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第十五話

 

 ぜる火山のように湧き上がる、火炎の柱。

 一部だけをわずかに欠いた火柱は、炎を伴った竜巻のように轟々ごうごうと熱風をいて空へ昇り、頭上を覆う木の葉の天蓋てんがい、どころか雲さえも吹き散らす。

 その姿、天を焼き尽くす火龍の如し。

 そして、紅蓮の火龍に飲み込まれ消えていく、茫漠ぼうばくとした赤い光。

 柱の中心にいるモノたちは巻く風に自由を奪われ、炎に身を焼かれながら酸素を奪われ、呼吸することさえも許されない。

 これほどの業火猛風ごうかもうふうの中では、残されるものなどありはしないだろう。

 地面はえぐられたように穴を開け、葉は枝ごと旋風に散り、樹は根元のみを黒くして体の大半を失っている。

 やがて炎の閃光が消え去った跡には、その魔法を発動させた者、発動を事前に知りえた者たち以外、何も残ってはいないと言ってよかった。


 ただ、一つの例外を除いて――


「ち……」

 炎の魔法を発動させた者、ナタスが小さく舌を打つ。

 彼はこの魔法で、全てにカタをつけるつもりでいた。

 これほど強力な魔法を発動させたのは、多数の魔法生物を一度に殲滅せんめつするためだけではない。

 周囲に炎が広がることを防ぐ、そのためでもあったのだ。

 巨大な炎は周囲の空気を温め、空へ駆け上る気流を発生させる。その気流に乗って空気が空へ昇ると、その欠如を埋めるように周囲から再び空気が流れ込む。

 つまり、炎が鎮まるまでは周囲に炎が撒き散らされて広がるのではなく、周囲が炎に飲み込まれるように集まっていくのである。

 さらに上空に行くほど酸素濃度は低くなり、すなわち火の勢いは弱まる。仮に巻き上げられた物体が炎にまみれていようとも、空に上ることでその勢いを削がれ、落下と旋風の圧力で消え失せる。

 万が一、未だその身に炎を宿していようとも、落ちた先は雨に濡れる大地。燃えることはおろか、くすぶることさえもありはしないだろう。

 そして、その竜巻の如き風が、全てを飲み込み吹き飛ばす。

 あとに残るものは、炎どころか何もない――はずだった。


「あれでも残っているモノがあるとはな……」

 彼の眼前には、月に照らされて光沢を見せる球形の闇。その周辺には乾いた土が散乱している。

 まるでカカオパウダーの上に置かれた、巨大なチョコレートボールだ。

「あれは…… 泥!?」

 アリアムが瞬時に看破する。

 天蓋がなくなって月明かりが届くようになったおかげか、辺りは良く見える。また、急激な上昇気流が発生したせいで、上空の雲もその力を失ったらしい。霧のような雨は晴れて、視界はすっきりとしていた。

 だからこそ、くっきりと浮かび上がる球状の闇が、泥の塊であることがしかと見て取れた。

「なるほど、泥で包んで炎から身を守ったのか。周りに土が散らばっているのは、炎を受け、泥が乾いて落ちたというところだろうが…… それでもなお形が残るのだから、よほど大量の泥を操ったのだな」

 ナタスがわずかに眉根を寄せて、泥球を見つめつつ吐き捨てる。その様子は実に忌まわしそうだ。

 あの魔法にはよほど自信があったのだろう。実際、思い出すと身震いしてしまう。下手をすれば自分も巻き込まれていたのではないか――まぁ、ナタスに限ってそんなことはないはずだとも思うが――とさえ、アリアムは感じていた。

