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第五話

 前話より大分間が開いてしまいましたが、第五話です。

 一応前回は『ゼピュロスと会う→自動車で移動』ってところで終わっています。今回は、その後の夜、という時間設定です。


「ゼピュロスさんって、偉い人だったんですねぇ……」

 アリアムが並ぶ棚から本を抜き取り、開いては眉根を寄せてまた元の場所に戻す。そんなことを繰り返しながらぼそりと呟いた。

「話をするだけでは、ただの変な爺さんだからな。わからなくても無理はない」

 それにナタスが、教団の書庫から借りてきた本のページを繰りながら答える。

 ナタスたちはあれから、教団の本部に赴いて幹部達に簡単な挨拶をすることになった。アリアムがゼピュロスの地位を知ることになったのはその際である。

「またそんな失礼なことを……」

 その時にゼピュロスに通されたのが、“教皇の間”だった。そして更に言うならば、教団最高権力者である“教皇”に挨拶をすることになったのである。


 アリアムはここで、三つの事柄に驚嘆の念を抱くことになった。

 一つ目は、ゼピュロスが“教皇”にお目通りを願えるほどの高位の人間であったこと。

 二つ目は、本当にその“教皇”に謁見し、さらには自分が声をかけられた、ということ。

 三つ目は、ナタスと“教皇”が、友人同士のように親しげな態度を取っていたということ。


「あれでかなりの権力者だというのだから、信じられなくても当然だな」

 ナタスがけろりとした顔で話す。実はアリアムが一番信じられないと感じているのが、ナタスのことであるとも知らずに。

「でも本当、ゼピュロスさんが“司祭”様だったなんて」

 アリアムが教団について書かれた本を開き、中を眺めながら言った。

 “教団”も組織であるがゆえ当然というべきか、最高権力者である“教皇”を筆頭に、“大聖たいせい”、“司祭”、“神父”……と続く“階級クラス”が存在する。

 つまり、ゼピュロスは教団の中でも三番目に高い地位にいる、ということなのである。


「今俺たちは、その“司祭”様のお屋敷に泊めていただいているんだぞ?」

 ナタスが読んでいた本を閉じ、アリアムに向かって不敵な笑みを浮かべた。

 彼の言うように、アリアムたちはゼピュロスの屋敷に来ている。

 初めは教皇への挨拶の後、宿を探す予定だったのだが、ゼピュロスの勧めもあって、この街に滞在する間は彼の屋敷に厄介になることになった。

 「今から宿を探すにはもう遅いし、遠いところからわざわざ来てもらったのだから疲れているだろう?」というゼピュロスの“鶴の一声”とも言える提案で、あっさりと決まってしまった事態である。

 アリアムにとって、それが本日四つ目の驚嘆の事実となった。


 そして今、夕食までご馳走になった彼らは、ゼピュロス個人の書斎を借りて、本を開いているのである。

「そうなんですよねぇ……」

 はぁ、と溜め息を漏らしながら、未だ信じられないという顔でアリアムが宙を仰ぐ。ちなみに、その動作と共に、読んでいたはずの本も閉じられていた。

「私も失礼な人間ですね。今でもやっぱりどこか、信じられてないです」

 ナタスの言う“変な爺さん”に幾許いくばくか思うところがあったことを思い返し、アリアムは苦笑する。

 ゼピュロスの思慮深さは何とはなしに感じ取ることができる。が、かなりの老齢でありながら少年のようなやんちゃな言動を地でいっている、そのギャップが妙に可笑しく思えてならなかったのだ。

 彼の人となりを尋ねられたならば、“可愛いおじいちゃん”と説明するのが一番しっくりくるだろうと思う。

「で、ナタスさんは何をしてるんですか?」

 アリアムは持っていた本を棚に戻し、ナタスの座る机へと歩いて行った。興味深そうにナタスの開いていた本を覗き込むと、数秒の間も無く、また眉根を寄せてわずかに唸る。

 ナタスは脇に置いた分厚い本をぺらぺらとめくりながら目を通している。そして、適当な場所で手を止めると、同じく脇に置いたノートに手早くメモを付けて本を閉じた。

「ん? ああ。旅先で興味深い魔法を見かけたんでな。それを調べてるんだ」

「見かけたって、調べてわかるようなものなんですか?」

 メモを覗いて見ると、そこにはよくわからないが何らかの理論だと思われる名称とその追記、さらに『P四四七』と記されていた。ページ数と簡単な内容が走り書きしてあるらしい。

