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第六話

 闇の中で、二つの光点が輝いている。

 蒼みがかった白色で冷然れいぜん、かつ黄金にも似た煌々とした輝き。

 壁に阻まれ、明かりに乏しいはずの屋内を照らし出すそれは、まさに地上に輝く月。

 双月を瞳に宿し、ナタスがゆっくりと立ち上がる。


「殺せないのならせめて、このサームーンを楽しませてくれ……」




――何だ、これは……?

 その姿をただ呆然と眺める魔獣には、相手に起きた事態、自分の置かれた状況を理解できないでいた。

――一体、何が……

 奴は自分のことを“不死者サームーン”と言った。

 だが、そんなことは、どうでもいい。

 何らかの魔法で、強大な魔力を放っている。

 そんなことも、どうでもいい。

――起こったというのです!?

 相手が不死だというなら、それでいい。

 それを探してきたのだ。むしろ望むところ。

 強くなったというのなら、それでいい。

 戦いに生きる者として、嬉しいとさえ思う。

 それでも、理解できない。

――私は何故、

 自分はどうしてしまったのか、が。

――何故、震えている!?

 彼が今抱いているものこそ、他ならぬ“恐怖”であった。


 知らずの内に恐怖に呑まれた魔獣とは対照的に、ナタスは悠然と魔獣の前に立つ。

「どうした? 黙っているだけではつまらない。早くろう」

 無形の位――特定の構えを取らず、全身の力を抜くように佇む“自然体”の少年が、瞳を冷たく輝かせ、歪に微笑んだ。

 その姿に身じろぎした魔獣は、しかしそれでも認めない。

 これは恐怖ではない。何かの間違いだ、と。

 そうして魔獣は自身を奮い立たせる。

 目の前にあるものを己の力で振り払い、ねじ伏せるために。


 そして、静寂は嵐が訪れるがごとく破れ散った。

「そちらが来ないのならば、こちらから行くぞ!」

 そう言ってナタスは、右足を前に踏み出して、魔獣に対し完全に横を向く姿勢になった。

 右手を左胸に添えるように差し出し、輝度を増した瞳で魔獣を睨む。

 ナタスは指を弾いて前へ突き出し、魔獣を指す。

 するとその指先は火花を生じ、そのまま導火線を伝うようにバチバチと爆ぜながら、紅蓮の火線は魔獣目掛けて奔ってゆく。

――火の魔法!?

 魔獣は迫る火線を見ながらも、避けようとはしなかった。

 炎の規模は大したことがない。

 自分の大きな翼、その一振りで簡単に吹き飛ばせるだろう。

――こんなもの、吹き散らして…… っ!?

 だが、炎をかき消そうと翼を振り上げたそのとき、眼前にまで迫っていた火が“線”から“面”に姿を変えた。

 炎は魔獣を包み込むように広がっていく。

――手の込んだことを!

 魔獣は広げた翼を、くるまるように自分の身体に巻き付けて、防御の体勢をとった。

 吹き飛ばせないまでも、この程度の火で自分の毛皮が焼かれることはない。

 一瞬の熱に耐えれば良いだけのことだ。


 轟々と音を立てる、炎の壁。

 魔獣を舐めるように通り過ぎていく。

 焼け跡くすぶる、魔獣の体表。

 若干の焼け焦げが付くものの、それは致命傷には程遠い、軽い火傷でしかない。

 だが、少年にも当然、その程度のことは予想が付いていたのだろう。

 炎の壁の後、その業炎の閃光に紛れて一気に距離を縮めてくる。

 火の魔法は、間合いを詰めて斬撃を打ち込むための布石だったのである。

――魔法は目眩ましでしたか!

 ナタスが魔獣の目の前で剣を振りかぶった。

 それをしかと捉えた魔獣も自分の爪、五本が全て眼前の敵を引き裂くように、思い切り振り下ろす。


 その直後、互いの武器が交錯した。

 金属同士がぶつかり合うような特有の高音は、刹那のズレと高低差を持って“五重の和音”を響かせる。

――防ぎましたか…… しかし!

 魔獣は回り込んでくる少年に、再度爪による一撃を加えるべく、腕を振り上げる。

 だが、そこでふと、気付いた。

――私の、爪が……

 無い。

 片腕の五本全てが、根元から両断されていた。

――バカな、まさか、たった一本の剣で!?

