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第二十一話


「はあああっ!」

 闇を裂く轟音が、地を削る擦過音さっかおんが鳴り響く。轟音は火花と共に弾け、擦過音は粘液の飛沫と共に地に落ちる。

 ナタスと老人は闘いの舞台を少しずつ移しながら、くるり、くるりと目まぐるしく位置を入れ替えつつ攻防を繰り広げていた。

 優雅にして華麗な攻防を。

 幾何学模様きかがくもようを描く複雑なステップ、右に左に。

 波のように揺らめき、しかし時として滑るように流れる身体、前に後ろに。

 服のすそがふわり、浮かぶように舞い上がった。

 対して、動きは徐々に激しさを増していく。

 円を描いて舞う刃、ひねって避ける身のこなし、鋭い踏み込み、それと同時の鏡合わせの後退、振り上げられる腕、大きく反らされる身体。

 攻撃すればほおかすめるほどの紙一重でかわし、踏み込まれれば踏み込まれた分だけ身体を下げて距離を取る。

 どんなに激しい動きであろうとも、しかし二人の距離は全く変わらない。

 互いに、腕を伸ばせば背中にも触れられるほどの距離を保ちながら揺らめき、斬り結ぶ刃音をはくにして、二人の男は“踊り狂う”。

 ナタスが先を取って攻撃を仕掛ければ、老人はそれを躱して反攻の一撃を繰り出し、ナタスも難なく避けて、また攻めに転じる。

 その、繰り返しだった。


「オオオ!!」

「はああ!!」

 老人が、右から左へ斬り上げを見舞う。

 それを眼前で避けるナタス。上半身の力を抜くと、両手を垂らす仁王立ちのような姿勢となり、剣の重さを使って足元をぐ。

 それら二人の放つ二条の光は、わずかな時間差こそあるものの、ほぼ同時といって良い。

 だが、何よりも驚愕すべきはナタスの動きであろう。彼は攻撃と回避、その二つの動きを一つの動作の内にやってのけるのだ。

 完全なる攻防一体。

 攻撃と回避を別々にしか行えない者にとって、これほどの脅威はあるまい。


 老人はすぐに踏み込んだ足を下げるが間に合わず、ナタスの剣がすねの真ん中を掠めた。

「ウッ…… オオ!」

 小さいうなり、腹を叩く咆哮ほうこう

 老人は痛みを感じるのか、わずか表情を歪めると、それを掻き消すようにえながら胴を斬りつけてきた。

 頭上で回すように刀を振り戻していたナタスは腰を引いてこれを逃れつつ、即座に垂直の切り上げで反撃する。

 老人の右肩を掠める剣閃。

 光の帯と共に黒ずんだ赤い糸を宙に引いていった。

「ふっ!」

 長刀はさらに加速し、風を巻く。

 動きをわずか鈍らせる老人に対し、ナタスは振った勢いのまま刀を後ろに回して、鋭い踏み込みと共に突きかかった。

 しかし、慌てずこれを目視した老人は、短剣で刃を押さえつけ、左肩を先行させるように横に小さく跳躍する。

 トン、トンと軽やかに紡がれるステップ。

 脇を流れていく老人の身体。

 ナタスはそれを見送りながら踏み込んだ足を接地、身体を回転させ老人を正面に映す。後を追うように青白い、雪のような光の筋がはしった。


「――ウガアアア!!」

 今までにない、獣のような叫びを上げる、老人。よろめく身体を、“強引に”踏み止まらせる。

 その足元には“くつ”が、脱ぎ揃えられているように、置かれていた。

 否――それは靴ではなく、斬り落とされた、足首。

 それまで地にあった足首から下が、ナタスの斬撃によって裂かれ、そこにのこされたのである。

 だがそれでも、老人は立った。

 骨のき出しとなった足を、棒のように地面に“突き立て”て、強引に。

――バカな……

 ナタスが驚愕する。

 完全に、動きは止めたと思った。

 が、老人の執念とでもいうべきものは、その想像を遥かに凌駕していた。

――いや、それでは駄目なのだな……

 足先がないという、動くどころか立つことさえも困難極まる状態で、老人は戦意を緩めない。

 ただただ、感服するのみである。

――足先がなくなったくらいでは、死ねないからな……

 他者の思念に囚われ、亡者と成り果て、操られるだけの道具になりながら、それでも老人は猛る。

 生きている証を、求めて。

 果ての己の死を、望んで。


 老人の姿に、ナタスは心の内で呟く。


――そうだ

 “死”があるからこそ、“生”は意味を持つ。

 “死”をもってこそ、“生”の証となる。

 “死”を侮辱するな、“死”は尊べ。

――ああ、そうだ

 “生”の意味を探るならば、また“死”の意味も知れ。

 “生”と“死”は表裏一体。

 生きるが故の死であり、死するが故の生である。

 “生”を十分に謳歌したならば、“死”をもってその“生”に意味をもたらしめることは、間違いではない。

 “生”の証として死を求めるならば、


――この剣が、それに応えよう!


