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第二十三話

 長いです。ごめんなさい。

 


 I left my memory somewhere.

 (この歌を聴いたのは、いつのことだったか)

 I remember Mummy used to sing for me under a fragrant olive.

 (まだ小さな頃に、母が歌ってくれたことを覚えている)


 朗々ろうろうと紡がれる、小さな声。


 I left my dream somewhere.

 (それを夢見たのは、いつのことだったろう)

 I only remember that scene was very mellow and gentle.

 (優しく暖かい貴女の温もりを、とてもよく覚えている)


 一つは優しく、一つは柔らかく。


 I’m so sad because you’re gone.

 (あの草原も虫の音も絶えて淋しくなって)

 Mother, the flower blooms this year too.

 (母よ 母よ それでも花は咲いています)

 The sweet smell spreads.

 (甘い香りが 咲いています)


 しかしどちらも、寂しげに。


 Please cuddle me close, like that days.

 (今も見上げればあの日の空は変わらずに)

 Mother, my mother, you can hear me?

 (母よ 母よ 貴女にもわかるでしょうか?)

 The voices are carried to you?

 (この香りが 届くでしょうか?)


 Now, I’ll sing. I believe you catch me sometime.

 (歌おう。いつの日か、貴女の下へ届くように)


 紡がれる、想い出の歌じゅもん――




「さあ、セレス!」

「おっけー、ディアナ!」

 二匹の猫が、共に叫んだ。


 視界が揺らぐ。

――これは……?