 いかに魔獣とて、戦慄せんりつしないはずがない。

 五本の爪を一本の剣で全て防がれたのだから。

 それも“避ける”のではなく、“剣で切り落とす”という絶技をもって。

 五つの爪の間にどれほどの時間差があろうか。

 それを弾くとは、どれほどの速さであろうか。

――っ!!

 だがナタスは魔獣に、驚きに表情を歪める間さえも与えない。

 即座に刃を返し、さらに一歩踏み込んで横一文字に薙ぎ払う。

 魔獣もまた戦いの中を生き抜いてきた者として、むざむざそれを喰らうつもりはない。

 自らの首を目掛けて迫る剣を、魔獣は顎を引いて嘴を盾にし、横に逸らしてさばく。

 そしてそのまま、首を前に突き出して、ガラ空きになった相手の背を嘴で貫いた。

 直後、鮮血が噴き出し、霧のように飛び散る。


 この攻防は時間にして、わずか数秒。

 互いに勘と反射で行われたようなものであろう。

 だからこそ、このような一撃が両者の戦いにどのような意味をもたらすのか、“戦士”ならばわかるはずだ。

 しかし、ナタスは嗤った。

「ク……ハハハ!!」

 楽しくてたまらないというように。

――何だ……!?

 魔獣は、再びの均衡がこの一撃で崩れただろう、自分の側に流れが傾いただろう、と思っていた。

 それでもナタスは止まらなかった。

 背に大きな傷を負いながら、どころか体勢を整え直して反攻の一撃を始動している。

 とそのとき、魔獣はナタスの背中の傷が既に塞がっていることに気付いた。

――ちいっ!!

 反撃に辛うじて反応できた魔獣は、地面を蹴って跳び上がり、翼を打って空へと逃げる。

 強引に打ち付けられた翼は狭い民家の壁を強く叩き、屋根を完全に崩していった。




 魔獣は空の上、一瞬の攻防を経て、圧倒的な実力差というものを見せ付けられた気がしていた。痛みを訴える自分の手を見やると、否が応にも思い知らされてしまう。

 だが同時に、その傷は魔獣に冷静さをもたらした。

 身体の震えは痛みによって、頭を熱くさせた血の気は出血によって消えてくれたのである。

 魔獣は上空から、ぼんやりと光を放つ敵を見下しながら、冷え切った頭で推察する。

――よく見れば、かすり傷もなくなっている…… 何故だ?

 考えられるのは、先程彼が唱えていた呪文。

 あの魔法には“治癒”の能力が備わっていた――いや、もしかすると身体を永続的に治癒し続ける魔法なのかもしれない。

 それならば、不死となる可能性もある。

――しかしだとすると…… あなたの“不死”は、不完全だ

 単なる永続治療では、“即死”の状況には対処できない。

 治癒以前に、命をなくすことになるのだから、“死体”の傷を治癒しても、それは“生者”にはなり得ない。

 魔獣は先程向けられた言葉を、皮肉を込めて反芻はんすうする。

――私にはあなたを殺せない、ですと? 愚かな……

 奴の不死は“まがい物”。

 それを真と思っているのなら、それは木に登って背が高くなったと思い込む猿と同じだ。

 自分を本当に不死と思っているのなら、この傷の礼として、そんなことはない、ときっちり教えてやろう。

 相手の力量も把握できた。

 悔しいが奴の力は自分の遥か上。

 だから迂闊には近寄らない。確実性に乏しくとも、距離を取って空気弾で攻め続ける。

 己が空を駆けている限り、相手の攻撃は自分に当たらないのだから。

――仕留めるまでは…… 何度でも!

 そうして魔獣は空気弾を放つため、降下を始める。

 だがそれは、勝利には程遠い消極策にすぎないことに、魔獣は気付けなかった。




 ナタスは月の輝きをそのままに、滞空する魔獣を見上げていた。

「また飛んだか……」

 自身の内にある、堪え難い感情の昂ぶりをなんとか抑えつつ、呟く。

「楽しませてくれと言ったのに、逃げてばかりではつまらない」

 しかし、顔は喜悦に歪んでいた。


 “サームーン”――“永遠の秘法”を手に入れた人物を、人々は畏敬の念を込めてこう呼んだ。人々にとって“不老不死”は憧れであると同時に、神への“背徳”の所業でもあるからだ。

