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第四話

 不老不死――

 人にも獣にも、老衰ろうすいにも時流にも、そして、神の定めし運命にさえもその存在を犯されることなく生き続けること。


「全員、準備はできたか?」


 この、かつておとぎ話と伝説の中にのみ存在した技術を実現させてしまった魔導師が現れたことにより、世界は混乱の様相を見せ始めていた。

 誰もがその“永遠の秘法”を求め始めたのである。


「はい、本隊は町を完全に囲んでいます。先遣隊もすでに宿の包囲を済ませておりましょう……」


 しかし不死の技術はおろか、不死者“サームーン”となったのがどんな人物なのか、その存在すら明らかにされていないがために、そのアプローチ方法は人それぞれに異なっていた。

 ある者は精霊、悪魔が存在するとして、それとの接触を試みた。

 また、ある者は植物の長寿に着目して、それとの同化に挑んだ。


 呪文で、科学で、魔力で、薬品で。

 祭壇で、墓地で、陣上で、台上で。


「よし。今宵は久しぶりの宴だ。皆、存分に楽しむが良い」


 その末、かつて最も栄華を誇った国が滅びの道に堕ちていくこととなった。

 初めて魔法と科学が混じり合った国家、最も文明の発達した国が不死への探求の結果として得たものは、枯れ果てた国土と倫理のない人道、ただそれだけだった。

 その国末期の魔導師、科学者たちはどんな過激な手段も辞さなくなっていたのである。

 生け贄、人体実験――。挙句あげくの果てには他者の技術を奪うため、潰すための技術の開発までが行われるようになった。

 そして、それ故当然と言うべきか――その国の破滅は、一瞬だった。


「ただし、奴だけは殺すなよ。あれは貴重なモノだ」


 その事態を重く受け止めた社会は、魔法と科学に対し厳しい姿勢を取ることになる。

 人々に貢献する技術の発明は高く評価し、逆に個人の志向の凝り固まった技術は完膚かんぷなきまでに排斥される。

 社会はおろか、世界からも消されてしまうのだ。


「それ以外は構わん。奪って奪って奪い尽くせ!」


 だが、人の欲望に収束はない。一度目指した者たちが、あると知ってしまった者たちが不死への探求を止めることはなかった。

 社会から、世界から追放されても、なお。


「その言葉、長らく聞きとうありました“黒のあるじ”」


 “方術ほうじゅつ盗賊”――己が野望、己が目的のために優れた魔導師や科学者を襲い、その技術を奪わんとする、盗賊たちの総称である。

 その、不死を求める盗賊の勢力の一つ、ルバシュ盗賊団の首領たる“黒の主”と呼ばれた初老の男が、げきを飛ばす。


「さあ、始めよう! 悲鳴を音楽に、絶望を快楽に、命尽いのちずくを愉悦に。略奪の宴だ!!」





 ベッドの中、ナタスはごろりと寝返りを打った。

――くそ……

 町に入った頃からか。ナタスはずっと、不快感に襲われていた。

 言葉には表しにくい、しかし確かに嫌な、“見られている”という感覚。

 はじめはその視線を、アリアムのものかと思っていた。魔法を見せたときのあの反応、考えられないこともない。

 もしかしたら魔法が下手というのも演技で、今も何らかの方法で自分を監視しているのではないか。

 しかし、あの感情に真っ直ぐな少女は、そのような隠し事には決定的に向いていない。

 現に扉二枚向こうにいる少女の気配は、ぐっすりと眠り込んでいるように思える。

 ならばこの感覚はなんだ。一体誰が――

――!?

