表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/44

第八話

 やがて、やぐらと共に炎の柱が崩れると、終わりのときを迎えた炎がごうきらめく。その一瞬の輝きを最後に、儚く散って、火の粉の舞と共に消えていった。

 シルファはその光を見届けると、すっと立ち上がり、黒い炭と化した塊へと歩み寄る。残ったまきの一本を手に、塊を崩す。

 まるでその欠落を埋めるように、シルファの魔法――その水が、炭でできた穴をおおった。刹那に残る、しゅっという小さな音と共に、闇と静寂せいじゃくと寒さが帰ってくる。

「……」

 アリアムはその間も、無言のまま、ひざを抱えて座り込んでいた。瞳も一点をぼんやりと見つめて、動くことはない。

 シルファもまた言葉を発することなく、火が完全に消えたことを確認すると、それに背を向けて歩き出す。足音だけが、やけに大きく響いて聞こえた。

 そして、うずくまるアリアムのところまで来ると、彼女は顔を合わせることもせずに、ただ、ぽんと肩に手を添えて、そのまま夜のとばりの向こうへ姿を消していった。


 それから、どれくらいの時が過ぎただろうか。数秒か、数分か、もしかしたら数時間、そうしていたのかもしれない。

 アリアムは急に思い出したかのように固く結んだ腕を解くと、手足を広げて寝転がる。地面に触れた背中が、とても冷たかった。

 見るでもなく見上げた空には、天を覆い尽くさんばかりのいくつもの星々が浮かんでいた。少し前に見上げた時とは形を変えて。

 そういえば、『死んだ者は星になる』という逸話いつわがあったな、とアリアムは思い出す。


 だとするならば、あの星には一体どれほどのかなしみが宿っているのだろうか。

 今、悲しみの内に散っていった彼らも、この夜空のどこかで輝いているのだろうか。

 悠久の時に比してあまりに短いせいの時間、その中で幸福を感じることができたのだろうか。

 人間の手前勝手な欲望に振り回されて、それでも何一つの悔いも残すことなくけたのだろうか。


 そんなことを思いながら、少女は静かにその瞳を閉じた。




――「どうして、人は死んじゃうの?」

 あの日、少女は尋ねた。

「それはね、“次”へつなぐためよ」

 それに、老婆が答えた。

 今にしてみればなんてことはない、ただの興味本位からのものだったのだろう。深く考えることもせずに、ただその答えに耳を傾けていた。

「次へ繋ぐ?」

 再び、少女が尋ねる。

「そう、次へ繋ぐの」

 また、老婆は答える。

「人というのはね、世界にとって大きすぎるものなの。『偉人』とか『英雄』の話、あなたも聞いたことがあるでしょう?」

「うん、おばあちゃんのことでしょ?」

 瞳を輝かせて言った少女に微笑みながら、少しだけ困ったように老婆は返す。

「あらあら、ありがとう。でも、私はどうかしら……?」

「違うの?」

「私は“今”に生きているからね。英雄というのは“今”を失った者、“過去”になってしまった人を指すの。だから、私がそうであるかどうかは、後の“世界”が決めることなのよ」

 ふ〜ん、とうなずきつつも、少女は『よくわからない』といった表情を浮かべた。それを見た老婆も、くすくすと笑みをこぼす。

「これは難しいけれど、簡単なこと。例えばあなた、魔法使いになりたいのよね?」

 うん! と、今度は勢いよく少女が頷く。自らの意志を、夢を、希望を何一つ隠すことなく、強く。

 その成長を見て、老婆は“時の流れ”――“次”に思いを馳せる。

「あなたが望めば望んだだけ、叶えれば叶えただけ、世界が広がっていく。過去の英雄たちは、そうやって“新しい世界”を築き上げてきた。そう……」

 老婆は深呼吸をするように、一息置いた。

「人は世界をも作り変えるほどの力を持っている。だから“人”は世界にとって大きすぎるの」

 少女はやはりわからない、というように疑問を投げかける。

「どうして大きいとダメなの?」

「あなたにも我慢できることとできないことがあるでしょ? それと同じ。大きな人が多くなると、世界が我慢できなくなってしまう」

 老婆はさとすように、優しく語り掛ける。

「人が死なない、ということはその人がずっと存在し続けるということ。世界を変えてしまうほどの人が。そうなれば、世界は世界でいられなくなってしまう。“次”へ向かうことができなくなってしまう」

 たとえそれが理解されようと、理解されまいとも、自分で考えてもらえるように。

「だから世界は人が死ぬように定義したの。世界が世界でいられるように。でもね、それは人が生きようとするのと同じこと」

「じゃあ、“せかい”も生きようとしてるんだね」

 その少女の答えに、老婆はとても嬉しそうに言った。

「ええ、そうね。やがては来る最期の時だけれど、その時まで精一杯生きようとしているのね。“生きることは素晴らしいこと”だから」

「『生きることは素晴らしいこと』……」

 少女は言葉を繰り返す。自分の心に、深く刻み込むように。

「だからアリアム、あなたも決して、生きることを諦めてはいけない。死を望んではいけない。人は世界を動かす力を持っている。生きている限り、世界は広がっていくんだから」

