身を包んだ、長い栗色の髪の、ルビーの瞳をした、少女。

「アリアム!?」

 無事に逃げていたと思っていた少女の姿を認め、驚きからナタスが叫んだ。

 しかし、様子がおかしい。

 アリアムは呼びかけても返事をするどころか、何の反応も示さないのである。まるで、外界からの刺激を感じ取れない、あるいは感情を生み出す心を失くしてしまったかのようだ。

 鮮やかに輝いていた瞳も、今はどこかくすんだように生気がない。

――魔法で操られているのか……

 ナタスは表情は変えずに、しかし内心で、「厄介なことになった」と舌打ちした。

 そんなナタスに、さらに笑みを歪め、ファラヴァールは言う。

「私も、本当はこんなことはしたくはないのだがね。君があくまで暴れるというのなら……」

 言いながらアリアムの首に、不気味な意匠のナイフを突きつけていた。

 その穂先の鋭さから、おそらくは刺突することを主眼に置いて作られたものと思われる。人の肌、肉ごときならば微塵の抵抗もなく通り抜けるだろう。

 応えてナタスは剣を構えた。

「人質を取るには、人選を誤ったな」

 冷たい言葉の裏側で少女を案じながら。

「そいつとは今日会ったばかりだ。どうなろうと知ったことじゃない」

 当然、これは事態を打開するための嘘――黙って言いなりになるのは面白くない、という思いも含んでいるが――、挑発である。

 だが、ファラヴァールもそれを字面(じづら)通りに受け取ったりはしない。

「そうかね? では、試してみるか」

 ナイフを握る手に、わずかに力を込める。

 その刃は徐々に食い込み、皮膚を破って、そしてアリアムの白い肌に一筋の紅を引いた。

 それでも、アリアムは痛みに苦しむことも、恐怖に抗うことも、死の影に脅えることもなく、全てをありのままに受け入れる人形のように動かない。


「く…… ああ、わかった。お前の勝ちだ」

 ナタスが吐き捨てるように言って、持っていた剣を放り投げた。

 安い挑発は、あまりにも無意味に過ぎた。これでは解決どころか、最悪の事態になりかねない。

 『剣を捨てる』という、暗黙の意思表示――抵抗はしない――を受けて、ファラヴァールは満足げに笑みを深める。

「うむ、素直なのが一番だ。なに、私は話を聞きたいだけ。大人しくしていてくれれば、危害を加えるのは止そう」

 危害は加えない、というのは嘘だろう。欲しいものだけ得たら、後は簡単に捨てていくに決まっている。

 とはいえ、下手に動くわけにもいかなかった。これ以上、自分のために犠牲を増やすわけにはいかないのだ。ナタスにとってそれは、相手の言いなりになるよりも耐えがたいものなのだった。

 故に、今は大人しくしていよう、と思う。

 とにかく、この状況を切り抜ける方法を考えなければならない。


 ナタスは打算を表に出さないように、ぶっきらぼうに尋ねた。

「で、俺に聞きたい事とは?」

「無論、君の持つ“永遠の秘法”について」

 予想通り、にべもない応えが返ってきた。彼のような歪んだ魔法使いが求めるのは、それ以外にはあるまい。

「さあ、教えてくれ。君の不死の理論を!」

 ファラヴァールは嗤う。それはまるで、欲しくてたまらないものが手に入る時の子供のようだが、子供の純粋さとは違って、邪気に満ち満ちていた。

 醜悪で、醜怪(しゅうかい)で、醜陋(しゅうろう)なそれぞ、まさしく”悪魔”の形相。欲望の赴くままに進み続けた、人間のなれの果てだった。


 ナタスは哀れむように、諦めるように、目を伏せる。

「俺の、不死の秘法の核たる理論……」

 だが、次の瞬間には顔を上げて、悪魔を前にして臆することなく悠然と向かい合い、力強く語り始めた。




 そういえば、”火の魔法”についての記述をしてませんね……

 ということで、それについては、別のお話の中でさせてください。

 次話は少々長いですが、もし宜しければお付き合いください。

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