 ナタスはそう考えて、突如その嫌な予感が、直感に変わった。

 まずい、と。


 その直後、天井が降ってきた。





「やれ、アルタイル!!」

 アルタイルと呼ばれた、ずっと少年を監視していたカラスが主の命を受け、突如その姿を変貌させる。

 身体は巨大に、翼は強大に、四肢は屈強に、くちばしは頑健に、瞳は残虐に。

 翼を羽ばたかせて巨体を宙に浮かせ、停滞すること一瞬、一気に降下して宿へと身体を打ち付ける。

 その大重量による衝撃は、やすやすと屋根を打ち抜いた。

 轟音を合図に、町を囲んでいた盗賊たちが一斉に攻撃を開始する。火砲で扉を破って家屋に侵入し、金品を略奪、火を放って逃げ惑う人々を切り裂く。


 瞬く間に、町は悲鳴と絶叫で溢れ返った。





「くっ!」

 ナタスはかけていた布団で頭を覆い、落下物に対処する。

 が、天井の破片の中に巨大な獣の腕が混じっていることを認めて、ベッドから飛び出した。

 その直後、ベッドは中央から二つに砕けた。

「マスター!!」

「平気だ!」

 使い魔たちに短く返答するその間にも、瞳には迫る第二撃が写し出されていた。

 ナタスが横に大きく跳躍する。

 爪はナタスの残像を裂いて通り抜け、そして窓がなくなった。


 その“窓だった”ところからは、轟々ごうごうと燃え上がる火の手が見え、悲痛な叫び声が多数聞こえてくる。

 相手の数はかなり多いようだ。


「セレス、お前はアリアムのところへ! できるだけこの場から離れるんだ。後で落ち合おう。

 ディアナは町の人たちの避難を誘導。可能ならば火災も食い止めろ!

 場合によっては戦闘も止むを得ん。魔法の使用も許可する――行け!!」

「「了解!」」


 ナタスはまくし立てるように使い魔たちに指示を出すと、再三の攻撃を身を低くかがめながらかわして、壊れた壁から外へと飛び出した。

 案の定、逃げ道を塞ぐため、外には多数の男がサーベルを構えて立っていた。

 そして背後、空に羽ばたく魔獣、獅子の身体に鷲の翼と首を持つ“グリフォン”を見て、ナタスは敵の正体を看破した。


「方術盗賊か。どこから持って来たかは知らんが、合成獣まで使うとは」

 方術盗賊が主として奪うのは、目標の持つ魔法の理論や科学の技術。

 だとすれば目標は魔導師たる自分自身のはず。

 それ以外の破壊も殺しも略奪も、“ついで”でしかない。

 しかし、こいつらは人々の持つ幸福の日々が目的かのように、奪っていく。

 ――ただ私欲を満たすためだけの暴力によって。

 それを象徴するように、一ブロック向こうの家の前で、一人の男性が凶刃に倒れ伏す光景が見えた。

 ナタスはそのことに激しい怒りを感じ、そしてその怒りを静かに燃え上がらせる。

「この代償、安くはないぞ……!」

 そう呟くと、ナタスは空中で両手を左腰に添え、そのまま線をなぞるように斜めに空を切った。

 同時に左腕にはめられた銀のブレスレットが輝きを放ち、なぞられた線が徐々に一つ形をなしてゆく。


 それは、身の丈ほどもある長い銀の刃。

 氷のように冷たく澄みきった光を放つ刀。


 めいは“細雪ささめゆき”。ナタスの力を具現化した魔剣だった。

 こしらえはいたって簡素。飾り気はなく、つばもなければ柄巻もない。柄尻に結わえられた飾り紐だけが唯一それらしい飾りである。

 しかし、それは瞬く間に見た者を魅了した。

 それが輝きに感じる美しさからなのか、それとも冷たさがもたらす“死”の予感からなのか、どちらかは見当もつかない。

 だが、たしかにそれは見た者の瞳を釘付けにする、妖艶な光沢を放っていた。


 その刃が、落下点にいた一人の盗賊に向かっていく。

 刹那、少年の着地と同時に紅蓮せんけつが花のように散った。

 ナタスは凄まじいスピードで、両脇にいた男たちをも薙ぎ払う。

 音もなく、抵抗もなく、まるで男の身体を通り抜けるように銀の光が駆ける。

 そして鈍い音と共に、盗賊たちは皆、崩れ落ちた。


 ナタスはそのまま、立ち塞がる者を蹴散らしながら広場を目指して走り出す。

 少しでも広いところへ出なければ、“アレ”による被害が広がってしまう。


ゴアアアア!!――

 

 見ると、“アレ”――魔獣は咆哮ほうこうと共に上空から突進を開始していた。

「ちぃっ!」

 あの巨体の一撃を食らうわけにはいかない。

 ナタスは横飛びにかわして地面に激突させんと試みる。

 だが、魔獣もそこまで愚かではなかった。

 地面にぶつかる直前、グリフォンはその大きな翼を一振り、豪風と共に下方への勢いはゼロになり、空へ飛翔した。


――どうする!?


