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第十四話

 魔法生物まほうせいぶつ――動的な構造を持つ物体に魔力を注ぐことで、ある程度の遠隔えんかく、自在操作を可能にする技術。ぞくに“マリオネット”とも呼ばれる。

 この魔法最大のアドバンテージは、術者が直接手を下すことなく、同時に多数体をもって目的を実行することが可能になる点にあった。

 ただし、“操り人形”の俗称ぞくしょうが示す通り、操作には緻密ちみつな技術を必要とするため、操作中は他の魔法の使用ができなくなり、また習得自体も非常に困難で、自在に動かせるようになるには多大な訓練が必要になる。

 素人しろうとが、人形を『らしく動かす』ことができないのと同じである。

 さらに、最大の欠点として、『衝撃に弱い』ことが上げられる。

 魔法生物は精密であるが故に弱く、もろい。簡単なことでその“操り糸”が途切れ、呪縛じゅばくから解き放たれてしまう。

 そのため、戦闘に用いられることはほとんどないと言って良かった。

 二本足――すなわち人間の魔法生物ともなれば、その特徴はことさら顕著けんちょだった。

 二本足であるが故の、操作の難しさ。重心が高くなる故の、バランスの悪さ。

 簡単に活動を停止してしまうことを考えれば、戦闘に用いることなど効率の悪いことこの上ない。


 だが、目の前にあるのは、まごうことなき老人の姿をした二本足の人形。

 緩慢かんまんながらゆっくりと歩くその様は、少しばかり足腰を悪くしてしまったような老人のそれと、同じだと言っても過言ではなかった。

 もしアレが街中を歩いていたとしても、多くの人間は気付くことなく、ただすれ違うだろう。

 無論、それも正体を隠せば、の話である。

 正確には、正体と言うより肌――いや、“肉”か。

 かの老人の死より、数日は経っているのだろう。彼の肉は腐り始め、異臭を放ち出していた。彼を構成する蛋白タンパクが変異を始めている証拠である。

 それでも、まだ形がしっかりとしている分、周囲のオオカミやサルに比べればずっとマシだと言える。が、彼が卵白のようにとろけ出すのも、そう遠くないはずだ。

 現に、老人の瞳は白目と黒目が混ぜ合わされて灰色に濁っている。

 そして,その瞳が夢想するように、こちらを目指して進んでくる。


「まだ大丈夫か?」

 剣を構えて佇むナタスが尋ねてくる。彼は人形をにらみつけたまま、それ以上は何も言わず、気配だけでアリアムの様子をうかがうように返事を待つ。

 アリアムも人形たちを正面から見据え、“覚悟”を――たとえ死人に鞭打むちうつことになろうとも、それが彼らを解放する為だということを、改めて噛み締めて、力強く頷く。

「大丈夫です!」

「そうか。なら、もう少しだけ耐えてくれ」

 その言葉を聞いて、アリアムは不思議に思う。“もう少し”というのは、どういう意味なのだろうか。

 もう少しの時があれば、カタをつけられるというのか。にしては、いささか以上に数が多い。いくらナタスとはいえ、 “もう少し”であの数をどうにかできるとは思えなかった。

 そんな疑問に首をかしげて見せると、ナタスは振り返って、にやりと笑んだ。

「まとめて、火葬してやろう」


「ま、まとめて……?」

 確かに以前、アリアムはシルファと共にそれを行った。できるのならば、そうしてあげたい。さらに言うなら、一頭々々いっとういっとう一匹々々いっぴきいっぴき一羽々々いちわいちわ、丁重に埋葬してあげたいとも思う。

 だがあの時は、格闘の末に彼らの動きを止めた上で、組木をして弔ったのである。今とは状況が違い過ぎだ。

 とはいえ、それは自分たちが“火の魔法”を不得手ふえて――というか、自分は全く使えない――シルファも水の魔法を使っていたから、多分苦手なんだろう――と、勝手な想像――としていたためである。戦闘の手段として火の魔法を用いるナタスならば、それも可能なのかもしれない。

