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第二十七話

 この世界には、“三大勢力”と呼ばれる三つの組織がある。


 その一つは言う。

 『“魔法”は神に与えられし崇高すうこうな力。“科学”は人の生み出しし偉大な力。前者を冒涜ぼうとくすることは神を冒涜することであり、後者を否定することは人を否定することである。“魔法”を与えて下さった神に感謝し、“科学”を生み出す人を受け容れて、故に両者を立てていちと為し、合わせて新たな道を開かん』――、と。

 

 また一つは言う。

 『“科学”をもってすれば、自然さえもコントロールすることができる。またそれらを示す数式とその解は、この世界の構成を示す記述、つまりは“神の記述”そのものであると言える。それは即ち、“神の力”を“人の力”が上回ったということである。この力を使いこなし、存分に用いることこそが、世界を安寧あんねいへと導く鍵となるのである』――、と。


 そして一つは言う。

 『“魔法”とは、世界の彩りさえも改変させることが可能なほど、強大なものである。だが、それは人が内に秘めていた――元来、備わっていた大いなる力。かつて一匹の猿がその知能を進化させて人間となったように、我ら人間も秘めたる魔法を引き出すことで、今、“神”にも等しき存在となったのである。ならば描くべし。この世界キャンバスに、新たなる彩りを』――、と。

 

 “真実を伝える聖堂会”――教団。

 “理を回す歯車”――ギア。

 “世界を彩る絵筆”――コロラーレ。

 

 彼ら――特にギアとコロラーレは、互いの主張を激しくぶつけ合い、やがて火種は炎となって世界中に燃え広がった。“大焔災だいえんさい”――俗に言う、大戦おおいくさである。

 一応は、双方の特徴をあわせ持つ“教団”の勝利、という形で幕を閉じたこの戦乱だが、各々の主張はエゴとなって残った者たちの中、さらに奥深くに根を張り巡らせ、今も水面下で互いを卑下ひげし合う状態が続いている。

 

 “くれないの王”イニア――世に広く名を轟かせる世界三大勢力のいち、“世界を彩る絵筆コロラーレ”の指導者と目される男――は、穏やかな声で、目前の少年の名を呼んだ。

「随分と久しいな、我が友――ナタス=アインシース」

「イニア……本当に、お前、なのか……?」

 かつての友――とある理由から、たもとを分かって以来、二度と会うことのなかった、また会おうともしなかった親友。

 同じ道を歩みながら、自分は去ることを、彼は残ることを選んだ、懐かしい同志。

 その彼が、少しだけ年老いた姿で――彼らが分かれてから実際はかなりの年月が経っているが、ナタスにはそう思えた――、目の前に現れたのだった。

 イニアは、ナタスの問いを満足そうに受け止めて、喜びに笑んだ。すっと手を差し伸べる。

「うむ。コロラーレが幹部、“紅の王”イニアである」

 ナタスは差し出された腕を伝うように、古い友人の全身を見やった。

 先程見えた炎邪は、一体何だったのだろう。

 その姿は、まるで朽ちた“老木”だった。

 肌は深いしわの目立つ、乾いた土のようで、白みの強いアッシュブロンドの長髪は独特の色彩と無造作なスタイルゆえに、どこか儚さを感じさせる。服に着られている、とでも表現すべき細すぎる体躯はまさに朽木くちきそのもので、そこに枝の如く生える手足は、余分どころか必要な肉さえも擦り減らしてしまったのではないかとすら思える。

 そして何より目立つ、大きく穴を抉ったように彫られた、けた頬。

 己の時間と過去を、長い年月の中に置いてきたナタスにとって、それはとても寂しく、同時に切なく見えるものだった。

 だがそれでも、朱の瞳は今なお変わらずらんと輝いて、紅蓮の法衣とともに闇夜の森の中でもはっきりと映っている。身体は衰えても決して弱くはならない、イニアの意志の表れである。

