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第十七話

 本当に遅くなりました。

 待っていて下さった方々、申し訳ありませんでした。

 『止めてみせる』――。

 そう言った少女の傍らで、少年はその言葉の意味を考えていた。

 相手を“止める”というのは、いかなる感情こころから生まれるものなのだろう。

 相手を想う悲哀からか。それとも、相手を認めぬ憤怒からか。

 だが、それは考えるまでもないことだった。

 少年は知っている。今の彼女は、相手を“否定”するという感情をほとんど持っていないということを。つまり、彼女は相手を認めない、などという考えには至らないのだ。

 だから彼女は“止める”と言った。“相手”を否定するのではなく、相手の持つ、“その考え”を否定するために。

 それは相手を想う悲哀であり、同時に“そうさせてしまった意志”への憤怒である。

 そうであるが故に、彼女はまだ、彼女たりえている。


 少女が己の意志を示すかのように、力強く大地を蹴った。


 しかし、一人々々ひとりひとりが持つ世界ココロというものは、決して他者の入り込めるものではない。影響を受けることこそあれど、真にその世界を理解できるのはその世界を構築する人物――すなわち“自分”だけなのである。

 だから相手の意志を否定することは、相手を否定することに等しい。相手を否定せず、考えだけを否定するなど、できようはずもないのだ。

 少女はそれに気付いていない――いや、気付いているのに、そうでないフリをしているだけだ。

 彼女はあんなにも辛そうな顔をしている。本当は気が付いていて、それでも相手を信じたがっているのだろう。

 だが、少女は――アリアムは、すぐに認めざるを得なくなる。

 そんな都合のいいことはない、と。

 そうして、“そんなことはない”とまたそれを否定して、結局、アリアムは望まぬ世界を作り出す。


 少女が自分の信じたがっている聖女に向かい、杖を振るった。


 なんという泥沼だろうか。

 信じたいと思えば思うほど、アリアムはそれを否定しなければならなくなるのだ。『どんな事でも受け入れられる』が故に。自分が信じたいと願う理想をこそ。

 それでも必死に噛み締めて、否定することを否定しようとして、最後には――。

「……」

 ナタスは思う。

 もし、アリアムがそれら“全て”を許容できずに拒絶を求めれば、その瞬間、彼女――“拒絶”が領分であるという、もう一人のアリアムが現れるだろう。

 ナタスも彼女に会いたくないはずはない。彼女の持つ、全てを消し去る魔法こそが自分の悲願への道なのだから、もう一度と言わず何度でも合って、あの魔法を見たい、知りたいと思う。

「だが……」

 今のアリアムに全ての否定など、させるわけにはいかないのではないか、とも思う。もし、もう一人のアリアムが現れるようなことがあれば、彼女のココロは壊れてしまうのではないか。そんな気がしてならない。

 ならない、が、しかし――。


 繰り出される少女の打突は、しかし踊るような優雅な動きで完全にかわされていた。


 それでも、あの闘いはアリアムに任せなければならない。

 信じることも、否定することも、それは彼女の世界ココロ。ならばその世界に、他者である自分が介入する余地がどこにあろうか。

 どのような結果になろうとも、自分はそれを見届ける。

 他ならない、彼女が信じるもののために。


 聖女の叫びに応え、魔法生物ニンギョウが動き出す。


 そう思ったと同時に、少年――ナタスは一歩を踏み出していた。

 考えてみれば珍しいことだ。いつも理屈ばかりが先行する自分が、ただ一つの思いで動き出すなど、思いもしなかった。

 アリアムのように、“止める”などという考えはない。強いて言うならば、シルファの考え方が気に入らない、という程度。

 それでも、否定していることに変わりはない。認められないなら、消してしまえばいい。それだけのことだ、と思っていた。

 けれど、もし否定することなく場を収め、シルファを止めることができるのならば、その方がいいに決まっているだろう。

 アリアムにとっても、シルファにとっても。

 ならばやるべきことは、一つ。


――アリアムの闘い、その邪魔は誰にもさせない!