 しかし、その火の魔法を先ほど使おうとして、ディアナに止められていたこともアリアムには聞こえていた。この山の中で炎を使用することは、危険である、と。

 彼の性格から、戦闘に火の魔法を利用しても、周囲に大きな被害を出さないような配慮があるはずだ。が、それでも止められた。

 するとやはり、この場で火を使うことは危険なのだろう。

 だが、彼は確かに「火葬してやろう」と言った。ということは安全なのか。それでも――

 堂々巡りである。

「ええっと…… 大丈夫ですか?」

 アリアムは混乱して、くらくらと回りだしそうになる頭を片手で支えつつ、かけてもらった言葉をまま返す。

 そしてナタスも、少し前に返された応えをもって返す。

「大丈夫だ。もう少しばかり時間を稼げば、な」

 ナタスは言って頭上を見上げた。

 周囲を覆う霧雨きりさめは密度を高めて肌を湿らせ、時折汗のように雫が流れる。それと同じものが、樹上の木の葉からもしたたり、細かな粒子舞う中に大粒の雫が踊る、不思議な光景を作り出していた。

「あ……」

 それを見て、ようやくアリアムも思い当たる。

 自分の肌は濡れている。木の葉も濡れている。ならば樹の幹も、濡れているだろう。雨が“降って”いるのだから当然、落ち葉も。

 アリアムは瞳だけを向け、地面を慣らすように、足を這わせる。紙のような感触――紙、紙、ぬかるんだ泥、小石混じりのぼそぼそした土。

 枯葉の層は薄い。土も柔らかくなり始めている。

「このまま雨で森全体が湿ってくれれば……」

 炎の魔法を使っても、周囲への被害は少なくて済む。シルファのように水流を操る魔法を用いれば、泥に吸い込まれた水を使って消火活動もできるだろう。

 だが、まだ足りない。まだ森全体は炎に耐えられるだけの水分を得ていない。この状況では“万全”とはいかないだろうが、それでも、決行するには不安が残る――ナタスはそう判断したのだ。

 だから今しばらくは、枯葉や老木などへの引火防止、そして火災が起きてしまった際の対処、その双方のために、この森に水を溜めなくてはならない。

「そうだ。もう少し、時間を稼ぐぞ」

「はい!」


 二人の円舞が、再開される。




――クス……

 思わず、笑みがこぼれた。

 少し向こう、闇と木々と霧雨に隠された空間に、ぼうと浮かび、時に踊る赤い光。

 自分の領域テリトリーで騒ぐバカがいるから、それが誰なのか見に来てみたが――間違いない、“アレ”だ。

「クス……」

 今度は息まで漏れた。

 まさか、こんなすぐそばにいたなんて。『灯台下暗し』とは、よく言ったものだ。自分が拠点としていた場所からさしたる距離もない。

 手掛かりばかりを追って、自分の足元を見ていなかった。でも、

「見つけた……」

 探していたモノを。

 観察するべきモノを。

 自分が、作ったモノを。

「ようやく、実験の結果が見られる……」

 胸の鼓動が、歓喜に高鳴る。それに応えるように、風が吹いた。

 口元が、裂けんばかりに釣り上がる。それに倣うように、木々がその身をうごめかした。

 瞳が、大きく見開かれる。それに映し出されるように、月が空に浮かんでいた。

「そして私は、一歩近づく…… あの人のところへと!」


 蒼の法衣、金髪の女が、両腕を掲げて、月をはいする。

 わらい声は響くことなく、風に呑まれて掻き消えていった。




 ――あれから、どのくらいこうしているのだろうか。


 アリアムは右から疾駆してくるオオカミの爪を避け、足元のサルを蹴散らし、頭上のカラスを追い払う。

 霧雨は相変わらず視界を濁らせたまま、わずかに粒を大きくして全周囲から降り注いでいた。風も勢いを増して、森に覆われた空がわずかに見え隠れする。それにあわせて地面は月の光に照らされ、点滅しているようにも見えた。