 ナタスは相手の体を中心に十字を描くように、左下から右上へ一撃、刃を返して右下から左上へ二撃と、連続で斬り付けた。

 老人はこれを短剣で受け流し、後ろに回り込むように足を運んで第二撃も躱す。

 再びそれを追って首を狙う、強烈な刺突。

 頭をずらし、体勢を低くすることで何とかこれも回避する。

 それでも少年の攻撃は止まない。すれ違いつつ、踏み込んだ足を捻ることで半回転、今度は振り向きざまに相手の首元をぎ払った。

「アア!」

 相手の刺突を利用して体を入れ替えていた老人も、これには短剣を盾にせざるを得なかった。顔のすぐ横で、激しい打撃音が響く。


――小さな亀裂が一つ、走った。


 その衝撃全てを受け止めてはならない。

 正面から受け合えば、容易く折れるは必定。故に老人は足の力を抜いて大地との摩擦を減らし、身体ごと後ろに下がる。

 だが、地に刺さった足がそれを許さなかった。

 転びそうになる身体。

 倒れるわけにはいかない。

 倒れれば、それで終わってしまうのだ。

 故に――


「っは!」

 老人が倒れる。

 そこへ止めといわんばかりに剣を流す。

 これまでだ。

 その棒となった足では、即座に立ち直ることはできまい。

 これで、決着――


「む!?」

 だが、老人は倒れなかった――否、倒れたのは、膝から上。

 なんと老人は、上体だけを後ろに倒すことで、勢いを逸らしたのである。

 老人は地に手をつき、身体を捻って斬撃を躱す。

 そして、両足を抜きつつ、ついた手に力を込め、跳ね上げる。

 まるで投擲とうてきされた槍のように、老人の身体が飛んだ。

「ちぃっ!!」

 確かに仕留めたと思った斬撃は予想に反して空を切り、ナタスは思わず踏鞴たたらを踏む。そこにすかさず飛び込んでくる、槍の穂先けりあし

「オオオ!!」

「舐めるな!」

 だが、ナタスはそれを、あえて空足のまま大きく前に踏み出すことで、あっさりと避けてみせた。続く連撃、反対の足による膝蹴りを、袈裟けさに振って受け流す。

 刀の軌跡はそのまま地に流れ、刃が地面の石をカン、と叩いた。

 老人が、わずか向こうに着地する。

「せあ!」

 大地の反動を利用して、ナタスは刀を素早く持ち上げ、横一文字に斬り付ける。

 老人も引き戻した短剣の丸みで、先と同じようにそれを逸らす。

 両足を無くしてなお、寸分違わぬ精密さ。先と劣らぬ正確さ。

 少年の攻防一体が絶技ならば、全ての攻撃を無効化するこの完璧な守りは神技であろう。

 微細な動きに誘導された力は、そのベクトルをあらぬ方に曲げられる。

 己の意図しない向きに、振った勢いのまま流されては、姿勢は乱れ、判断も反応も鈍る。

 これほどの長刀ならば、重さに振り回されるは道理。その隙に反撃――


 ――しようとして、しかしナタスがくるりと一回転、再び同じ軌道で剣を振るってくるのを老人は捉えた。堪らず剣をぶつけ合う。


――小さな亀裂がまた、一つ。


 だが、その遠心力を乗せた一撃は、受け流すことすら許さない。

 守りを力で弾き上げると、ナタスはさらに一回転、切っ先をカラカラと地面に擦らしながら、またも同じ軌跡で刀を振り抜いた。

 首を狙う横薙ぎは、防がねば頭を落とされる。

 老人は弾き上げられた短剣を強引に引き戻し、全力をもってナタスの刃に打ち付けた。


――骨の短剣が、ボキリと折れる。


「オ――」

 だが、そうすることで、老人はようやくナタスの動きをわずか鈍らせることができた。敵の足元に叩きつけるように折れた短剣を捨て、即座に胸から新しいものを、三本まとめて引き抜く。

