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第六話

 

 しんと静まり返る、夜の街。

 道を照らす街灯はまばらにして、家々に灯る明かりもわずか。

 その、暗闇に渡された光の浮き橋を、一つ一つ渡り歩いていく。

 次第に冷たさを増す風が、冬の匂いを偲ばせながら肌に染みてくる。

 周囲には人はおろか、猫の子一匹見当たらず、動くは風に揺らめく枝葉のみ。

 響く足音が自分の存在だけを主張しているようだった。



 信都ステファンを縦断するように流れる大河“イニチオ”。

 『はじまり』の意味を持つこの河は、その名の通りステファン――正確には前身となった町――が興るきっかけとなった河である。

 その豊富な水量は飲用、農業用水として利用され、また多種多様な水産資源は日々の糧の一つとして大いに重宝されてきた。

 そして、何よりも欠かせなかったものが、その流れが運んでくる肥沃な土。

 人々はその土を使って田畑を耕し、また時に壁や陶器といった工業利用をしてきたのである。


 しかし同時に、この河は脅威の存在でもあった。

 この小さいながらも流れの急な川は、氾濫という名の水害でこの街に住まう人々の生命を数多く奪い、また脅かしてきたのである。


 それを鎮めるために、ある男が立ち上がった。

 彼は川の恩恵を絶やすことなく氾濫を治めるという難題に対し、まず曲がりくねった軌跡を直線に直して、さらに川幅を広げることを思い立った。幅を広げることで流れを穏やかにし、増水に備えようと考えたのである。

 また、大きな堤防を設けて、増加した水量でも氾濫しないように考慮した。


 だがそこには、一つの問題が残されていた。上流から運ばれる肥沃な土が激減してしまったのだ。流れが穏やかになったがゆえに引き起こされた問題である。

 その問題に彼はなんと、上流にある別の川と一つにまとめ、大河と成すという方法で対処した。水量を増加させることで水の流れに力を与え、土が流れてくるようにしたのだ。

 これは、増水に備えようとした先の手段とは全く逆の発想で、人々を大いに驚かせた。そして実際、そのおかげで氾濫は治まり、人々は安心して生活を送れるようになったのである――その影で、もたらされる土が過剰にならないよう、綿密な計算が行われていたことを知る者は、ほとんどいない――。


