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第三十話

 

 アリアムの瞳に、不意に飛び込む影二つ。泥を巻き上げながら、いびつ静謐せいひつを掻き乱す。

 泥を浴びつつ、アリアムは他人事のようにその光景を、やはりぼんやりと眺めていた。

 演劇でいうならば、起承転結の“結”部。“転”――激しい殺陣と照明演出の後の、収縮に向かう静かな一コマ。誰もが固唾かたずを飲んで行く末を“見守る”べきシーンだというのに、二つの影は唐突にそでから、あるいは観客席から、舞台上へと飛び出してきた。

 一つは、全身を炎にくすぶらせながら、雪のように光る白妙しろたえの剣を握る少年。吹き飛ばされた衝撃を抑えきれず、地面を転がる。

 一方は、全身に炎を宿らせながら、轟々と燃える炎塊えんかいを背後に引き連れる老人。吹き飛ばした少年を、鬼の形相で睥睨する。

 その二人の内の一人、少年の姿を見て、アリアムは我に返る。

「ナタス、さん……?」

「イニア、お爺様……?」

 期せずして、アリアムとルフカロォは同時に声を出していた。

「アリアム!?」

「チ、熱くなりすぎたか……」

 二人の声に応え、二つの影も期せずに同時に声を出す。

「ナタスさん……」

 やはりその声は、アリアムのよく知るものだった。彼の声は、この空っぽの心に鳴り響いて、空虚さが埋められたような気がした。

 思わず、アリアムはその人のところへ駆け寄りたい衝動に駆られた。

 無力な自分とは全く違う、憧れるくらい力のある魔法使い。才能に溢れ、けれど決して努力は欠かさず、色んな知識を持っていて、それを応用するだけの技術のある、ちょっと“いじわる”な、だけどとても優しい魔法使い。

 あの人なら、こんな状況でも何とかしてくれるかもしれない。いや、きっと力になってくれる。助けてくれる。そう思った。

 それが希望的観測であることくらい、わかっている。わかっていても、それでも、すがりたかった。今の自分には、すがるしかなかった。

 アリアムは足に力を込める。

「ナタス、さん……ナタスさん!」

 動かなかった。

 

「アリアム!」

 それを察してか、ナタスは位置を視認すると受身をとってイニアの正対、アリアムへと向きを変えた。

 牽制けんせいの意を兼ねて剣を大きく振りかぶる。その勢いも利用してアリアムの下に一足、返す刃でルフカロォへと突き掛かる。

「く、こノ!」

 それに対し、ルフカロォも身体の向きを変えて反撃を試みる。

 だが、その刹那、

「避けい!!」

 炎が、頭上から雨のように降り注いだ。

「ちょっト、本気!?」

 ルフカロォは咄嗟に、ナタスとは全くの逆方向、イニアの方へと避ける。

「ちっ!」

 ナタスは、アリアムを自らの背に隠し、かばいながら雨の領域を走り抜けようと試みる。

 だが、いかにナタスでも、隙間なく降る炎雨をかわし切ることはできない。肩に、背に、腕に、頬に、容赦なく炎が叩き付けられる。

 やがて、そのうちの一つがナタスの足を焦がした。

「ぐっ!」

 足を焼かれたナタスはバランスを崩し、アリアムを抱えたまま再び地面を転がった。

 それでも炎は止まない。追い討ちのように彼の上に次々と降り注いでくる。

「う、ぐああ!」

「っ!!」

 身を焼かれていく傷みに苦悶くもんの表情を浮かべるナタスを、アリアムは見ていられなかった。ナタスの胸の中で、思わず目を逸らす。

 