 この“閉鎖されている”とでも言うような状況では、時間の感覚などあっという間になくなってしまう。本当は十分足らずしか経っていないのだろうが、もう何時間もこうしているような気がする。


 と、また脇からオオカミが牙を剥いた。

 ナタスがそれを切り払い、セレスがカラスを捕らえて、ディアナが噛み付き、停止させ、アリアムがサルを打ち伏せる。

 そしてすぐにアリアムは次に備え、杖を構え直すため、折った腰を立てようとして、

「――っ!?」

 気付いた。視界が、上下に揺れていることに。

――違う、揺れているのは、視界じゃなくて私自身……

 アリアムは自分でも知らないうちに、肩で息をしていた。身体が、重い。

 それをナタスに気付かれないよう、できるだけ呼吸音を押さえながらゆっくりと姿勢を正して、半ば愚痴るように、心の中だけで呟いた。

――体力には、それなりに自信、あったんだけどな……

 こんな時、“疲労”というものは唐突に現れる。何か一つの物事に集中しているときは感じることはなくとも、身体には着々と疲労が溜まっていくのだ。ふとしたきっかけでそれに気付いてしまうと、突然牙を剥いて襲い掛かってくるのである。

「すぅ――」


 乱れた呼吸を整えるために、また全身に酸素を行き渡らせるために、アリアムは大きく息を吸い込む――その中で、思った。

 自分たちは着実に追い詰められている、と。

 もう何度も、何体も撃退しているはずなのに、魔法生物たちの作る包囲網は、いまだしっかりとした形を残している。

 濡れる地面は、足元を全く安定させない、最悪の状態。“戦闘”という、複雑な動きを臨機応変にとらなければならない状況では、それは文字通りの足枷あしかせとなる。時に落ち葉で滑り、時に泥に捕らえられ、要らぬ体力を浪費させる。その都度、体勢が崩れて攻撃への対応は遅くなり、常ならば感じ得ない、焦りを呼び起こす。

 さらにはまとわりついていくるような霧雨が、肌を服を濡らし、体温と共に体力を奪っていく。

 疲労しないはずがなかった。


 だが、ここで諦めるわけにはいかない。

 諦めることはすなわち、自分たちの死を意味する。

 死とは“苦痛”。

 それが一瞬のものなのか、永遠のものなのかはわからない。

 だが、その人が持っていたはずの“未来さき”は間違いなく失われてしまう。同時に、その人が望んでいた夢や希望も。そして、その人が感じていた幸せも。

 だから人々は、その人の存在を“記憶”として未来に残し、意志を継ぐことで何も思い残さぬように願い、そして、幸福で、安らかであるように祈って、その身体を――魂を、世界に帰す。

 それが、“死”という苦痛からの解放。

 それなのに、彼らを操る魔導師は、ことごとくそれを冒涜する。まるでその存在などなかったかのように、意志など無関係に、幸福からも安らぎからも遠く、眠ることさえも許さない。

 それが、許せない。


「――っは!」

 アリアムは『もう少し』という言葉を自らに言い聞かせ、息を継いでまた杖を振るう。

 彼らを苦しみから解き放ち、死を冒涜する者の過ちを正すために。

 そうして、アリアムは大きく一歩を踏み出した。

 狙うは、正面の動きを止めているオオカミ。

 採るのは、杖という長い間合いを利用して、動き出す前の相手を一撃で仕留め、即座にその場から離れる、まさに一撃離脱の戦法。

 相手の反応を許さぬ速さで接近し、回避をさせぬ速さで攻撃を加え、反撃を認めぬ速さで離脱するこの戦法に必要なものは、威力でも技術でもなく、ただ純粋なスピード。

 その速度を得るために、アリアムは身をかがめて空気抵抗を減らし、膝を曲げて力を溜め、爪先ではなく足の平全体を使うように地面を蹴る。

「!?」

 だが、それは文字通り一歩、遅かった。

 アリアムが地面を蹴ったその瞬間、オオカミが二頭、アリアムに向かって襲い掛かっていた。

 それだけではない。

 オオカミとわずかにタイミングを遅らせて、サルが枝伝いに両脇から迫り、カラスが上空に待機する。

――しまった!