 少女は、満面の笑みでこう言った。

「うん。わかった、おばあちゃん」

 

 老婆は、満面の笑みでそれに応えた。

 ほんの少しだけ、“次”をうれいながら――。




 アリアムは瞳を閉じたまま、頭上の輝き――その一際強い光を放つ光に、小さな声で呼びかけた。

「お婆ちゃん……」

 かつて、自分を悲しみのふちから救ってくれた人を。亡き今も、尊敬と感謝の念を抱き続ける人を。

「私、やっぱり駄目だった」

 あの老婆の微笑を、少女――幼い頃の自分は、はっきりと見ていなかったのだろうか。今も、あの笑顔を、何故か思い出せないでいる。

「また、見ていることしかできなかった……」

 あれが、自分の尊敬する偉大な魔法使いの最後の教えであったことにも、気付くことなく。

 ただ、ぼんやりと眺めてしかいなかったんだ。


「私が、こんなんだから、」

 どうしてあの時、もっと深く考えようとしなかったのだろう。

「あの子は、苦しんで、傷付いて。それでも私は、何もできなくて」

 どうしてあの時、ただ微笑みを返す、それだけで答えとしたのだろう。

「だから、もう二度とあんなことが起こらないようにって、誓ったはずなのに」

 どうしてあの時、愛する人たちの最後の笑顔を、真摯しんしに受け止めなかったのだろう。

「一つでも多くの幸せが、この世界に灯るようにって、頑張ってたはずなのに」

 どうしてあの時、“次”があるものだと信じて疑わなかったのだろう。

「私は、また何もできなかった…… 私はあの頃と何も変わらない」

 どうしてあの時、“終末”という存在に目を背けたのだろう。

「ずっと、無力なまま……」


 瞳が、熱い。視界が、濡れる。

 星は、声もなく、ただ煌めいていた。

 

 このまま眠ってしまおうかと思ったその時、不意に耳元で声がした。

「アリアム…… 泣いてるッスか?」

 瞳を開くと、暗い夜空が真っ白に変わっていた。

 そこにいたのは、一匹の猫だった。純白の毛並に長い尾。ややの丸顔には、ぴんと立った耳と、不揃いの髭が伸びている。

 その白猫が、心配そうに頬を舐めた。

「何か、あったんスか?」

 ざらりとした彼の舌は、くすぐったくて、そして、温かかった。それで――それだけで、何故か救われたような気持ちになる。

「うん…… ちょっとだけ、ね」

 アリアムは、もう一度だけ、と瞳を閉じた。


――そうだ、私は、何もできない


 かつて、老婆は自分に手を差し伸べてくれた。血の繋がらぬ身でありながら、時に厳しく接し、そして優しく微笑んで、共に歩んでくれた。


――今は……


 あの日、幼い男の子が静かに自分を見つめた。憔悴した顔で、それでも精一杯に笑いながら最後に一言、『ごめんなさい』とだけ、呟いた。


――それなら、今は叶えるために努力しよう


 それを糧として、それを罪として、自分は今までやってきた。どんなに辛くとも、どんなに苦しくとも、強く在らなければならない。そうすることが、生きる希望をくれた老婆への報恩であり、悲しませてしまった男の子への謝罪になるはずなのだから。


――今は自分にできる精一杯をやろう


 そして、その向こうで、灰色の瞳の少年が背を向けて歩いている。自分の進むべきその道を指すように、またあるべき姿を示すように。それでいて時々、少しだけ立ち止まって自分を見守ってくれる。変わらぬ表情の中に、ほんの少しだけしか見えないけれど、本当はたくさんの優しさを伴って。


――そうすれば、きっと……


 少しでもその人に近づこう。少しでも自分の願いを叶えよう。それが、今の自分にできる最大限の努力であるはずなのだから。


 アリアムは力強く、その瞳を開いた。

 決意を新たに見上げた星は、とても綺麗に輝いて見えた。


「……」

 彼女を黙って見守り続けていた白猫――セレスは、それから、こう声を掛けた。

「それじゃあ、帰ろうッス」

 アリアムにはその響きが何よりも優しくて、だから嬉しくて、思わず声に、顔に、喜びが滲み出る。

「うん。帰ろう!」


 暗い夜道。冷たい北風。

 今はそれも、気持ちよかった。



 いかがでしたでしょうか?

 何だか構成がごちゃごちゃして、読み難いですよね……反省。

 アリアムの信念のようなものが伝えられていると良いのですが……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「Moon at Tomb」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