 自分は、何をしているのだろう。

 ナタスの叫びを聞きながら、思った。

 絶望するのは自分の勝手だ。彼も――今自分を助けてくれた人も、そう言うだろう。死ぬのも自分の勝手だ。死ねば、こんな苦しさから逃げられる。自分でもそう思った。

 だけど何故、こうもあっさりと“死”を受け入れようとしてしまったのだろう。あんなにも 死という概念を嫌っていたというのに。

 左腕を見る。幼い頃に残された、火傷の跡――それを隠す刺青――“apologyごめんなさい”の文字。それは戒めだったはず。二度と、あんなことが起こらないようにと。二度と、誰もがこんな思いをしなくて済むようにと。

 そうして、あの日立てた誓い――あらゆる命を愛で、慈しみ、大切にすること。死に“抗う”こと。その術を見つけ出し、この世界の定め――“死に別れる”という絶対の哀しみ――を、“緩和する”。

 それが、自分、“アリアム=スクリッド”の望み。

 世を騒がす“不老不死”とは違う。

 悲しいことだが、人の“死”は世界が世界であるための仕組みだ。だからあくまで、“死なない”のではなく、死の瞬間――生命の時間を延ばす。たとえ死に逝く運命でも、たとえ短き命でも、一分一秒でも永らえることができるなら、きっと一つでも多くの幸福と安らぎを得られるはずだから。

 一つ一つが心残りのないように、最後のその瞬間が安らかであるように。

 逝く者も、遺される者も――。

 そう、墓前に誓ったはずなのに。

 今、自分は死のうとしていた。

 

――ワタシノ――ココロッテ、何? ソレハ、ドコニアルノ?

 

――『あまり考えすぎないで。今は、私に変わりなさい。さあ、瞳を閉じて』――

 

 また、声が聞こえた。

 

 

 

「ちょっトお爺様、どういうつもりなのカシラ? 邪魔をしないで。邪魔するなら、お爺様でも許さなイ……」

 イニアのすぐ傍に降り立ったルフカロォが、声を尖らせた。

 それにイニアは、逆に咎めるように答える。

「何をしている? 戯れは止せと言っておいたはずだ。ここまで来てしまったのは我の失策だが、貴様とて用件を済ませておらんではないか」

 言って、ルフカロォの脇に転がるシルファを顎で指した。

「処理するのなら早くしろと言ったはず。いつまで遊んでいるつもりだ?」

「い、今やろうと思っていたところヨ……」

「ならば早くしろ。もう、本当に時間がない。いや、もう遅いか……」

 イニアは視線を切って、身を燻らせて横たわる少年、さらにその向こうを睨む。いつの間にか暗い森の中に、白い衣服と緑色の光がぼんやりと浮かび上がっていた。

「そこまでじゃ。大人しくせい」

 イニアが鋭く睨みつける視線の先――そこには、ゼピュロスが立っていた。

「久しぶりだな、教団司祭“四蒼季穹しそうききゅう”首席、ゼピュロスよ」

「ホ、“紅の王”と“紺碧の賢者”とは……随分な顔ぶれじゃのう。

 で、どうするつもりじゃ? このまま暴れ続けるつもりなら、わしも黙ってはいられんが……大人しく引き下がるというのなら、昔のよしみじゃ。見逃してやろう」

 ゼピュロスの口調は普段通りだが、そこにははっきり、怒気と戦意が篭められていた。彼は緑色に光る本を静かに開く。

 その動作に、イニアは一層表情を険しくし、そのまま視線だけをルフカロォに向けた。ルフカロォも不満を顔に浮かべつつも、頷いてみせる。

「五分だ。不老不死に加え、ヤツも加わるとなると、それ以上は稼げん。いいな?」

 

「あ〜あ、もう少し遊びたかったのニ……」

 言われたルフカロォはゆっくりと一歩、シルファの前へ。

 シルファはそれを、光のない瞳でぼんやりと見上げていた。

 ルフカロォは溜め息を吐きながら言う。

「なんだかもったいない気もするけど。まぁ壊れちゃったし、しょうがないカ」

 シルファの左耳――ピアスに足を掛ける。

 そして、全くの無造作に、その魔法石を――

「それじゃ、バイバイ。“お人形さン”……」

 シルファの生命を、踏み砕いた。

 


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