 アリアムが心の中で叫ぶ。

 このまま正面のオオカミを攻撃すれば、その隙に両脇のサルに反撃を受ける。仮に回避に成功したとしても、その攻撃の隙間を埋めるようにカラスが飛び掛ってくるだろう。

 今までにはなかった、異種族間の同時攻撃における連携行動。

――どうすれば……

 だが、速度を得るために思い切り踏み込んだその勢いは、もはや止めること叶わない。

 迷い、焦るアリアムに黄白おうはくの牙が――黒ずんだ爪が、迫る。


 その瞬間、


――パキン!


 指の弾ける乾いた音が、鳴り渡った。

 同時に、巻き起こる火線が両脇のサルを包み、燃え上がらせる。


――キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 踊る炎の煽りを受けて、喉を振るわせるサル。もはや“鳴く”機能など失われているはずなのに、それは悲鳴のように辺りに木霊して、やがて消えていった。

 それが地面に落ちるよりも早く、ナタスがアリアムに追いついて平走し、称する言葉、

「よくやった!」

 そして、アリアムが右に杖を突き出すと同時に、ナタスも左に剣を振り下ろして、オオカミを両断した。

 ナタスは即座に振り返りつつ、背中越しに落下する火達磨ひだるまの一匹を、続けて足を戻すようにしてもう一匹も、蹴り飛ばす。

 そこに飛び込もうとしたカラスは、白と黒、両の猫によって迎撃されていた。

 それで、正面に立ち塞がる人形がいなくなる。


 しかし、窮地から脱したアリアムは、何を褒められたのかわからずにきょとんとしていた。

 それに構わずに、ナタスは再び指を弾く姿勢を取って、告げる。

「これなら――ここなら思う存分、炎の魔法を使える!」

 『ここなら』――その言葉で、アリアムは状況を悟る。

 ナタスが残していた最大の懸念――それは、相手と自分たちの“位置”。

 相手は自分たちを輪のように囲む陣形をとっていた。その状況下で火の魔法を使えば、円形に猛る炎が中心の酸素を奪い、自分たちまでも巻き込まれてしまう。

 だが今は、その輪の一部が欠けた状態。

 輪を維持するためには、彼らはその線を細くせざるを得なかったのだろう。追い詰められつつあったのは、彼らもまた、同じだったのである。

 彼らの連携攻撃には驚かされたが、そのおかげで付近の人形を引きつけることになり、結果、包囲の輪を欠損させることになった。

 そして、その欠けた部分に自分たちが立っている。

 ここからならば、炎の魔法を使っても、自分たちが巻き込まれることはない。


「これまでだ!!」

 ナタスが叫びながら腕を前に突き出す。

 近くのカラスが慌てたようにそれを阻もうと飛び掛るが、もう遅い。


――パチン!


 それは終わりを告げる鐘のように、

 静かな森に染み渡っていくように、

 正円だけで描かれた絵画のように、

 欠けた太陽が光を取り戻すように、


 高く、軽く鳴り響いて、そしてほのかな赤い光を飲み込んで、紅蓮の爆炎が打ち上がった。


 いかがでしたでしょうか?

 本当はもう少し進めたかったんですけど、あまりに長くなりそうだったので今回はここまでとしました。

 今しばらく続く第二章、果たして何話までいくかわからなくなってきましたが、これからもよろしくお願いします。

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