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第三話

 第2話の続きになっています。前話をお読みになっていない方は、どうぞそちらからお願いいたします。


「それよりも、さっきの魔法、どうやったんですか?」

 ふと思い出したように、話が戻った。

 上手く話題をすり替えられたと思っていたナタスにとって、これは大きな誤算である。

「ねぇ、ねぇってばねぇ!!」

 アリアムの発言、最後の『ぇ』が裏返った。温度はかなり上がっているようだ。

「わ、わかった。わかったから落ち着いてくれ……」

 随分興奮しているらしく、声も大きくなっている。ベッドという、座っていた場所も悪かった。彼女はものすごい勢いで迫ってきて、このままでは本当に押し倒されかねない。

 大きな溜め息を一つ。彼女のこのしつこさに、とうとうナタスが折れることとなった。

「知りたいのはこの魔法の“理論”だな?」


 現在、この世界における“魔法”は全て理論の上に成り立っている。

 どこか一ヶ所に雨を降らせるとするならば、それを為すためには相応の理論が必要なのだ。

 雨を降らせるには、当然、そこに“雨雲”があることが絶対条件になる。

 ところが、その地域が高気圧に包まれていたり、あるいは元々乾燥気候帯であるならば、周囲から雨雲を集める、または海水などを気化させて雲を作らなければならない。

 しかし、そんなことをすれば、世界の気象が崩れてしまうのは明白である。

 周囲から雲を集めれば、雨が降るのはその場所だけで、周囲には渇きが訪れる。新たに雲を作り出せば、高・低気圧のバランスが崩れ、異常気象が引き起こされる。

 ある場所で干ばつを回避しても、別の場所がその犠牲になるのでは本末転倒なのだ。

 故に、絶妙のバランスの上にある世界に、できるだけ影響を与えないように、かつ目的だけを達するには熟考に熟考を重ねねばならない。

 どんな魔法であろうと、簡単にいくはずがなかった。


「言っておくが、難しいぞ」

「う゛……」

 『難しい』。その一言で一気に興奮から覚め、どころか怯んだ表情を見せたアリアムを、ナタスはクスリと笑った。

 適当に答えることもできるだろうが、そんなことをしては益々(ますます)彼女の好奇心に火をつける結果になるだろう。ナタスは嘘偽りなく教えてやることにした。

 雰囲気としては、できの悪い妹に優しく説明してやる、といった感じだろうか。


「空間を歪曲させたのさ」

「?」

「時計台から宿屋までの道は一本道。だからこれは平面と見なすことができる」

「??」

「そして、その空間を曲げる事で距離を縮め――」

「マスター、わかってないみたいですわ……」

 とそこで、割り込むようにディアナが言った。

 なるほど、アリアムの瞳はぐるぐると渦巻きのように、頭はくらくらとして定まらず、である。

「道は空間で…… ナタスさんを縮めて、時計が宿屋に曲がって……」

 しかし、それでも何とか理解しようと考えているらしい。ひたいに両の人差し指を当て、必死に思考を巡らせている。

 上がりきった熱で、今にも頭の後ろ当りから煙を噴出しそうだ。


「わ、悪かった! もっとわかりやすく説明しよう」

 そう言うと、ナタスは鞄の中から長方形の紙を取り出した。

「いいか? この紙を宿屋までの道と考える。で、この角を俺達が立っていた位置として、」

 話しながらその紙の対角線上、反対のかどを指差す。

「こっちの角を宿屋の位置としよう。では、これの最短距離とは?」

「対角線、じゃないんですか?」

「二次元だけで考えるとな。だがこれは、三次元上の二次元、すなわち“空間にある平面”だ」

「!?」

 アリアムが再びわからない、という顔になる。少しでも複雑な概念を入れると、この娘はオーバーヒートするようだ。

 ナタスは考える間を与えないよう、すぐに次の説明に入る。

「こうすれば、距離はほぼゼロになるだろう?」

 ナタスは紙を折って見せる。二つの角は見事に重なり合って、一つとなった。