 剣を地に立て、身を低くして風に耐えながら、ナタスは考える。

 周囲にいた盗賊たちはその風に飲まれて吹き飛ばされたのか、または“とばっちり”を恐れたのか、姿がなくなっていた。

 おかげで周囲に気を配らないで済む。

 しかし、ナタスが考えを巡らせる間に、魔獣は旋回を終えて再び突進してくる。

 ナタスは転がるようにして爪を避け、すれ違いざまに腕に一撃入れた。

 魔獣は叫びを上げるも、すぐに羽ばたいて中空に舞い上がる。

 大したダメージにはならなかったようだ。

 巨体というのは伊達ではないらしい。

 大きい体はそれに見合うだけの生命力を持っている。あれを仕留めるには確実に致命傷となる一撃を加えなくてはならない。


――となると…… 腹か、首か……


 必勝の狙いを定めるナタスの瞳に、魔獣の攻撃が迫る――





 その頃、アリアムとセレスは何とか宿屋からの脱出に成功していた。

 幸い辺りに盗賊の姿は見えない。あの魔獣の攻撃に身の危険を感じて退避したのだろう。

 アリアムたちもナタスの指示通り、できるだけ安全そうな場所を目指して走り出す。


「痛い…… 痛い」

 そのとき、どこからか声が聞こえてきた。

「助けて……」

 それは、苦しみに満ちた小さな、しかし何よりも大きく響く、助けを求める声。

「パパ…… ママ……」

 その声のした方を見やると、宿屋の二つ隣、魔獣の突進による風を受けて崩れかけた家の壁に、少女が寄りかかるようにしてうずくまっていた。

 それを認めて、アリアムが少女の下へと駆け寄っていく。

「どうしたの? どこが痛いの?」

「っく、ひっく…… 痛いよ、助けて……」

 ずっと一人で痛みに耐えていたのだろう。

 アリアムが呼びかけると、少女は安心したように泣きじゃくりながら、ただただ助けを求めてきた。

 もはや会話が成立するような状態ではない。

「もう大丈夫。大丈夫よ」

 アリアムは少女の気持ちを落ち着けるために話しかけながら、少女の身体に視線を走らせる。

 火傷と擦過傷さっかしょうが身体にいくつかあるが、その中でも右足に特に大きな傷が付いていた。

 その足の傷の上に、そっとてのひらを添える。

「痛いのはすぐに直してあげる」

 優しくそう言って、アリアムは祈るように瞑目めいもくする。

 すると、掌がぼんやりと輝き、暖かな光を放ち始めた。

 そして、その光に照らされた傷が、だんだんと塞がっていく。

――これは、治癒魔法!?

 セレスの驚きを他所に、アリアムは普通に魔法を使っている。

 それも、扱いの難しい治癒の“魔法”を、だ。


 治癒の魔法とは、外傷の周囲にある細胞を活性化させて再生能力を高める、というものなのだが、人間の細胞は部位によって再生能力が違う。擦り傷などの皮膚の怪我はすぐに治っても、骨折が治り難いのはこのせいだ。