 シルファはやはり表情は変えず、しかし肩の線を硬くした。

 一体、どうしたというのか。

 あろうことか夜の森にちょうが飛び、小鳥がさえずり、花の香りが届き、暖かい風がそよいでいた。

 あまりに唐突な変化に、シルファは戸惑いを隠せない。

――魔法!? でも、一体、どんな……

 だが二匹の猫は、シルファに狼狽ろうばいする暇さえ与えてはくれなかった。

「「反撃開始!!」」

 再び声を上げる猫たち。なんてことはない、か細い猫の声が、今は猛獣のそれにすら聞こえてくる。

 本能が、「直視してはならない」と、しきりに発していた。

「く……」

 シルファは半ば反射的に一歩距離を取ると、

「一匹増えたくらいで、調子に乗るんじゃありません!」

 誇りか虚勢か、声を荒げて両腕を広げる。

 (せき)を切ったように雪崩れる、泥。

 円を描いて回り込む。逃げる場所は与えない。

 今度は滝を降らせるのではなく、両脇からの津波のように。

 押し寄せる波頭は囲い込みながら、それでいて迷うことなく真っ直ぐに、二匹の猫を薙ぎ払った。


 激突が響く間もわずか。

 ぶつかり合った二つの波は、ちょうど二倍の高さまで吹き上がると、こうべを垂れるように崩れていく。

 その中に、猫の姿はない。

「はぁ、はぁ……」

 思いもかけず、息は乱れていた。

 それを振り払うように、ふん、と鼻を鳴らして呼吸を整えると、シルファは崩れゆく波を眺めながら呟いた。

「邪魔をしなければ、見逃してあげても良かったのに……」

 あの波に両側から挟まれては、一溜まりもあるまい。

 ましてや猫。あの小さな身体は何の抵抗もなく、今頃は――。

「クス……」

 その姿を想像すると、思わず笑みが深まった。

 そして、シルファは歩を進める。

 無論、その死体を見るために。


 そのとき――

一矢いっし――」

 不意に小さな声が木霊した。

「キャアアア!」

 突如、何者かによって射抜かれる。

 右胸から赤い飛沫が上がった。

――グ…… 新手? どこ、から……

 シルファは周囲を窺いつつ、矢を抜こうとして、止めた。

 直撃した部位が悪い。無理に引き抜けば、多量の出血を伴うだろう。

 故に、穂先を身体に残したまま、をぼきりと折り取る。

 苦悶に表情を歪めながらも、声を張りあげる。

「何者です!? 出てきなさい!!」

「出てこいも何も」

「先ほどから、ここにいましてよ?」

 暗く低い声に返されるは、明るく楽しげな声。

「っな!?」

 シルファは声のした方を凝視する。

 それは正面、すぐ近く。

 その場所にいること、矢を扱えること、無傷であること――そんな、ありとあらゆる可能性が否定されるはずの敵が、そこに悠と立っていた。

「一体、どうしたんスか? いきなり大声を上げるなんて」

「レディのすることではありませんわね。はしたない……」

 白と黒、二匹の猫。泥に呑まれ、○○たはずの、無事でいるはずのない者たち。

 だが確かに、彼らはそこにいた。

 シルファの問いが震える。

「何故……? 貴方たちは、間違いなく……」

「泥に呑まれたはず、と仰りたいのかしら?」

 黒猫は、何気なく問い返した。

「そうよ…… 確かに、貴方たちは」

「でも、オイラたちはこうしている。それも、間違いのないことッスよ」

 白猫が、あっさり言葉を返す。

 シルファの動揺は、困惑へと変わっていく。

 わけが、わからない。

 確かに泥に呑まれ、避けることもなく、彼らは、そのまま――。

「いいんスか、じっとしてて?」

「!?」

 と、そのシルファの困惑を断ち切ったのは、白猫だった。

 続くように、黒猫もその声を発する。

「貴女、癖なのかしら? 攻撃の最中は距離を取ろうとするのに、優位に立つと途端に無防備になって近づいてきますわよ。直したほうが良いのじゃなくて?」

「う、五月蝿い!」

 シルファは腕を振り上げる。

 今度は外さない。

 怒らせた報いだ。

 このやかましい猫どもを、死をもって黙らせてやる――。

「死になさ――」

「やれやれ…… だから、じっとしててはいけないと言っていますのに。セレス」

二以にい三翼みよく四切しせつ――」

 白猫の言葉が切れるや否や、ドッ、とシルファの身体を音が重なり駆け抜けた。

「っ!?」

 シルファは焼けるような傷みに顔を歪めつつ、それでも頭は冷静に己の状態を確認する。

 傷みの元――受けた傷は三つ。

 一つは左手の甲を貫通し、一つは右足に刺さり、もう一つは右の頬を掠めた。

 いずれも、矢は見えた。その直前で回避もした――はずなのに、シルファの身体には確かに傷が、痛みが残っている。

「何故…… 確かに、避けたのに…… 大体、どこから矢を?」

 避けても喰らう、当たったのに外れている、という矛盾。


 シルファは考える。

 これはいかなる魔法か。

 矛盾とは、この世の事象における“偽”である。それを“真”に変えることは、魔法であろうと不可能だ。

 ならば、

――もともとが真だったと考えるべき……?

 “もともとが真”――すなわち、初めから矢が刺さっていたということ。

 矢が飛んでくる、という事象はその後。『矢が飛んできたから刺さった』のではなく、『矢が刺さっているから飛んできた』、ということか。

――それとも、矢が刺さったという事実を別の世界から引き寄せてくる……?

 確か、“多世界解釈”という理論があったな、とシルファは思い出す。


 仮に一匹の猫を、仕掛けを施したガス発生器と共に箱に入れたとする。その仕掛けが作動し、ガスが発生すれば猫は死ぬが、作動しなければ死なない。

 このとき、仕掛けが動作する確率が五十パーセントだったとした場合、その猫がどうなっているかは箱を開けるまでわからない。

 つまり、箱を開けるまでの間、猫は“生きている”のと“死んでいる”のが重なり合っている、と考えることができる。そして、それは箱を開けたときに、どちらか一方に定まるのだ。

 しかし、猫の生死が箱の開放に依存するなど、奇妙な話である。

 これに対して生まれたのが、“多世界解釈”という理論である。

 “多世界解釈”では、猫が“死んでいる世界”と“生きている世界”に分かれる、と考える。

 すなわち、猫が“生きている”と観測した人間は、“猫が生きている世界”に進んだと考えられ、猫が “死んだ”と観測した人間は、“猫が死んだ世界”に進んだ、と考えられるのだ。

 これが“多世界解釈”――“平行世界”の存在である。


 それを基にすれば、確かに避けたはずでも矢が当たっている、という可能性は考えられなくはない。

“矢が当たった世界”を引き寄せてくればいいのだから。

 が、それでも奇妙である。

 仮に平行世界をつなぎ合わせるのだとしても、“矢が飛んでくる”という事象は存在しなければならない。猫をガス発生器とともに箱に入れねば、生きているだの死んでいるだのと議論することはできないからだ。

 しかし、彼らは“猫”。

 弓矢を扱える猫など、聞いたことがない。


――どこかに、射手がいる……?

