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第一章『旅立ち』 第一話

「フンフンフ〜ン♪」


 鼻歌を歌いながら、全身を黒で包んだ少女――アリアムは足取りも軽く、町を歩く。

 黒の中にくっきりと浮かぶ緋色の瞳が、太陽の光で煌めくルビーのように輝いていた。

 空は透き通るような晴天。黒ずくめの格好では少し暑そうに見えるが、潮風のおかげでそれはあまり感じない。

 むしろその風になびく自慢の栗色の長髪が、頬をくすぐって少し鬱陶うっとうしいくらいだった。


 この町、“ミチカス”は比較的大きな町である。

 海上に浮かぶようにして作られた――イメージ的には巨大な防波堤ぼうはていの上に建物が建っている――この町は、気候的にも地理的にも優れており、長距離船舶の中継港として、同時に豊かな漁場を持つ漁港として発展してきた。

 また、最近は隣町に列車も乗り入れるようになり、ここで積荷を降ろして陸上輸送に切り替える、という工業港としての一面も持つようになった。

 とはいえ、それも最近のこと。工業港特有の無機質な感覚はまだ見受けられない。

 町中まちなかには海水を通した水路が設けられており、交通を便利にすると共に、万が一、町に浸水した際の排水用誘導路としての能力も有していた。


 そしてそれ以上に、キラキラと光る水面や水の流れる音が、何とはなしに心を和ませてくれるのである。

 この町にはのどかな雰囲気が広がっていた。


 アリアムは歩く――ただそれだけの行為でも、初めて訪れるこの町では胸が踊るような思いがしていた。

 見たことのない景色が目を、新しい発見が心を楽しませてくれる。

 これこそが、他ならぬ“旅の醍醐味だいごみ”というものであろう。


「さて、宿屋さんを探さないと」

 港から町へ出てきたアリアムは、町の中心――時計台の前で立ち止まった。

 この時計塔は正午になると美しい鐘の音で時刻を知らせ、夜には天辺てっぺんに明かりが灯されて灯台の役割も果たす、町のシンボルである。

 その塔下とうかで、アリアムは周りをキョロキョロと見回す。宿屋らしきものは見当たらなかった。

「どこにあるんでしょう?」

 そう言って今度は足もとのかばんに目をやった。

 冗談かと思えるほどに大きなハードケースの鞄は下に車輪を備えているため、持ち運びにはそれほど苦労しない。

 が、それでも、少しでも身軽になりたいと思うのが人間の心情というものだ。

「う〜ん、困りましたねぇ……」

 少女は道の真ん中で腕を組み、首を傾けてうなりだす。

 その眉根まゆねを寄せきった表情は、普段の整った顔つきからは想像もできないほど面白く崩れていた。

 イモムシがチョウチョに変わるくらいの、驚くべき変化だ。ここまで大きく表情が変わる人間というのも珍しいだろう。


 周囲の人たちがその少女の方を見て、一斉にギョッとした顔になったのはそんなときである。


カラカラカラ――。


「じゃあ、今度はあっちの方を…… って、あれ!?」

 唸る少女の顔を見て、ではない。鞄を見て、である。

 彼女が腕組みをする際に手放した大きな鞄が、風にあおられて坂道を独りで下りだしたのだ。


ゴロゴロ――。


「ああー! 待ってください〜!!」

 そう言いながらアリアムも追いかけるが、荷物は無論、待ってくれるはずもない。

 車輪と、レンガを並べ合わせたような造りの路面との間で、列車のように大きな音を立て、時折小さく跳ねながら鞄は走る。

 アリアムはもともと足が速いわけではない。鞄の速度は、もはや彼女に追いつけるようなものではなかった。

 鞄の進行を妨げる物も既に無く、加速を得て坂道を一気に駆け下っていく。そんな独走の延長線上に、人影が見えた。

 アリアムは必死に追うが、間に合うはずもなく……

「危なーい!!」



ドゴーーン!!!――



「どこか食事のできそうな所は……」


 町の中心まで来たナタスは、適当に選んだ坂道を下っていた。下りつつ、両脇の建物を横目で流す。目的の店を示す看板は、まだ見つかっていない。

 町の中心、時計塔の周囲は大きな広場になっており、そこから伸びる道には、飲食店が立ち並ぶ道や、服飾店がメインの通りなど、それぞれの目的に応じてまとめられた、合理的な造りとなっていた。


(こんなところには無いと思うッスが)

「う……」

 ナタスの選んだ道には、一般の人には無関係であろう“武器屋”、魔法の使用権や魔力をもって扱う道具を売っている“魔法屋”、面倒な仕事や危険な仕事ばかりを高額報酬で引き受ける、荒くれ者が集まる“ハンターズギルド”など、そんな店ばかりがのきを連ねていた。

 確かにセレスの言う通り、“楽しい食事”に来るような場所とはほど遠い。どちらかと言えば、むさ苦しい上に胡散うさん臭さまでが混じった通りであった。

「道を間違えたか……」

 探し物をするときの勘はよく当たるんだがな、と心の中で自嘲じちょうする。

 結論からいえば、このナタスの選択は色々な意味で“当たって”いたのだが、当の本人がこのとき、気付いているはずもなかった。


「仕方ない。時計塔のところまで引き返そう」

 そう言って、ナタスが振り返ろうとしたとき、

「危なーい!!」

 背中越しに叫び声が聞こえてきた。

(何事?)