「疑うのも無理はない。が、貴公は相変わらずのようだな」

「……」

 戸惑いながらも手を取って立ち上がったナタスは、しかしその後どうしていいのかわからずに、ただ無言のまま視線を交わした。

 気遣ってか、イニアは自虐のような台詞で静寂を埋める。

「この通り、老いぼれてしまったわ。が、腕はまだ衰えてはおらん。先程の魔法、貴公も驚いたであろう?」

「ああ。そう言えば、昔からお前は炎の魔法を得意としていたな。衰えるどころか、さらに腕を上げたんじゃないか?」

「ふむ、“年の功”といったところか。伊達で年を重ねずに済んで安心したわ」

 言い合うと二人、フンと鼻を鳴らす。そこに、時を経ても変わらぬものがあることを感じ取り、ナタスは知らず肩の線を緩めていた。

 だが同時に、一つだけ引っ掛かりを覚えた。

「“火”、か。イニア、知っているか? この森の向こうにある教会のことを」

「……我を疑っているのか?」

「お前が、ここにいるということは……」

 全ては語らず、視線だけで肯定する。

 イニアはそれを沈黙で受け取ると、やはり静かな声で言った。

「さすがだな、相変わらず鋭い洞察力よ」

「ならばやはり、最近起きているというテロは、コロラーレが……?」

 わずかに語気を強めるナタス。うそぶくことはもちろん、曖昧あいまいに濁すことも許さないと、気配で圧する。

 対してイニアは、どこ吹く風。謎かけのように答える。

「ふむ、どう答えたものか……“我”ではないが、“我ら”である、とでも言えば良いか」

「どういう意味だ?」

「我が直接起こしたわけではないが、コロラーレが関与している、ということだ。

 近頃、末端の者の中に指針を無視してテロ行為に走る愚か者がいてな。全く、無駄な争いの火種となるというのに……」

 小さく首を振りながら、指で鼻の根元を摘まむイニア。その指もまた、何の塗りも飾りもない、無味乾燥な木製のはしのようだった。

「最近の末端の人間はバカばかり。しかしそれは、組織が大きくなりすぎてしまったがために、末端の人間にまで目が行き届かなってしまった我らの責任でもある。

 故に我がここに来たのは、バカどもの愚行を止め、裁くため。決して争いを望んでいるわけではない、ということだけは理解してもらいたい」

「お前がその“責任”を果たしに来た、というわけか。いずれにしても、テロはコロラーレの仕業だったわけだな」

「うむ。それを言い逃れるつもりはない」

「……」

 

 背後にあるものを捉えるように、ナタスは焦点のずれた眼でぼんやりとイニアを見る。

 彼ははっきりと言い切った。責任を果たす、と。言い逃れをするつもりはない、と。

 犯人はわかった。それをどこに追求するべきなのかも。

 だが、それだけのことだ。

 ナタスがゼピュロスに依頼されたのは、『教会で起きた事件がテロなのかどうか』、その“調査”のみ。あくまでも情報収集役なのである。得た情報を元に、どう対応するかはゼピュロスが、あるいは教団が決めること。

 加えて、この調査は“極秘”扱いとなっている。依頼された以上のことを行うのは、自分はもちろん、ゼピュロスにとっても非常にまずい。

 とすると、ここは一刻も早くアリアムたちと合流し、街に戻ってこの調査結果をゼピュロスに報告するべきだろう。もたもたしていれば、折角見つけた犯人をみすみす取り逃がすことになる。

 ならば、どうすれば――

 

「もっとも、我が姿を見せたのは、別の理由があったからなのだが……」

 と、思索しさくを巡らせていると、不意にイニアが不可解なことを口にした。

「別の、理由?」

 思わず問い返す。

 すると、イニアはおもむろに一歩退いて姿勢を正し、

「イニア!?」

 まるで皇帝に謁見えっけんするように、

「ナタス=アインシース……貴公に、」

 膝を地に付けて、深々とこうべを垂れ、

「我らコロラーレの最高指導者、“白のみかど”を名乗っていただきたい」

 うやうやしく、平伏の意を表した。

 

