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第二話

 今回は、この物語における”魔法”についての描写をいたします。

 どうぞ、お楽しみ下さい。

 時計の針が、一時を過ぎた。

 時間を伝える、という仕事を今しがた終えた鐘は、先程の賑わいとはうって変わった静けさの中にいる。

 “時”という概念を具現化するそれは、本来戻るはずのないところへと回帰し、この地に住まう人々にまた時の流れを告げるのだろう。





 昼食はとても豪華なものになった。

 彼らの入ったレストランの品々は漁師料理を基にしていたらしい。素朴ながらも絶妙の味付けで素材を存分に活かし、無駄な趣向も飾りもしない、豪快かつボリュームのある料理の数々がテーブルに並んだ。

 アリアムのはからいで、ディアナとセレスも食事にありつくことができた。その満足感からか、舌でぺろりと口元を拭っている。

 食した料理の感想に、二匹して曰く、最高! だそうだ。


 そして今、食事を済ませた彼らは時計台まで戻ってきて、町を回るということに関して簡単な議論をしていた。町の中心に戻ってきたのも移動がしやすいからだ。

「さて、どこへ行ってみようか」

 この町には地魚以外にもいくつかの特産品がある。真珠のネックレスのような高価な物から、美しい貝殻を用いた各種アクセサリ、色付けした砂と水を小ビンに詰めたミニチュアのアクアリウムなどの工芸品がそれに当たる。

 また、水路を持った独特の町並みは、巡るだけでも充分に楽しめそうである。

「う〜ん、そうですねぇ…… あれ?」

 そう言って首をかしげたアリアムは、頬に滴が落ちてくるのを感じて、空を見上げた。

 少しばかり雲が見受けられるようになったものの、天気は相変わらず良好。陽光はむしろ目に痛いくらいに眩しい。

 それでも雨はぽつぽつと次第に強さを増して、すぐに明るい日差しを受けた小さな滴が辺りを覆っていく。

 太陽の光を受けた雨粒は空中で煌めいて、まるで町に無数の宝石が散りばめられたようである。

「雨、ですね……」

 美しい光景を眺めながら、それでもアリアムはぷうと頬を膨らませる。

 これからあちこち行ってみようと思っていた、その出足を挫かれたためか、それとも降り始め特有のほこり臭い匂いのせいか、どこか不機嫌そうだ。

 そんな彼女をいじらしく思いつつも、ナタスは慰めの言葉ではなく、とりあえずの打開策を持ちかける。

「仕方ない、先に宿に入ろう。“天気雨”ならば、長く降り続いたりはしないだろう」

 荷物も置けるし、と付け足してから、ナタスは宿屋の位置を思い出す。たしかここへ来る途中の道にあったはずだ。

 来た道を振り返り、宿屋を確認する。

「あそこだな。よし、濡れたくはないから、一気に行こう。掴まっていてくれ」

 走っていく、とでもいうのだろうか。それにしては、掴まれというのはいささか妙な気がする。しかも、ナタス自身も走り出そうという風には見えない。

 アリアムはナタスが何を言っているのかよくわからなかったが、とりあえず指示通りに、彼のコートのはしを握った。


 それを確認したナタスは、真っ直ぐ宿屋の方角を指差し、目をつむって何かを呟き始める。


「座標面、指定。基準点、決定」

 呪文か経文きょうもんか、というように小さな声で。

「終着点、選定。中心線、確定」

 何かをしているということだけがわかる言葉を。

「指定座標平面――」

 語尾に力が、言葉に魔力がめられる。

「――歪曲!」


 次の瞬間、アリアムは体が浮き上がるような、体中の血液が昇っていくような気持ちの悪い感覚に襲われて、思わず目を閉じた。


「もういいぞ。さあ早く入ろう」

 その感覚が消えた頃、ナタスの声が聞こえてきた。声を受けてアリアムはそっと目を開く。

 そして飛び込んできた光景を見て、驚いてしまった。

 今までその直下にいたはずの時計台は遥か後ろに、場所も知らなかった宿屋はすぐ目の前に。

「すごい、瞬間移動…… これって、魔法ですよね!?」

 雨に濡れるのにも構わず、アリアムは両手を広げ体中で喜んでいる。その姿には、本当に無邪気さというものが感じられた。

「ナタスさんも魔導師さんだったんですね!」

「まぁ、な」

「あ、じゃあもしかして?」

 そう言ってアリアムは白黒二匹の猫を見やる。

 二匹は一瞬だけ彼らの主人の方に目を向けると、主人に了承を得て自己紹介を始めた。

「はじめまして、ディアナといいますわ」

「オイラはセレス。ヨロシクッス」

「うわぁ…… すごい、すごいです!!」

 目をキラキラと輝かせながら、アリアムが飾らない驚きと賛辞の声を上げる。

 だがそれには取り合わず、ナタスは.