 シルファは瞳だけで周囲を探る。

 樹が生い茂っているのだ。どこかに弓を持った者がいるとしても、おかしくはない。ない、のだが――。

――気配がしない。私たちの他にいるのは、アリアムさんだけ……っ!?

 と、アリアムもまた困惑に瞳を見開いていることに、シルファは気付いた。

「セレスも、ディアナも、何もしていないのに……」

 彼女は問い掛けるように、小さな声で呟いている。

「シルファさんが、いきなり、苦しみだした……?」

――『何もしていない』……? まさか――

 その言葉で、シルファは悟る。

 闇に舞う蝶、小鳥の囀り、花の香り、暖かい風。そして、アリアムの言葉。それらをつなぎ合わせて得られるもの。

 魔法の正体、それは――

「催眠、暗示」

「あ、気付いたッスか? そう。これは言ってしまえば、強力な催眠術ッス」

 白猫が、あっけらかんとした声で言った。

「けれど、実際に傷を負うなんて……」

 その当然とも言える疑問には、黒猫が応える。

「貴女も、夢は見たことがあるでしょう? 夢の中で、貴女は何かに追いかけられている。逃げなくてはならない。だから走る。走って、走って、走って…… けれど逃げ切れず、貴女は――というところで目が覚める。

 すると、どうでしょう? 実際に走ったわけでもないのに、心臓は猛烈に鼓動し、汗が衣服を濡らし、呼吸は乱れに乱れている。それは当然。“夢”とは、脳だけが見ている世界。脳にとっては現実と何ら変わりのないもの」

 白猫も継ぐ。

「けれど、現実を現実として感知するのが脳の役目ッス。オイラたちは目や耳で得た情報を脳で処理し、知覚している。

 なら、その脳が、攻撃を“受けた”と思ったら? “痛い”と感じたら? 攻撃を当てたと思ったのに、実は見えているものがズレていたら?」

 相手の攻撃はこちらに当たり、確かなダメージとなり、こちらの攻撃は当たらない。

 なるほど、道理である。

「隠れ身と同じ、思い込みに作用させる魔法、というわけですか…… それなら、当たったと思い込まなければ良いだけじゃありませんか」

 シルファが余裕の笑みを浮かべた。

 確かに、これでは回避困難にして、攻撃も無力化されるだろう。

 だが、原理さえわかればなんということはない。

 自分の“思い込み”を操作すればいい。決して簡単なことではないが、それでも知らないよりは、ずっと対応ができるというものだ。

「わざわざ説明して下さるなんて、優しいのですね。けれど、知ってます? そういうのを、“語るに落ちる”というのですよ」

 シルファは、あざけるように挑発する。

 しかし、猫たちも余裕のまま返す。

「うん、知ってるッスよ。でも大丈夫。これは、脳に直接訴えかける魔法ッスから。自分で言ってたじゃないッスか。『隠れ身と同じ』だって」

「そう、これは“現実に作用する夢”…… 隠れ身と同じく、“無意識”に働きかけるもの。故に、意識を集中させることで逃れることはできなくてよ」

「ク!!」

 再び、矢が飛んでくる。

 夢とは見たいと思って見れるものではないし、まして見たい夢を自由に見ることなどできはしない。そこに、意識だの何だのが入り込む余地はないのだ。

五風ごふう六是りくぜ七如しちじょ――」

 連続して襲い来る、矢の数、三。

 意味はわからないが、どうやら数えた分だけの矢が飛んでくるように催眠をかけられているようだ。数が累積していくのは、今までも矢を喰らっていた、ということを暗示するため。

 つまりは、攻撃を受ければ受けるほど、その暗示が強まっていくのではないか。


「う、かは……」


 また、身体が射抜かれる。


――私が、遅れを取る? 猫如き小動物に……


 臓腑から、液体が流れ出す。


――おのれ、おのれ…… お前ら、如きが……


 頭の中が、熱くなっていく。


――私の…… 私の邪魔をするんじゃない!!


 ピアスの光が体液を浴びて、その赤を強めた。





 都合六本の矢が命中した。

 右胸に当たったものも含め、ダメージは十分のはずである。

 だが、優勢な状況とは裏腹に、暗示が“弱まっていく”ことに、猫たちは心中で驚愕していた。

 声ならぬ声で、やり取りする。

(セレス、一体どういうことですの? さっさと決められないのですか?)