 

 

 ☆

 

「はぁい、はじめましテ。アタシはコロラーレ幹部の一人、“紺碧こんぺきの賢者”ルフカロォ」

 ルフカロォと名乗った女性は、飄々ひょうひょうとした態度で、これからよろしくネ〜と言って片目をまたたかせて見せた。

 そんな軽い雰囲気――状況が状況ならば、フレンドリーとすら捉えられるかもしれない空気に、しかしアリアムは驚愕に震えるのみだった。

 大抵のことならば、驚きつつも受け入れられるつもりでいる。

 この世界は、“不可能”こそ無いような世界だ。人が望めば望むだけ、力を注げば注ぐだけ、世界はそれに応えて奇跡のような姿を見せる。信じられないような光景も、現象も、それは自分が無知であるが故に、思いも付かなかったことを他人が実現しているだけなのだ。

 だが、この状況は受け入れることはおろか、受け流すことすらできない。

 服が同じ物、というのならば理解は容易。そういうこともあり得るだろう。

 髪型が同じ、というのもわかる。嗜好が似通っているだけのことであろう。

 容姿がそっくりである、というのもあり得ないことではない。一卵性双生児などが、端からは見分けがつかないほど瓜二つであることは、珍しくはないのだ。

 特殊な技術による変装、疲労による幻覚、単なる思い込み、あるいは勘違い――こじつける理由など、いくらでもある。

 

 それでも、彼女たちは明らかにそういったものとは違っていた。

 “そっくり”などというレベルではない。瓜二つどころの話ではない。

 シルファとルフカロォは、“まったく同じ”なのである。

 

――ドッペルゲンガー……?

 ふと、アリアムの頭を過ぎった名称。

 “ドッペルゲンガー現象”――己の死期が近いときに見られるという、自分と同じ姿のなにか。

 状況はよく似ている。考えたくはないが、もはやシルファの死期は近く、故に現れた同じ姿の者。

 一番納得ができそうな解である。

 しかし、だとすると、ドッペルゲンガー現象の特徴の一つとも言える、“ドッペルゲンガーの人物は、周囲の人間と会話しない”という法則に反することになる。今、拍手をしながら目の前に現れた人間は、明らかに言葉を交わし、あまつさえ“ルフカロォ”と名乗ったのである。