 戦闘に使えそうなものの残りは、これを含めてあと二本。

 もはや猶予はなく、故に決着は近い。


 ナタスは折れた短剣を小さく跳んで避けた。そして、再度引き抜かれた何本目かの短剣を、身体を退きながら躱しつつ、牽制けんせいに小さく斬り上げる。

 斬撃を振った勢いのまま、老人は右足を前に出し、ナタスの牽制を背中越しに躱すと、短剣を胸の前まで引き寄せ、首を突く。


「フ……」

 すると、短剣の尖端が触れた瞬間、ナタスの首が、おもむろに後ろに下がった。

 切っ先に押しだされる、紙のようだ。

 そして唐突に、ぴたりと止まる。

 短剣も、首も。

 老人の剣は、なんと先端を首に触れさせながらも、すれすれの位置まで下がることで、回避されてしまったのである。

 どころか引いた足で地面を蹴って踏み込みつつ刃を横薙ぎ、打ち下ろしと、十文字に奔らせる反攻の斬撃を許してしまった。

――オオ……

 老人は横薙ぎを何とか逸らすも、即座に迫る打ち下ろしを捌くことができず、ついに、その最悪の事態に動きを止める。


 なんとしても避けたかった、最悪の事態。

 それは――鍔迫つばぜり合い。

 単純な力と力のせめぎ合い。

 それ以上に、これは純粋な武器と武器の競い合いなのである。

 力で劣れば押し負け、武器の強度で劣れば断ち切られる。

 自分の剣が圧倒的に強度に劣るのは明白だ。

 力で押しのけても、このまま押さえ続けていても、いずれ、砕かれるだろう。

 だが、どうすれば――。


 ギリギリと鳴る刃。

 いや、鳴っているのは“相手の”剣だけだ。

 自分の短剣は、ミシミシと音を立てている。

 受け止められたのは、三本を重ねて握っているから。

 そうでなければ既に剣は折られ、この身も両断されていたことだろう。

 だが時間はない。

 こちらは片腕、しかも足は棒。そう長くはたせられない

 さりとて、どうする。

 退くことはできない。

 眼前に光る剣は長刀。この足で下がれる程度の距離では、その間合いから逃れることなど叶わない。

押すこともできない。

 これ以上力を加えれば、こちらの剣が折れる。押して突き放すなど、言語道断だ。

 退けば斬られる、押せば折られる。

 どうする。

 考えろ、考えろ、考えろ――

「ッ!?」

 そのとき、老人は気が付いた。

 ――“考える”――

 そう、自分は、考えている。

 ただ操られるだけの人形だったはずの自分は、いつの間にか自分の意志を持って、動いていた。

 相変わらず声は出ない。痛みも、どころか全身の感覚すらなく、本当に身体があるのかどうかもわからない。

 それでも、我がココロはここに在る。

「オ、オオ……」

 不意に漏れた声は、嗚咽にも聞こえた。

 感謝せねばなるまい。

 死して道具と成り果てたこの身に、今一度、己の心を取り戻させてくれた、少年に。

 炎の魔法をもって問答無用に焼き払うことをせず、剣で打ち合ってくれた、少年に。

 ならば――

 もはや賭ける命はないが、せめて戦士として、この戦いに全力を注ぐことで応えねばなるまい。


「オオオオ!!」

 力を込める。反応するように、赤い光が全身を包んだ。

 老人は強引に剣を流し、そして――

 退いた。

「――っは!」

 即座に後を追う、刃。

 まさに疾風。

 巻き起こる風が、轟と鳴る。

 だが老人は、その風の中に、

「ウ、」

 今度は、“踏み込んだ”。

 まるで、ほんの少し前――自分が片腕を斬り落とされたときの再現。

 そう、これは再現なのだ。