 そのため、傷の治りにくい、身体の内側の組織から再生が進むように調節しなければならない。

 これは昼間見せてもらった“手品”とはわけが違う。

 彼女の言っていたことは嘘ではなかった。

 アリアムは、本当に“魔法使い”だったのである。

 そのことに驚きを隠せぬまま、セレスは少女に聞こえぬよう、小さな声で言う。

「アリアム、本当に魔法使えたンスね。昼間、それを見せてくれれば良かったのに」

「まあ、ね。これは小さい頃にお婆ちゃんに教えてもらったものなんだけど、ちょっとした傷を治すくらいしかできないから恥ずかしくて。

 それに、これじゃあダメなの。こんなの全然すごくなんかない……」

――そう、この程度では駄目なのだ。

 自分の望みを叶えるにはさらなる力を、自分の願いを得るためには、さらなる高みを。

 たとえそれが、神を冒涜することになろうともかまわない。


 アリアムは自分の手を見つめながら、力強く握り締めた。何かを憂い、何かを渇望するように。

「?」

 セレスはそんなアリアムをいぶかしく思い、尋ねようとしたが、その問いを封じるようにアリアムは少女の方に向き直る。

「これでどうかな。立てる?」

「痛く、ない…… ありがとう、おねえちゃん」

「よかった」

 先程の歯の奥を噛み締めるような表情は微塵もなく、アリアムは少女に笑いかけた。

 その慈愛に満ちた笑顔は、見る者に安らぎを与え、あらゆる憂慮ゆうりょが取り除かれていくようである。

 まさに、“聖母”の姿そのものだった。


――……!!

 セレスはその笑顔に思わず見惚れてしまっていた。

 遠くに聞こえる怒号と悲鳴、火災と瓦礫による破壊のきずあと、それら地獄のような光景も、まるでその場所にだけは全く関係がないとでもいうかのように、穏やかな空気が流れている。

「さあ、ここは危ないッス。早く避難を!」

 だが、セレスは頭をぶんぶんと振って、「幻想だ」と自分に言い聞かせる。そして現実を直視し、アリアムにこの場から離れるよう促した。

 彼の言う通り、現状は穏やかどころか危険以外の何物でもない。少しでも安全な場所に離れなければ、命さえも危ういだろう。

 にも関わらず、アリアムは逃げるどころか町の中心に向かおうとする。

「だぁっ! 何やってるんスか! 早く逃げないと……」

「でも、皆、時計塔の方に逃げてる。このまま放って置いたら、皆が危ないじゃない! 助けなきゃ……」

 まるで他者の痛みを感じ取っているかのように、苦しそうに声を出す、アリアム。

 いや、彼女のことだ。この光景は本当に苦しいのだろう。

 アリアムは“心”というものに敏感である。たとえそれが他者のものであっても、自身のものとして受け取ってしまうのだ。

 故にその言葉はセレスの心を揺さぶった。しかし、彼女のためにも主人の命令に忠実であろうと強く思う。

「それはそうッスけど、じゃあこの子はどうするンスか? まずは……っ!?」

 言葉の途中で突然、セレスの表情が険しくなった。鋭い目つきで前方を睨みつけている。

 それを不審に思い、そして盗賊の残りがいたのかとアリアムも確認する。

 すると、そこには初老の男が立っていた。

「おやおや、こんな夜更けに散歩ですかな、お嬢さん?」

 その風貌は盗賊のそれではない。真黒なフードで頭をすっぽりと包み込み、漆黒のマントの裏には奇怪な文字が刻まれている。

 左眼には光を宿さない無機質な義眼が埋め込まれていた。

 

 アリアムはその男を見た途端、体中が凍りつくような怖気に襲われた。

 足は動かず、地面に根を下ろした樹のように固まって、逃げることもかなわない。

「どうかしたのかな? 顔色が悪いぞ」

 初老の男はゆっくりと近づいてくる。

 男が一歩、歩み寄るたびに、その体が――存在が大きくなっていく。

 意識が飲み込まれてしまいそうだ。

「セレス、」

 アリアムは脇にいる白猫に小さく声をかけた。

 今の自分にできる唯一の抵抗として。

「この子を連れて逃げて……」

 あわよくば、これが打開策となるように。

 せめて、被害が自分だけで済むように。

「…… わかったッス……」

 そのアリアムの内心を察して、セレスは少女と共に脱兎のごとく駆け出した。

 危険から逃げるためでなく、少女を、そしてアリアムを助けるために。

「フ、幼子を先に逃がすとは、随分とお優しいことだ」

 男はぬっと手を伸ばし、嗤う。

 感情の篭もらぬ左眼で。


「共に来てもらおう。君にも利用価値がありそうだ……」


 必死に恐怖に抗うアリアムの瞳に、“黒のあるじ”の腕が迫る――



 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

 

 アリアムは魔法を使えるか、については最後まで迷ったのですが、こういう形にしてみました。いかがでしたでしょうか?

 次回は本格的な戦闘シーンを描きたいと思っております。

 では、次回も宜しくお願いします。

 

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