 だとするならば、アレは――

「あ、あなた、は……?」

 アリアムは声を震わせたまま、問いを繰り返した。

 あなたは“何だ”、と。

「聞こえなかったのカシラ? 私は――」

「違う、そうじゃない!!」

 声を荒げるアリアム。

 そうでもして虚勢を張り上げなければ、何か得体の知れないものに飲み込まれてしまいそうな気がした。

 そんな焦燥しょうそうに駆られた少女を見てルフカロォは、あア、と頷いて見せる。

「そういうコト……でも、そんなこと訊かれても困っちゃうワ。というより、それを私に尋ねるノ?」

 にやり、と曲る口元。

 ルフカロォは倒れ伏すシルファを指差す。

「相手が違うと思うケド……まぁいいワ、教えてあ・げ・ル。まず貴女が考えているのとは、たぶん順番が逆。私がソレの“何か”なのではなくて、ソレが私の“何か”なのヨ」

 心底楽しそうに浮かぶ笑みは、まさしく歪んでいた。

 これから話す事実に、この少女がどのような表情を浮かべるのか――それが楽しみで仕方がないというように。

 そして、その表情が苦悶くもんや絶望といった、あらゆる負の感情に歪むことが、嬉しくてたまらないというように。

「ソレは、私の“人形”……私と全く同じ性能を持つ人工の肉体に、“シルファ=ムルルーム”という人間の記憶と感情のうみそをくっつけタ、魔法生物おニンギョウさん

 そうネ、だから貴女の問いに答えるのナラ――私は人間オリジナル。で、ソレが人形オモチャ


 アハハハハ――。


 胸を大きく反らしながら声を張り上げ、ルフカロォは笑った。

 言も挙も無邪気な子供のよう――否。邪気をはらみすぎて、何が邪で何がそうでないのかがわからない。

「でも上手くいったワ! 記憶メモリーのないただの器に、後天的にメモリーを引き継がせる、という実験がネ! 見事にソレは、ルフカロォわたしの身体で“シルファ=ムルルーム”になってくれタ……

 これで私はまた一歩、あの方に――不老不死に近づいたのヨ!!」

「そ、ん、な……」

 アリアムの顔面が見る間に蒼白になっていく。

 身体が震える。歯の根が合わない。生きていること疑ってしまうくらい、体温が下がっているのがわかる。

 ルフカロォは、人の“精神”にこそ、その人の存在があるとして、それを永遠のものにすることで不老不死を得ようとしているのである。そのために、人の身体を“肉体”と“精神”とに分け、精神を映す鏡である“脳”を存続させる方法を実験していたのだ。

 そして、彼女の言う通り、それは成功した。ルフカロォの肉体を持ったシルファの精神のうは、自らを“シルファ=ムルルーム”という存在として、生きていたのだから。

 だが、この実験には、やはり前提となるものがある。

 それは、他者の精神のうを、どこからか持ってくる必要がある、ということ。人体を構成する組織、とりわけ内臓は、生命活動を停止してからの損壊が激しく、それは時々刻々と進む。移し変える作業はできる限り迅速に行われるべきである。

 ならば、シルファの精神のうをどのようにして手に入れたのか。

 答えは明白だ。

 このルフカロォこそが、教会で起きた“テロ”の犯人だったのである。

 己の欲望の為に、他者を殺そうと――いや、もしかしたら、“殺す前に脳だけを取り出して”、それが明るみに出ないように遺体を焼くため、教会に火を放ったのかもしれない。

 明らかに人道を欠いた、外道げどうわざである。

 

「あ、あ……」

 アリアムは両の手で、自分の身体を抱き締めた。

 震えが止まらない。

 苦悶や絶望からではなかった。

 何からかと問われれば、答えは憎悪と恐怖。

 目の前にいるルフカロォに対して、ではない。

 その女が高らかに語って見せたその理論を、「そういう考え方もあるのか」と“受け入れてしまった”自分に対して、である。

 

「シルファ、さん……」

 人を殺し、利用する――。

 それは、人間のすることではない。

 たとえ神様であっても、許されることではないだろう。

 この世にあってはならない非道の行為。

 

 そうであるのに――そう思うのに。

 認めてしまった。

 受け入れてしまった。

 

 そんなのは、嫌だ。


「シルファさん、シルファさん……」 

 認めたくない。認めてしまう自分が、嫌だ。

 受け入れたくない。受け入れてしまった自分が、嫌だ。

 嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだ――。

 

「シルファさん! シルファさん!! シルファさん!!!!」

 まるで“自分を否定する”かのように、アリアムは必死にシルファの名を叫び続けた。

 それは、自分の感情こころの揺らぎに対処できず、どうしたらいいかわからない、泣きじゃくる子供だった。

「ア、アム、さ……」

 そんな子供に、聖女シルファはゆっくりと手を伸ばした。

 温かな指が、頬に触れる。

 涙を、そっと拭ってくれた。

「シ――ァさ」

 力なく、その手が落ちる、その間際。

 

「ア、リアムさ、ん……逃、げて……」

 

 シルファは、最後の力を己の鏡ルフカロォに向けた。

 

 いかがでしたでしょうか?

 もう少し、と言ってから大分経ってしまいましたが、本当に後もうちょっとなので、どうぞ、お付き合いください。

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