 それほどまでに強力だったあの猛火の中で、全てを防いでこの泥の塊は存在し続けたのだ。

 彼にとっては、敗北感にも等しい感情で胸の内が満たされているはずである。

「フン…… 一体、誰の芸当か」

 あからさまに侮蔑ぶべつの視線を闇に向けるナタス。

 その視線の向こう、漆黒の泥の塊が山鳴りのようなうなりを上げている。その表面はゆっくりと渦巻いて、生物の体内の蠕動ぜんどうを連想させた。

「さて、中には何が入っているのかな」

 そういう言葉とは裏腹に、ナタスは大した興味はなさそうだった。中身がなんであろうと関係ない、ということだろう。焦るでもなくはやるでもなく、悠と歩み寄っていく。

 刀を上段に振りかぶり、そうしてチョコボールを真っ二つに分けようとして、

「!?」

 突如、その中から飛び出す棒状の何かに阻まれた。身を捻ることで、ナタスは辛うじてその刺突を回避する。

「くっ!」

 続けてもう一本、ナタスの顔面目掛けて槍のように追撃が突き出される。それを大きく後ろに跳んでかわすと共にナタスは距離を離した。

 彼の頬に赤い筋が流れる。

「ナタスさん!」

「かすっただけだ。それより……」

 と言って、頬を拭いながら泥を睨む。綺麗な球を為して流動していた塊はその流れを止め、つののように突き出た歪な棘によってその形を崩し始めていた――否、その何かが中から這い出そうと、うぞうぞうごめいて泥をがしている。

「腕……」

 どろどろと流れ落ちる球から突き出ている棒状のものは、紛れもなく人間の腕。

 闇の向こうからこちらの世界をまさぐるように腕を動かし、表面の泥を溶かすその姿は、まるで卵から孵化しようとしている怪物だった。

 いや、少なくともそれは、人間ではない。

 ごぼ、と鈍い音を立て、今まで球を為していた粘度の高い泥が、血の流れるように地面に円形に広がっていく。

 その円の中心に立つは、一人の老人。

 這い出ることに力を使い果たしたのか、背を曲げて力なく頭と両腕を下げている。

「やはり、コイツが隠れていたか……」

「……」

 剣を握り直すナタス。杖をかざすアリアム。

 それに反応したかのように、老人の体にぼんやりと赤い光が灯る。


――オ、オ……


 それは、吹く風に響く風鳴りか。

 臭気を撒き散らしながら老人だった魔法生物ニンギョウが、ゆらりとその頭を上げた。


――オオオ!!


 森を震わせるように魔法生物が戦慄わななく。

 ――瞬間、ニンギョウは大きく弾け跳んだ。

 月を背後に描かれる鮮やかな放物線。その落下先はナタスとアリアム、双方のちょうど中間――!

「ち!」

「くっ……」

 ナタスとアリアムは同時に、しかしまったくの逆方向へと飛び退く。

 ――直後、轟音が鳴り響いた。巻き起こる突風、舞い上がる土煙。

 あの小柄な体格で、一体どうすればこれほどの威力を出せるものなのか。あろうことか、あの老人の魔法生物は落下の衝撃に乗せて両手両足を地に打ち付けることで、巨大な岩でも落下したかのような大きなクレーターを作り出していた。

 にも関わらず、かのモノの動きは、わずかにも止まらない。

 叩きつけた両手両足を支えに、魔法生物は即座に大地を打つ。その力は今度は穴を穿たず、自身の体を弾丸のように打ち出していた。

 向かう先は、未だ突風に髪を揺らす少女――アリアム。

「!!」

 アリアムはそれを視認するも、体が反応できなかった。今は突風に飛ばされぬよう体を支えるだけ。避けることはままならない。

 ならばせめて直撃しないようにと、杖で防御の体勢を取るので手一杯だった。

――オオオ!!

 差し出される、汚れた片腕。

 真っ直ぐに首下を目指すそれを、アリアムは寸でのところで受け止めた。

 杖を伝わる鈍い衝撃が、支えた両腕に麻酔のようなしびれを残しながら全身を駆け巡る。

「くぅ!」

 その衝撃がかかとまで達したとき、アリアムは大きく弾き飛ばされていた。

 宙を舞う感覚は一瞬。すぐに背中から墜落して、少女の体は地面を滑るように走っていく。

 ガリガリと背中を削る小石混じりの地面。肩を叩く木々の根。

 しかし、それらはいずれもすぐに砕けて、少女の体を後ろへと流していく。

 炎の魔法によって周囲の木が軒並み高さと強度を失っていたのだろう。アリアムは木に激突するも、一度にその衝撃をゼロにする反動は受けず、徐々にその力を減衰させて、最後は幹に寄りかかるような姿勢で動きを止める。