「あ、本当だ……」

「要するに、道をこの紙のようにみなせば、それを折り曲げることで距離が縮められる。これが先程の、“空間歪曲による距離短縮”の魔法だ」


「すごいです! こんな発想、普通の人じゃ思いつきませんよ」

 アリアムは瞳を輝かせながら、まるで新しい発見に喜ぶ子供のようにはしゃいでいた。

 その純真さに、ナタスはなんとなく心が温かくなるような思いを感じつつ、言葉を続けていく。

「そうか? だが欠点も多いぞ。

 第一に、基準点――今の場合は俺たちの立っていた場所だな。それと終着点――宿屋の位置が平面とみなせなければならない」

「えーと……」

「平面でなければ、折り曲げることはできないでしょう?」

 三度思考モードに入ったアリアムに、ディアナができるだけわかりやすく補足した。

 それを聞いたアリアムは、なるほど、と左掌を右拳で叩いて鳴らす。

「第二に、指定平面内に障害物、および“高さ”のある物が入らないこと」

「壁抜けはできないし、高さのある物が入ると、紙が折り曲げられないってことッスね」

 と、続けて間髪かんぱつ居れずに要約したのはセレス。それを聞いてアリアムがふむふむと頷く。

「このように制約も多いわけだ。最近は『魔法は何でもできる』という風潮があるようだが、それは全くの間違いだと言える。魔法でも、不可能なものは不可能なんだ」


 最後に、魔法に夢を見ている様子のある少女に向けて、釘を刺すように話を締めたナタスだったが、アリアムはまた思考を巡らせ始めた。

 そして、わずかな沈黙の後に、こう切り出した。

「でも、“不老不死”は不可能じゃないんですよね……?」

「!」

 彼女の明るい普段の声は、真剣さと事の大きさで深く、険しく変わっていた。

「実際に何らかの方法がある…… ナタスさんならどうやって――」

「知らん。そんなものに興味はないな」

 ナタスは言葉の途中で遮るように答えた。顔を背けてはいるが、あからさまに表情を厳しくして、怒りにも似た声を発している。

 その豹変振りに驚いたアリアムが、何か悪い事をしてしまったのかと不安げに聞く。

「ナタス、さん?」

「……」


 二人の間に、長く思えるような一瞬の間が流れた。

 そして、ナタスが急に、ふっ、と鼻で笑い、冗談めかして言う。

「そろそろ自分の部屋に行ってくれないか? この状況を誰かに見られたら、説明するのが大変だ」

「え?」

 この状況――アリアムがベッド脇でナタスに迫っている、を理解したアリアムは、その顔を真っ赤に染め上げた。

「ごご、ごめんなさい〜!!」

「やれやれ……」

 ナタスはものすごい勢いで部屋を出て行く――その際に机の角に足をぶつけていた――アリアムを見送って、小さく笑いながら呟いた。


――この町にいる間は、どうやら暇をしないで済みそうだ。





 窓の外、宿屋前の家の屋根に、一匹のカラスがとまっている。

(主、見つけました。久しぶりの獲物ですよ)

 その真っ黒な瞳に一人の少年の姿を写し、己が主へと声を飛ばす。

(それも、かなりの上物のようです)

(よくやった。では、今夜決行としよう。お前は引き続き監視をしろ。逃すなよ……)

(かしこまりました)

 いつしか日の傾き始めた空に漆黒の翼がはためいて、そのまま茜色の中へと溶け込んでいった。


「ククク…… 貴様は、何を持っている? 何を知っている?」

 主と呼ばれた初老の男が、暗闇の中で呟く。狂喜と狂気に表情を歪めながら。


 ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?


 この物語における魔法には、このように何らかの屁理屈が付きます。

 ちなみに今作中の『空間歪曲による距離短縮の魔法』は、俗に『ワープ』と呼ばれる理論から考えた物です。

 ツッコミどころも満載と思いますが、愛嬌ということでご容赦ください。

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