(わからないけど、効き目が薄いんスよ。矢の数も増やせないし、ほとんど直撃してくれない。当たるはずの場所が、イメージとズレるッス)

 この魔法は、実のところディアナが防御的な催眠を、セレスが攻撃に関する暗示を、という完全な分業によるものだった。

 加えて、攻撃に使える矢は、十本しかない。使い切れば、また呪文の詠唱から始めなくてはならない。

 それくらい、人の心に強制的に働きかける魔法は難しいのである。

 残りは三本。再度の詠唱の時間は得られないだろう。

 優勢のように見えて、その実は背水の陣。

 もはや猶予がない。

 そのためディアナは、攻撃はセレスに一任するしかないのだが、そのセレスがどうにものんびりやっているように見えて、もどかしく思っていたのである。

 が、セレスもまた、同様にもどかしさを感じていた。

(ディアナこそ、ちゃんとアイツの攻撃を逸らしてくれッス。さっきから、結局近くに着弾してるじゃないッスか……)

(ちゃんとやっていますわよ! けど、そうなって、しまうんです、もの……)

 しょぼくれるように声を細めていく、ディアナ。

 二人して、イメージとずれるという事実。

 理由はわからない。

 だが、一つ言えることがあった。

 それは、“シルファには暗示が効きにくい”ということ。

 一体、どういうことなのか。


 その理由を、猫たちは薄々ながら思い、しかし、否定“していたかった”。





 闘いの余波も届く、わずか向こう。

 二つの影が、その瞳を輝かせていた。

「ふ〜ン、頑張ってるわねぇ、アレ」

 泥の渦巻く森の中、一人の女が呟く。

「思ったよりも、いいデキだったのネ」

 女は闘いを観察するように眺める。

 蒼の法衣に包まれた痩身そうしん端整たんせいな顔立ちには、首までの金髪ブロンドが月明かりを反射して、その垣間に見える瞳にはアウインの光が宿っている。

「これなら、もうちょっと大事にすればよかったカシラ?」

「もはや今さらだ。何をか言おうと、状況は変わりはせぬ」

 その脇に、一人の老人。

 彼女とは違う方向を眺めている。

 しわがれた肌とは対照的に、その朱の瞳と同じく、声は凛として真っ直ぐ通っていた。

 赤い法衣に身を包んだ彼は、アッシュブロンドの長い髪を無造作に垂らしているが、不衛生さは感じられない。ひげも、綺麗に剃られている。

「まもなく、アレの時間も切れよう。貴様がどうするつもりなのかは知らんが、」

 一瞬、蒼の女と視線を同じくして、紅の老人は言う。

「処理に自らの手を下す気なら、余計な真似はするなよ。教団の者たちも近づいている。我らにも時間がない」

「わかってるワ、時間はかけなイ。でも、ちょっとくらいはいいでしょウ? だってあの娘、可愛いんですもの…… 他人の為に頑張って、傷付いて……あんな健気な姿を見せられたら……」

 そうして、女はわらった。

「ああ――、いじめたくなっちゃウ……」

 邪悪に、うっとりと。

 老人は小さく溜め息を吐いて、言った。

「貴様は遊びが過ぎる。戯れに姿を見せたりするから、このようなことに……」

「でも、そのおかげで、こんな楽しいものが見れるのじゃナイ?」

「それは結果論だ」

 女の言動を、あっさりと切り捨てる老人。

 だが、口元には笑みが浮かんでいるように見える。

「まぁ良い。我も、久方ぶりに“あの方”と話がしたいしな。くれぐれも、時間はかけるなよ…… 我が孫娘――“紺碧こんぺきの賢者”ルフカロォ」

「わかりましタ、お爺様。いえ――“くれないの王”イニア」


 二人の魔導師は、それだけを交わして、また観察を始める。

 己の興味の対象、それのみを。





 そうして、“シルファ=ムルルーム”だった者は、“モノ”になる。


――私が、遅れを取る? 猫如き小動物に……


 否。もともと“ソレ”は、モノだった。

 ただ、“ココロ”がそうあるように、“操られて”いただけ。“シルファ=ムルルーム”の知らぬ内に、知る間もなく。

 だから彼女は疑わない。自分は自分だと、盲目してしまう。

 しかし、それは――。


――おのれ、おのれ…… お前ら、如きが……


 意識じぶんが、薄くなっていく。

 どうでもいい。今の自分に必要なのは、そんなものじゃない。

 体の奥底から湧き上がる狂気の念。ココロを貪り始める。

 どうでもいい。今の自分に必要なのは、あの子たちの、笑顔。

 彼らの日々を取り返せるのならば、他には何もいらない。

 それでいい。あの幸福が戻ってくるのなら、それだけでいい。

 意識が薄れても構わない。

 だから、


――私の…… 私の邪魔をするんじゃない!!