 そして自身が言ったように、ナタスはある手段を以って“不死”となった人物である――世間的には隠匿されているのだが――。

 実はそれは、身体に常時作用しているものであって――それ故に傷が一瞬で塞がった――、瞳の色の変化などとは別物だった。

 この変化は、単に普段は押さえ込んでいる魔力の解放に過ぎない。

 いや、普段は抑えているのだから、こちらが本性なのかもしれない。

 ナタスはおよそ人とは思えぬほどの魔力を生まれ持っていた。

 だから、なのだろう。

 過ぎた力は人を惑わせる。彼も例外ではなかった。

 己の持つ、凄まじいまでの力に、翻弄されるようになったのである。

 自分には出来ないことなどない。思うままに、望むままに。

 そんな想いが彼の心に芽生えた。

 そして抑えきれない想いは、やがて外部へと向けられる。


 “破壊衝動”となって――


「まあいい。しばしの安堵に酔うがいいさ。だが、教えておいてやろう」

 ナタスは左足を引いて半身になり、剣で天駆ける獣を突くように脇に構える。

「いくら翼を持とうとも…… 貴様は“月”には届かない!」

 そして、力強く大地を蹴った。

 直後、猛烈な風が巻き起こる。

 魔獣目掛けて一直線、ナタスの身体は見る間に空へ昇っていく。

 町中の火災で温められた空気が空に向かう、その上昇気流を一箇所――足元に集め、それを上着を帆のようにして受けることで舞い上がったのである。


――な、バカな!!

 攻撃の為に降下を始めていた魔獣は、咄嗟に止まろうと姿勢を上げる。

 いや、“上げて”しまった。

 後悔の暇はない。

 少年は――少年の剣はもう目の前だ。

 姿勢を上げる――それは、全くの愚行。

 自分で自分の弱点をさらし、相手の的を大きくする、という行為なのだから。

「はあああああ!!」

 ナタスは、魔獣が見せた腹目掛けて、上昇の勢いを乗せた剣を突き出す。

 そして、ドブッ、という鈍い音が響き、魔獣の腹に穴が開く。


ゴアアアア!!――

 雷鳴のごとき雄たけびが暗夜に木霊して、今度は魔獣の血が夜空を彩った。

――し、しまった……

 自惚れていた。

 空を飛べるのは自分だけだと思っていた。

 しかし、それは間違いだった。


 そのままナタスは、魔獣の腹を切り裂きながら魔獣の頭上へと抜け、自分が使っていた気流を魔獣にぶつける。

 風の煽りを受けて力を失いつつある巨体は、わずか、浮き上がった。


「覚えておけ。俺達は、“神”にはなれないんだ。如何に“空”を舞おうとも、“天”には程遠い」

 夜空に穴を穿ったような真円の月を背に、ナタスは剣を天高く振り上げる。

 コートの裾をマントのようにはためかせるその姿は、どこか翼を広げた天使のように神々しく見えた。



 その白銀の刃を見据えながら、魔獣は虚ろになってゆく意識の中で想った。

――ああ、そうか…… 私は、『井の中の蛙』だったのですね……

 そして、己の“最期”を悟る。



 魔獣の体が駆け寄ってゆく。

 彼の“死”を携えた、男のもとへ。

 上へと昇る力と、大地に引かれて落下していく勢い、双方を乗せた一撃が、始まった。

 「まだだ」と、執念にも似た思いを抱くも、それはすぐに打ち払われた。

 その首に迫るは魔剣。

 しかもこれほどの使い手の、だ。首を落とすくらいの能力は有しているだろう。

 仕留めるまで何度でも、という浅はかな考えは、ただ一撃で仕留める、という覚悟の前には及ばなかった。

 もっと早く気付くべきだった、と魔獣は思う。

 だがそれさえも、もう遅い。

 翼を再び広げるよりも疾く、身を返して逃れるよりも鋭く、あの冷たい剣閃が瞬くのだろう。

 そう、すでに勝負は決したのだ。




 天に閃く、一条の銀。その輝きの中で、魔獣は空の高さを、天の遠さを知った。

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?

 なんだかテンポが悪いですよね…… 無駄な事を書きすぎなのでしょうか?

 何はともあれ、次回もよろしくお願いします。

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