 ディアナが言うが早いか、ナタスは体ごと向き直る。その瞳に写ったものは……


ゴゴゴゴゴ――!!


 ものすごい轟音を立て、すさまじいスピードで迫る、バカみたいに巨大な鞄。それが、“降って”くる。

「う、おおお!?」

 ナタスは何とか身をひるがえして、これをかわす。そのわずか数センチ先のところを、大質量が大音量で通り過ぎていった。

「あ、危なかった……」

(マスター、御無事で…… っ!?)

 すんでのところで衝突を回避し、胸を撫で下ろしたナタスに、ディアナが声をかけようとして、止めた。

 どころか、セレスさえも何かを見つけ、目を大きく開いて表情を歪める。

 状況を理解できていなかったのは、ナタスだけであろう。周りにいた人間さえも、揃って坂の上の方を見ながら驚愕の叫びを上げている。


「フギャ―!」

 と突然、二匹は“猫みたいな”声を出して左右に散った。

「な、何だ?」

 どうした、と、ナタスは使い魔たちに問いかけようとして――

「と…… 止まれませ〜ん!!」

「なっ!?」

 理解した。

 鞄を追ってきたであろう少女が、その報告通りに止まることなく、ナタス目掛けて突っ込んでくることに。

 しかし中央に取り残されたナタスは、回避して崩れた体勢ではどうすることもできず、


ドゴーーン!!!


 運動エネルギーの塊となった少女と、正面から激突した。



 ちょうどそのとき、彼らの“衝撃”的な出会いを彩るように、正午を告げる乾いた鐘の音が響き渡った。




「本当にごめんなざっ!? い……」

 少女は勢いよく頭を下げて、テーブルのかどにおでこをぶつけた。

 ナタスとアリアム(他二匹)は、町のレストランに来ていた。先程の一悶着ひともんちゃくのお詫びに、とアリアムが提案したのである。

 どこかで食事を、と考えていたナタスにとって、これは願ってもないことであった。

「いや、こっちこそ不注意で……」

 おでこを擦りながら半べそをかいている少女に、ナタスは言った。表向きは平静な声をしているが、内心は不機嫌そのものである。

 アリアムはそれを敏感に感じ取ったのか、しゅんと身を縮こませた。

 しかしナタスが不機嫌な理由は、アリアムのことではなかった。むしろ、ここまで真摯しんしに謝罪してくれることを、ナタスは嬉しくさえ思っていたのである。

 では、何が彼を不機嫌な気持ちにさせていたのかと言うと――


「……」


 ナタスは無言でちらりと傍らの猫たちを見た。

 彼らは少年と少女が激突する際、主人をほったらかしにして一目散いちもくさんに逃げたのである。

 ナタスはそのことに、機嫌を損ねていたのだ。

(マスタぁ、ごめんなさいッス)

(あの、申し訳ありません……)

 泣くようなセレスの言葉にも、不安げなディアナの言葉にも耳を貸さず、ナタスは考えを巡らせる。

 どんなお仕置きをしてやろうか。そうだ、目の前で美味い魚料理を食べて、こいつらには食事抜きにしてやろう、と。


「あの、」

 考えにふけっていたせいか、いつしか二人とも黙り込んでしまっていたのだろう。

 そんな沈黙を破ったのは、アリアムだった。

「私、この町に来たばかりで、右も左もわからないんです。もしよろしければ、一緒に町を回って案内を……

 ってぶつかっておいてお願いなんて、勝手もいいところですよね……」

 そう言ってまた、アリアムは小さくなる。

「俺も、旅をしていて、この町は初めてなんだ。だから案内は無理だが、一緒に回る、というのは不可能ではない」

 そんな少女の姿を見て、安心させようとナタスは微笑んだ。あまり表情が変わらなかったせいで、いささか歪な感じがするが。


 しかしその言葉、その気遣い、その微笑に二匹の猫たちは密かに驚いていた。

 常の主人ならば、こんな言葉をかけることはない。まして、初対面の人間に、である。

 しかも微笑のおまけまで付いてくるとは、一体どういう風の吹き回しだろう、と心底から戸惑った。

 だが混乱しているせいか、セレスたちは、主人に対する失礼な心境にナタス自身が気付き、憤りの視線を向けていたことにまでは気が回らなかったようだ。


 一方で、この提案を受けたアリアムは、

「ほ、本当ですか!? 嬉しい!」

 先程までの沈んだ表情とは打って変わって、ぱあっと明るく笑った。

 太陽のような、と言う形容が最も相応しい表現だろう。

「あ、私、アリアムって言います。よろしく」

「俺はナタス。で、こっちの黒いのがディアナ、白いのがセレス」

 使い魔たちの無礼に仕返しするかのような、『のが』を強調する、主人のちょっとだけ意地悪な紹介に、またしゅんとなったのは二匹の猫たちであった。



 遅くなりました。

 まだまだヌルイ展開ですが、見捨てずにお付き合いください。

 コメント等をいただけると、幸いです。

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