 そうして、“シルファ=ムルルーム”だった者は、“モノ”になる。




「ヴアアアア!!!」

 今までにない叫び声を上げる、シルファ。

 応じるように、ピアスが激しく赤く光を放ち、泥がすさまじいまでに吹き荒れる。

「うわ、危ねーッス!」

「ち、ちょっと、お待ちなさいな!」

 光を受けた、血流のような嵐の濁流だくりゅうは鎮まらない。どころか、その勢いを増して、ついには周囲の木々を削り取り、引き倒すまでに至っている。

 さすがのディアナも、さばききれない。徐々に、しかし着々と暴風圏が近づいてくる。

 堪らず、ディアナはセレスに攻撃を指示する。

「セ、セレス!」

八流はつる九星くせい十也とや!!」

 セレスが最後の三本を一斉に放った。

 イメージを今までよりも鮮明に。

 これまではアリアムの手前、抑えていたが、今度は“殺す”――その像を描く。

 三本が三本、全てシルファの左胸に刺さる――

「ヴアアアアアアア!!!」

 が、その矢は、叫びの中にき消された。

 いや、叫びというよりは、もはや獣の咆哮ほうこうに近い。

 まさか、理性をなくすことで、この魔法を打ち破ったというのか。

 それは在り得ない。理性のない動物とて、夢は見るのだ。夢を見る生物ならば、この魔法から逃れるすべはない。

 果たして本当に、この魔法を“意識すること”で、シルファは打ち破ったのだ。

「く、ディアナ!」

 セレスが叫ぶ。

 もう一度、と。

 だが、

「できませんわ! やり直すには、一度この魔法を解かなければ。けれど、解いてしまえば、この嵐を避けることはできませんわよ」

「で、でも……!」

「落ち着きなさい、男でしょ! それに、」

 ちらり、後ろを振り返るディアナ。その視線、彼女の背後には――

「アリアムさんもいらっしゃるのよ!? アリアムさんの援護をするために私たちはここにいる!!」

 そのくらいのことは、セレスとてわかっている。

 しかし、他に手が思い浮かばない。

 嵐が迫る。

 この轟風と濁流を潜り抜ける、その手段など一体どこにあるというのか。

 泥はもう、目の前に。

 焦りばかりが前に出る。


「だけど、他に手段なんて……!? うわあああ!!」

「セレス!? っ、きゃあああ!!」

 赤い嵐がディアナの防御を掻い潜り、セレスたちを大地ごと薙ぎ払った。

 全身を泥が、あるいは打ち付け、あるいは削り、引き裂いて、蹂躙じゅうりんしていく。

「く、は……」

 地に叩きつけられる身体。

 それでも、迫る嵐。

 これをとどめとしたか。

 シルファは笑う。

「ふふ、あはは……あはははは!! いかに暗示で攻撃点をずらされようと、全てを薙ぎ払ってしまえば同じこと…… 死になさい、邪魔者ども!!」

 雪崩れる泥。

 乱れる弾丸。

 うねる津波。

 降り注ぐ雨。

 襲い来る滝。

 風を巻くきり

 それまで見せた、ありとあらゆる攻撃法を持って、止めを刺しにくる――。

 避ける術はない。

 為す術がない。

 できることが、ない。

 絶望に覆われ、瞳を閉じる。


 ――その直前、



 猫は、

 自分の前に、

 庇うように立つ、

 少女の姿を、

 見た。

 いかがでしたでしょうか?

 呪文で使用した英文は、相変わらず間違いがあると思いますが、これも愛嬌、ということでご容赦ください。

 呪文は最後まで出すかどうか迷ったんですが…… 次章以降の伏線、ということで結局やってしまいました。この際、章ごとに呪文を出そうかな……?

 ちなみに矢の数え方、数字の後ろを繋げ合わせると、『矢以翼切風。是如流星也』と、漢文っぽくなります。これも愛嬌で……

 

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