「とにかく、早く宿に入ろう。これ以上濡れたくない」

 自分の意見を端的に語った。語って、返事もろくに聞かずにスタスタと中に入っていった。





「さっきの魔法、どうやったんですか!?」

 二人は宿泊の手続きを済ませると、各々の部屋に案内された。

 しかしアリアムは自分の部屋に行きもせず、荷物さえもそのままにナタスの部屋に入ってきて、この質問を繰り返していた。

 当然、二部屋取ってはいるが、そんなことよりも彼女は先程の魔法の方が気になるのだろう。

 もともと部屋はそれほど広くない。人が二人に猫二匹、それぞれの大きな荷物が入れば、瞬く間に狭くなる。

 移動するのにも、いちいち足元を気にしなければいけない状態になっていた。


「魔導師など、今時珍しくもないだろう?」

 ベッドに腰をおろしたナタスが、面倒くさそうに答えた。

「ナタスさんも魔導師だったんですね!」

 大きな声で喋りながら、アリアムはチョロチョロと動き回って、ナタスの正面に迫る。あまりの近さにナタスが反対を向くと、やはりそれについてきて向かい合う。

 二人は、そんな“いたちごっこ”を続けていた。

「それも、“使い魔”を連れているなんて、凄い魔導……ふぃふぁんなんえふれ??」

 と突然、ナタスが言葉の途中でアリアムの口を塞いだ。

 やや呆れながらも、小さな子供に言い聞かせるように言う。

「あまり大きな声で言うんじゃない」

「ふぁんれれふあ?」

 念のためにいうと、この訳のわからない文字列はアリアムの発言である。話し難いことこの上ないだろうに、彼女は何故かそれを振りほどこうとしない。

 ちなみに翻訳すると、「何でですか?」になる。

「あのな、いいか……」――


 ――実のところ、魔法使いに嫌悪感を抱くものは少なくない。しかも近年、その傾向は特に強まりつつあった。

 不死者“サームーン”となるために、手段を選ばない過激なやからが増えているのである。

 何もそれは魔法使いに限ったことではないのだが、元々が超自然的な力を扱う者たち。ゆえに自身の力におぼれ、倫理や人道を無視した行動に出る者も、少なからず存在したのだ。

 ディアナとセレスが町では声を出さないようにしているのも、そこに理由がある。

 彼らのような“使い魔”と契約を交わすための魔法というのも、高い技術を持った者にしか扱えない。したがって、連れることができるのは優れた魔導師だけ、ということになる。


 それらの理由から、ナタスたちは十分畏怖いふするに足る存在なのだった。

 自分独りで生きているわけではない、ということを理解しているナタスにとって、“町”という媒体をなくすことは、避けたい事態なのである。


「……というわけだから、俺は自分が魔導師であることは伏せているんだ」

「私も魔導師なんですよ!」

 もはや常識ともいえるような事柄を、疲れたような表情で説明していたナタスだったのだが、

「!? 本当か……?」

 彼女の“魔導師”という言葉には、さすがに反応してしまった。


 先程魔法を使ったのは、この町の人間が、そしてアリアムが魔法に対して偏見を持っていない、と判断したためである。

 彼女がそこまで愚かな人間だとは思えなかったが、相手が魔導師だとなると警戒しないわけにはいかない。


「はい。まだまだ未熟ですけど」

 ナタスに不信感を向けられたことなどつゆ知らず、アリアムはえへへと照れ笑いをした。

 しかし次の瞬間、彼女は急に真剣な眼差しになり、右手を顔の前に差し出して、わずかに俯く。

 窓から差し込む光に照らされるその姿はとても幻想的で、まるで神に祈りを捧げる聖女のようだ。

 そして、手を前に伸ばすと、ポン、という軽い音が響き、差し出された手に一輪の小さな白い花が現れた。

「これは、スノードロップ?」

 その名の通り、純白で雫のような形をした可憐な花。

 二月から三月という真冬に開花するこの“スノードロップ”には、かつて色の無かった“雪”に自分の色を分けてあげたと言う伝説が残っている。

 この花のおかげで、雪は色を得ることができたのである。

 そして、雪は今でもそれを感謝しているらしい。真冬にも関わらず、スノードロップが咲く場所だけは、雪が解けているのはそのためだ。

 きっと、雪がスノードロップに“恩返し”をしているのだろう。


「はい。私の一番好きな花なんです。私にできる魔法はこれくらいです」

「そ、そうか……」

 アリアムはどうぞ、と言ってナタスに花を手渡した。

 この花を贈り物にするときには、とある理由から気を遣うべきなのだが、どうやら彼女はそのことを知らないようだ。

「魔法、ね」

 ナタスが受け取った花を見ながら、安心したように言った。

「その様子だと、いろんな人に“魔法”を見せてきたと察するが…… なるほど、これならば問題はないな」

「へ? どういう意味ですか?」

 本当にわからない、と言う表情を見せる少女に、ディアナがやや意地悪に言う。

「同じ”magic”でも、これは“手品”と訳されるべきものですわね」

「ち、違います! 魔法ですよ、ま・ほ・う!!」

 認めたくないのか、それとも本当に魔法だと思っているのか、アリアムは顔を真っ赤にしながら反論する。

 しかし、こういう愉快な人間はからかってやりたくなってしまうのがナタスらだった。

「手の中に仕掛けがあったのが、見えてたッスよ〜」

「どちらにしても、もう少し腕を上げるべきだな」

「ぶぅ……」

 もはや何から何まで見抜かれていたアリアムには、頬を膨らませることが残された唯一、精一杯の抵抗だった。




 次話は、今回の魔法の理論(屁理屈)を説明いたします。

 引き続き、お付き合い下さい。

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