 アリアムに向けて繰り出された魔法生物の腕を、ナタスは押し止めた。そうして、ニンギョウをアリアムから遠ざける。

「お前の相手は俺だ」

 アリアムが自分の闘いにのみ集中できるように、アレは自分が任されよう、と剣を構える。


 その中で、ふと思った。

 こんなにも誰かを思うことは、いつ以来だっただろうか、と。


 妙に懐かしい感覚は、同時にどこか切ない味がした。




「そうですか……」

 シルファが視線を下げながらぼそりと呟いた。

 月がかげる。

 つい半刻前まで立ちこめていた死の匂いは、風に流れて消えていた。

 闇を取り戻した森はどこまでも静かで、水中で膝を抱えて浮かんでいるような、そんな穏やかさすら覚える。

 まるで胎児の頃に戻ったような感覚。

 だが、冷たい風に吹かれると、その先に在るものは生の喜びではなく、死の恐怖であることがすぐに理解できる。

 ここは確かに、温もりをくれる優しい母ではなく、冷厳れいげんな死神の降りた森なのだ。

 その森、丸くくり貫かれたような広場に立つ、四つの人影。

 四人は互いに二組に分かれ、円の端と端、直径の線上に向かい合う。

 その光景は、まさに争いの起ころうとしている、“闘技場コロシアム”だった。

「私は、止まりはしない…… “あの子たちを死の世界から取り戻し、再び笑顔を灯す”――この望みを叶えるまで、絶対に立ち止まりはしない」

 シルファが伏せていた顔を上げる。

 アリアムの決意に答えるように、空色に輝く瞳。眼前の少女と同じく、その双眸に己の決意を秘めて、シルファはアリアムを睨みつけた。

 身体は完全に真横を向く姿勢。顔だけを正面に向け、右腕を地面と平行に差し上げて心臓を抱くような構えをとる。

 そして、最期に――


「祈りなさい。せめて、安き眠りを迎えられるよう」


――誰かの安息を願うように、十字を切った。




「――!」

 だん、と泥の地面にも力強く音を鳴らして、アリアムが駆け出す。まるで流星が尾を引くように、それを追って流れる長い髪。

 杖を脇にい込んで、踏み込む姿勢は低く、はやく。

 その速度たるや、まさに風の如し。

 対する蒼の聖女は動かない。ただ視線だけで少女を追う。

 少女の速度が突風のそれならば、彼女は緩やかな小川だった。ふわりとした姿勢で、ただ直立している。

 圧倒的な速度で間合いを詰めるアリアムと、それをただ佇んで見つめるシルファ。その両者の動きは時間の流れが違うとしか思えなかった。

 それでもシルファは動かない。

 だが、アリアムも決して止まらない。もう躊躇ためらわない。相手が止まっているのならば、それこそ好機といわんばかりにその速度を速める。

 この間、三秒とかかっていまい。

 一瞬の内に間合いを詰め、地に足を踏みしめて上体を伸び上がらせ、腕を前方へ突き出す。

 足で、膝で、腰で、腕で、エネルギーを受け取り次へ流すその一連の動作は、波のように少しずつ力の焦点を定めていく。

「はあっ!!」

 そうして、その力が焦点――杖の先端に達する瞬間、アリアムは旋風の如き打突を繰り出した。

 力を一点に集約したそれは、真っ直ぐに標的の中心を目指す。

 それでも動かぬシルファに、その杖が命中する――

「残念です」

「な!?」

 ――直前、シルファの身体が突如、滑るように横に流れた。

 まるで掴もうとする指をすり抜ける、宙を舞った枯れ葉のように、彼女は何一つ体勢を変えることなく、ふわりと打突をかわしていた。

「貴方なら、わかってくれると思っていたのに……」

 真横から聞こえてくる、冷たい声。

――くっ

 今まで感情を伴わなかったそこに、今度は明らかな敵意が混じっていることを感じて、アリアムは咄嗟とっさに構えを取ろうとする。

「あの子たちはずっと苦しんできた。その末に手にした幸福しあわせを神は一方的に奪い取り、あまつさえ死することまで彼らに強いた……

 あの子たちは幸福にならなければならない。笑顔で生きる自由が与えられなければならない! だというのに、何故“神”だというだけで、そんなにも不当に彼らの生命を奪うのか!

 私は、あの子たちの笑顔が見たいだけ…… あの頃の幸福を取り戻したいだけ! それなのに――」

 きりきりと横を向く青い瞳に初めて“感情”という火を入れて、シルファはアリアムを強く睨みつけた。憎きかたきを見つけたように、ギラリとした眼光を叩きつける。

「それなのに――何故、それをわかってくれないの!!」

 その叫びに呼応するように、傍に控えていた魔法生物ニンギョウが動き出す。

――オオオ!!