「う……」

 すぐに立ち上がろうとするアリアムだが、痺れた体は動かそうとする意思に反して、動いてはくれなかった。力の入らない腕は体を支えることができず、みじめに地面を転がる。

 その無防備に寝転ぶアリアムに追撃をかけんと、魔法生物が地を蹴る。

 が、その二人の間に割って入ったのは、今度はナタスだった。

「はああ!」

 長刀を片手に魔法生物を迎え撃つナタス。老人も構わずに突進をかける。

 刹那の交錯。切り上げられた肉塊。ナタスの銀光が老人の腕を捉えた――かに見えた。

「何!?」

 しかし弾け跳んだのは腕の肉ではなく、どこから持ち出したのか骨の槍、その穂先だけだった。魔法生物はナタスの読みに反して、武器を扱うという能力を有していたのである。

 突き出される槍は穂先を斬られてもなお速度を緩めず、真っ直ぐにナタス目掛けて走っていく。

 繰り返される交錯。この間、わずか四半秒。

 一瞬の内に攻めから守りに入らせられたナタスは、舌を打ちつつ槍を真横に弾く。

 老人も更なる連撃を加えることはなく、弾かれるままに飛び退いた。


「ニンギョウのくせに機転も利く……」

 ナタスは離れた間合いを確認しつつ、憎らしげに評する。

「ナタスさん……」

 そこに、わずかに足を引きながら合流するアリアム。ナタスの傍らで彼女もまた、魔法生物に対し、杖を構える。

「無事で何よりだ。まだ、いけるか?」

「はい。それにしても……」

 答えてアリアムは、老人の姿をした魔法生物を見やった。

 ナタスもアリアムも、魔法生物との戦闘――特に人間のニンギョウとの交戦経験はないに等しかったが、これほどまでに厄介だとは思っていなかった。

 ただ牙や爪を武器に向かってくる動物のモノとはまるで違う。両手両足に加え、アレは武器も手にして攻撃をかけてくる。

 その上、自身の体を傷つけるほどの反動をまるで省みない、まさに全身全霊の攻撃。厄介という他あるまい。

 しかし、いかに“動かされるだけ”の人形とて、壊れてしまえば動けなくなることは必定である。自らを省みない攻撃を仕掛けるようでは、戦いが長引けば長引くほど、あちらにとって不利な状況になることは間違いない。

 そもそも“魔法生物”とは、とかく衝撃に弱い構造をしているのだ。それが、あのような強力な一撃を放てるものなのだろうか。

 使い捨てにされている可能性もなくはないが、アレを操る魔導師が今まで姿を現さなかったことから考えると、魔法生物を操作することだけに特化した魔導師なのだろう。それならばなおのこと、あれは逃走のための足止めに使われるはずだ。

 しかし、あのニンギョウは徹底抗戦の様相を見せている。

 とすれば、“遠く離れた場所からは操作できない”という制約があるために、この近くに自分たち以外の魔導師がいるということになる。


――ううん……

 そこまで思考を巡らせて、しかしアリアムは胸の内で首を振る。

 本当はわかっていた。気付いていた。想像もできていた。

 これが、誰の手によるものなのか。


 そっと俯いて、アリアムは顔も向けることなく囁くように話し掛けた。

 ――闇の向こうにいる、あの人に。

「やっぱり、あなたなんですか?」

「ええ、そうです」

 アリアムの静かな声に対したのは、高く柔らかな声。

 駅で、河原で聞いた覚えのある、優しさを伴っていた“はず”の声。

 アリアムは思わず、ごくりと唾を飲む。


 そんなはずはない。

 そうであるはずがない。

 そうであって欲しくない。


 ずっと思い、願ってきたことは、しかし、やがて現れる一人の女性の姿によって、無惨にも掻き消されてしまった。

「こんばんは、アリアムさん。またお会いしましたね」

 ぬけるような白磁はくじの肌。輝く金髪ブロンド。空を思わせる蒼の瞳。

 軽く触れただけで折れてしまいそうな痩身そうしんに質素な濃紺の法衣を纏い、左耳だけに紅いピアスをつけた、どこか幼げでありながら大人らしさを持った若い女性。

 そう――

「シルファ、さん……」


 シルファ=ムルルーム、その人だった。



 いかがだったでしょうか?

 この展開、予想通りですよね……単純でスイマセン。

 さて、ようやく終わりが見え始めてきた第二章。

 これからも宜しくお願いします。

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