 違うのは、攻守の立場。

 真に攻めるのは、こちら。

 刀とは、切っ先にいくほど切れ味を増す。つまりその逆、“鍔元つばもと”にいくにつれ、切れ味は鈍くなるのだ。

 所詮、この身は死体。

 筋肉など、ガチガチに固まっている。それを無理に動かしていたに過ぎない。

 故に、鍔元での一撃ならば、耐えられよう。

 それに、今さら剣を受けたところで、どうということはない。

 もう、死んでいるのだから。

 文字通り、肉を切らせて骨を断つ。いや、骨を断たせても良い――ただ、その隙に、一撃に、賭ける。

 狙いは、今一度、肩筋と鎖骨の間。

 先程は狙いが逸れたが、今度こそは心臓を貰い受ける。

「オオオ――」

 足を地に深く突き立てる。

 腕を大きく振り上げる。

 もはやこれを最後と決めたのだ。後のことなど後でいい。

 今はただ、この闘いに決着を――


「オオオオオオ――!!」

 脇腹に刃が突き刺さる。

 場所は狙い通り、相手の指にも触れられるほどの、鍔元。

 全身の力を、今この瞬間にだけ、腹に集める。

 筋肉が、さらに固まる。

「な、に……?」

 それで、刃は止まった。

「ヴアアアアアアアアアアアアア!!!」

 振り下ろされる一撃。

 狙いは違わない。

 これで、確実に息の根を止める。

――勝った。

 そう思った。

「……」


 そのときだった。


 一瞬、ほんの一瞬だけ、少年の瞳が、黄金に変わったような気がしたのは。

 そして、気が付いたときには、

「粉雪と散れ――」

 老人の身体は、短剣が少年に届く直前、二つに分かれていた。

 傷口より、はらはらと舞い散る、白い光の粒。

 それは、少年の言う通り、雪のようだった。

 これが、彼の持つ魔剣――“細雪ささめゆき”の真なる力。

 触れた物体の分子結合を解き、文字通り抵抗を無にして、斬り裂く能力。

 それは、この世に存在する“物”である限り、逃れることはできない。


「すまんな」

 少年が、ゆっくりと剣を返す。

 意図してなのか、そうではないのか。

 この身を横半分にした少年は、今度は縦一文字に斬り裂こうというのだ。

 多くの者を暗殺した人間には、十字は似合わないというのに。

「再び、お前に死を与える俺を、憎んでくれてもいいぞ……」

 何を言うか。

 たとえ死神であろうとも、もはや後悔も未練もない。

 いや、むしろ――

「ア……ウア、オオ……」

 ただ最後にそう呟いて、老人は赤い光の中に消えていった。

 終始変わることのなかった表情に、ほんの少しだけ喜びを表して。


 一人残ったナタスが、呟いた。

「『ありがとう』、か…… まさか、自分が殺した相手に礼を言われるとは、思わなかったな……」

 やれやれ、と溜め息を吐いて、少年は首元をこすった。


――ああ、ちくっとした……


 傷のないはずの首元は、いつまでも痛かった。


 いかがでしたでしょうか?

 最初のナタスvs老人の部分、二人でダンスを踊っているように描きたかったのですが…… そう見えましたかね?

 さて、続きはまた明日に投稿したいと思います(量が量なので)。

 次回も、よろしくお願いします。

 感想、評価もいただけると嬉しいです。最近、90日以上経過による信頼度の低下で、評価がガクンと下がってしまったもので…… ちょっと凹んでいる僕に、愛の手を……

 図々しいですね、ごめんなさい。

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