 突き出される黒い腕。

 先程の、自身の打突の焼き直しかとも思えるそれに抗する術は、アリアムにはなかった。

 防御のために構え直される杖と腕との隙間を通り抜けるように、死人の腕が伸びる。

 が、それはアリアムに届く前に、横合いから現れたもう一本の腕に押さえられていた。

「間違えるなよ。お前の相手は俺だ」

 ナタスが魔法生物の腕を掴んだまま、ちょっと人に道を尋ねるような気軽な声で言う。しかし、その瞳には溢れるほどの闘気が篭もっていた。

 そして、ナタスはその闘気をぶつけるようにシルファへ視線を投げると、反対の手にした刀の切っ先をシルファに向けて、水平に構える。

「っ!」

 シルファが咄嗟に距離を取る。

 魔法生物も、ナタスの視線が自分から切れたその一瞬の隙を突いて掴まれた腕を払い、体勢を立て直すために大きく後方へ跳び下がった。


「よく動く人形だな……」

 それを追撃せずに見送ったナタスは、ぼそりと溜め息を吐いた。

 彼の視線の向く先は、向かって右側の魔法生物。左むこうに立つ、シルファのことなど眼中に無いとでもいうように、彼は老人だけをその瞳に映していた。

「アレは不愉快だ。これ以上は見るに耐えない。

 アリアム、俺は全力でアレを始末する。その間、あちらの女の相手ができなくなるが……?」

 静かに言う。

 口元だけを歪めたその横顔は、不気味なほどに不敵だった。

「――!」

 その笑みを見て、アリアムは直感する。

 彼の言葉には、自分に向けた何か別の言葉が篭められている、と。

 あの魔法生物が不愉快だというのは本当なのだろう。彼の言葉の端には怒気が篭もっていたし、何より彼が静かになるのは怒りの現れであったからだ。

 だが、おそらく彼の真意はそこではない、別の部分――。

 問うまでもない。彼はこう言っているのだ。


 ――お前自身の手で、彼女と決着をつけろ――と。


 その思いやりを噛み締めるように、アリアムは改めて杖を構え直す。

「わかりました。それなら、シルファさんの相手は私が引き受けます」

「よし。セレス、ディアナ、お前たちはアリアムの援護にまわれ。悪いが俺は手を貸せない。お前たちだけで何とかしろ」

「はい、ありがとうございます!」


 その言葉を弾みに、アリアムは再び蒼瞳の聖女に向かって走り出していった。

 振り返りもせず、脇目も振らず、ただ真っ直ぐ。

 友の暴走を、止めるために。




「やれやれ……」

 ナタスはまた、溜め息を漏らした。本当に面倒なことになった、と。

 テロの犯人探しに来たはずなのに、逆に被害者と思われる人物と会うことになるとは、思ってもみなかったのだ。

 しかし、考えてみれば妙でもある。

 シルファの言動から察するに、彼女の言う“あの子たち”というのは、教会に引き取られていたという孤児たちであろうことは容易に想像がつく。

 彼女が火災の被害者であるというならば、教会跡に姿を現したことも説明できる。

「それに――」

 ナタスは正面の腐りかけた老人を見る。

 あれも、先程の動物たちの魔法生物も、シルファの作ったものだと、彼女自身が言っていた。

 それも別に良い。

「だがしかし……」

 被害者だというなら、何故教団に名乗り出ないのだろうか。

 そして何より、

「あいつは何故、“子供たち”のことしか口にしない……?」

 それが、妙で仕方がない。

 発見された遺体は、五人の子供と、一人の成人女性。

 明らかに、彼女はその女性のことを気に掛けていないのである。

 意図的に、なのか。それとも無意識に、か。あるいは、まさか――。


 とそこで、ナタスは軽く首を振った。

「まあいい。それは本人に訊くことにしよう」

 一人呟きながら剣の握りを確かめて、かすかに切っ先を上げる。

 すらりと伸びた銀の刃。

 死出しでの旅路へいざなう、魔剣――細雪ささめゆき。その刀身には、旅へ赴くことになるだろう一人の老人が映し出されていた。

「全く…… どこの誰かは知らんが、お前には同情するよ。“死んでいるのに生きている”というのは苦しかろう。俺も似たようなものだから、お前の気持ちはよくわかる」

 剣の中の老人は、自分の腹を裂いて手を捻じ込むと、肋骨を一本、鷲掴わしづかみにして引き抜き、構えた。

 そしてわずか腰を下げ、いつでも飛びかかれるように力を溜めている。

「だから、終わらせてやろう…… この俺の手でな。そして叶うのならば、来世の姿で俺の前に立ち――」

 老人を剣に映したまま、ナタスは半歩前に踏み出す。しかし全身はさらりと流水の如く、清らかに、穏やかに。

 どんな状況、どんな体勢であろうとも対応できるよう、肩にも腕にも力は入れず、自然に構える。

 そうして、ナタスは戦闘態勢を整えた。

「お前の得た“死の概念”、“死の世界”を、いつの日か俺に教授して欲しい」


 再び、舞台に月影が降り注ぐ。

 銀剣は妖艶ようえんに輝き、白骨が濁った粘液で光沢を放つ。

 その二つの光はそれぞれの軌跡を描き、


「散れ――!」


 踊るように交差した。

 いかがでしたでしょうか?

 この第二章、途中でプロットの変更などがあった所為で、流れが滅茶苦茶になってしまっていますよね。

 なんだかもう、いっそ書き直したいくらいです……

 これからはこんなことがないように、綿密に計画を立てていこうと思います。ということで、見苦しいですがこの章、もう少しお付き合い下さい。お願いします。

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