 このとき彼が用いたのが、土木技術と魔法の両方だった。

 そう、この男こそ、現在の教団――その思想を生み出した、最初の人物だったのである。

 だから、彼らは“科学と魔法の両立が可能である”と考える。

 そしてその象徴として、この大河は存在し、流れ続けている。ずっと昔から――今、この時――そして、遠い未来でも――“はじまり”続けるのである。


「悠然たる、水の流れ」

 その“はじまり”に目をやりつつ、堤防上の広い道を歩きながら、アリアムは呟いた。

「人々に恵みをもたらす、水の流れ」

 冷たい風が、頬を撫でるように吹き抜けていく。

「ずっと変わらずに流れつづける、水の流れ」

 ハードカバーの分厚い本を詰め込んだ、小脇に抱える鞄がずしりと重い。

「今も、昔も。そして、これからも」

 大河はせせらぐこともなく、圧倒的な力感だけを伴って、ただ雄大に流れ続けていた。

「そう、まるで時の流れのように……」

 難しい本を開いたせいだろうか。柄じゃないとは思いつつも、妙に哲学的な思考が頭を過ぎる。

「人はこの強大な力の中に、流されながら生きている。ならば、そこに留まるには……?」

 流水の清らかさと、冷たい風の爽やかさが、頭をクリアにしていく。

「“永遠”を手に入れるには……?」


キャアア!!――


 そのとき、アリアムが辿り着きかけたその答えが悲鳴によって掻き消される。

「!?」

 ふと見ると、少し先に明かりが灯っていた。それは何から逃げるように、右に左に大きく揺らぐ。

 アリアムがその明かりに向かって駆け寄っていくと、そこにあったのは二匹の野犬、そして松明を掲げるように構える金髪ブロンドの女性――シルファの姿だった。

「シルファさん!?」

「その声は、アリアムさん!?」

 アリアムの声に反応して、野犬が一匹、こちらに向きを変える。

 それを見たシルファも、焦燥を顔に浮かべて声を上げた。額の汗が松明に照らされ、わずかに輝いている。

「逃げてください、アリアムさん!」

 野犬はアリアムを敵と認識したのだろう。白い牙を剥き、今にも跳びかかって来そうな勢いだった。

 応じて、アリアムは杖を掲げる。

「平気です! それよりシルファさんこそ…… っ!?」

 大丈夫ですか――と声を掛けようとしたとき、それを合図にしたかのように野犬が向かって来た。

 それを見たと同時にアリアムも杖を構えながら前に走り出す。

 直後、ガッ、という鈍い音と共に、杖と牙が交錯した。

 アリアムは開かれた顎に杖を差し入れるようにして牙を受け、互いの動きのままに牙を横に流して、そのままシルファのすぐ隣に着地、もう一度野犬と対峙する。

 そして最後に、シルファを安心させるようにくすりと笑んで言った。

「大丈夫ですか?」

「アリアムさんって、結構すごかったんですね……」

 その機敏かつ機転の利いた動きを見たシルファは、驚きの表情を浮かべていた。

「ひどいですよ、シルファさん」

 普段のどこか間の抜けたようなアリアムの様子からは想像もつかないのだから無理もない。

 しかしアリアムもまた、危険を伴う旅をずっと一人で続けてきた。それ故に、自分の身を守るくらいの武術の心得は持っているのである。

「私だって、このくらい……」

「そうですね、ごめんなさい。でも、私は大丈夫ですから。戦闘の経験もありますし」

 そう言って、今度はシルファがくすりと笑った。

 戦いの常識として、また獣と相対するときの知識として、視線を逸らして表情を見ることは出来なかったが、アリアムにもそれがわかった。

 シルファが落ち着きを取り戻したことを確認して、杖の握りを直す。

「それじゃあ、協力してこの子達を追い払っちゃいましょう!」

「いえ、それではダメです」

 だが、シルファはその意見に首を振る。

「ちゃんと供養してあげないと……」

「供養……?」

 そのとき、アリアムはシルファの言った言葉を不可解に思った。

 供養とは本来、死者の冥福を祈るはずの行為。目の前にいる野犬は生きて動いているにも関わらず、供養という言葉を用いることは不自然なのである。

 では、追い払うだけでは駄目だというのだから、その生命を絶ってしまおうというのだろうか。だが、たとえ動物が相手だったとしても、仮にも神職者であるシルファがそのような言動をするとは思えない。

「!?」

 その疑問を尋ねようとして、アリアムはふと気付く。

 今まで、明かりの反対側にいたために、暗くてよくわからなかった事実。

 野犬と思っていた二匹の動物――片方の耳がなく、足はあらぬ方向に折れ曲がっていて、支えとなっているのかどうかすら怪しい。一方はさらに、片目が抜け落ちて、顔に奇異な穴を開けていた。

 今、明かりの照らし出す先にいるものは、ただの野犬ではなかったのだ。

「シルファさん、この子達は……?」

「魔導師の生み出す狂気、とでも言うべきモノでしょうね」

 シルファは視線を前に向けたまま、静かにゆっくりと語るように話す。

「彼らは、本当は死んでしまったはずの生命…… それに魔導師達が自身の魔力を注ぐことによって、まるで生きているかのように動かしているのです」

 本当にそんなことが可能なのかという疑問と共に、しかし、アリアムはかつてナタスに教示されたことも思い出していた。

 彼が言うには、魔力とは“生命エネルギー”のようなもの。人間が本来、生存するために用いる力を自分たちの生きる“世界”に浸透、作用させることによって、魔法はその力を発現させるというのである。

 魔力が生命エネルギー、あるいはそれに準じるものだというのならば、死体に注ぐことによって擬似的に生者とすることは不可能ではないように感じられた。

 さらに――考えたくないことではあるが――、死に落ちた後に残されるものは、ただの肉塊。意志も生命力もない“物体”を操作するのは、魔法ならば難しいことではないのである。

「そんな…… そんなことって……」

 しかし、だからと言って納得できるようなものではない。仮に妥当な理論であり、実現可能なのだとしても、死者を、死を冒涜ぼうとくするような行為は、感情が認めない。

 奥歯を噛み締めるアリアムに、シルファはやはり穏やかな笑みで応える。


「そう…… だから、供養してあげなくては」





――まさか動き出すとは予想外……

 

 頭の奥で、声が響く。


――けれどこれは、嬉しい誤算。まさか、ここまでうまくいっているとは思わなかった……


 闇に堕ちた、冷たい声が。


――でもこれは、やっぱり失敗作……


 心の中で、声が重なる。


――“生”にすがろうとするだけの、ただのモノ。望みはこんな不完全なものじゃない……


 欲望と渇望の。


――私が望むはただ一つ。あの子達の笑顔を、この手に……


 それ以外を知る必要もなく、聞きことももせず、邁進する。ただそれだけを正義と信じ、しかしだからこそ、そこに矛盾があるとも気付かずに。


――そう、だからこんなモノは早く処分してしまわないと……


 歪んだ心のままに、歪に笑んだ。




お久しぶりです。ようやく更新する事が出来ました。

今回の話はいかがだったでしょうか?

久しぶりに書いたので、どこかしっくりこない印象があるのですが……?

忙しさも一段落したので、これからはかつてのようなペースで書いていけるように頑張ります。


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