「さて、どうだろうな。その魔法自体の記述か、あるいはそれに類する理論が見つかれば幸いだが」

 そう言いながらナタスは、次の本を手に取って再びぺらぺらとめくり始める。これもまたアリアムには開くのも遠慮したくなるような、分厚い本だった。

 そのため、今度は本の内容を見るのは“自粛”しておくことにした。

「どんな魔法だったんですか?」

 ふむ、とナタスは鼻を鳴らし、椅子の背もたれに体を預けると、アリアムの方へ視線を流して答える。

いちゼロにする魔法、かな?」

「一を零にする魔法?」

 それを聞いたアリアムはいかにも不思議そうな顔をして、鸚鵡返しにナタスに尋ねる。

 ナタスほどの魔導師が興味を持って調べている魔法だというのだから、もっと複雑かつ霊妙れいみょうなものだと彼女は思っていた。

 “一を零にする”など調べるまでもない、子供でも簡単にわかるようなもの。にも関わらずナタスが、理解するどころか読むだけでも苦労しそうな難しい本を開いてまでその理論を調べていることが、アリアムには不思議でならなかったのである。

「そんなの、一を引けばいいじゃないですか」

 アリアムがあたかもその魔法を知っているかのように、自慢気に答えた。アリアムにとっては、ただそれだけのことだったからだ。

 しかし、そんな彼女の答えに、ナタスは首を振った。

「数式の上では、な」

「へ?」

 数式の上で“真”ならば、それは正しい理論なのではないか、と思うアリアムだが、ナタスはそれを否定する。

 アリアムが困惑の表情を浮かべる中で、ナタスは謎かけのようにアリアムに問うた。

「では聞くが、現実に『一を引いて零になる』というのはどういうことだ?」

 問われてアリアムは、頭をひねる。しかし、即座にこう答えた。

「箱の中にケーキが一つあって、それを取り出したら零になるんじゃないですか?」

「零になるとは即ち、“無くなる”ということだ。その理論では、ケーキが無くなったわけではないだろう?」

 確かにナタスの言うように、それは“ケーキという存在”が消えたわけではない。箱の中に何も入ってない状況になったというだけで、ケーキは場所を変えて“在り続ける”のである。

「それじゃあ、食べちゃった、とかは……?」

「それは“形”が無くなっただけだ。ケーキの持っていた要素――例えばエネルギーとか、そういったものはやはり在り続ける。人間が生きていられるのも、そうやってエネルギーを摂取しているからだな。

 これは、“情報”と言い換えることができる。物体そのものが持っている形、色、重さ、大きさ…… 俺が今調べている魔法というのは、そういった情報全てを“無に帰してしまう魔法”なんだよ」

 そう説明をしながら、ナタスはメモを見返し、その走り書きにあるページを再び開いてじっくりと眺めだした。

「この世から“存在を消してしまう魔法”ってことですか……?」

 すると、それまで興味津々に話を聞いていたアリアムが、途端に表情を変えた。

 怒りか、それとも嘆きか。いずれにしろ、それは彼女には納得のいかないものであるらしかった。

 いつにないほどに声を荒げ、強い口調で反論してくる。

「そんなものが、どうして必要なんですか? この世に無用な存在なんて無いはずです!」

「……そうだな。だが便利だぞ?」

 だがナタスは――初めはアリアムの変化にわずか驚きを見せたものの――、やはりけろりと答えた。

「これが実現可能ならば、ゴミ問題は一挙に解決だ。旅の道中で出たゴミも気にする必要が無くなる」

「あ、あ〜!」

 そのナタスの答えを受けて、アリアムは再び表情を一変、今度は得心の顔になる。「なるほどなるほど」と頷きながら、それ以外の使い道について、何やらぶつぶつと呟きまで漏らし始めた。

 

 ナタスはそんなアリアムのわかりやすい――単純とも言えるが――変わり様に、微かに笑みを浮かべつつ、鼻を鳴らす。

――やはり、気付いていないんだな……

 そして、思う。

 アリアムが『無用な存在は無い』と言いながら、ゴミという物を“無用なもの”と扱っている、その矛盾を。何より、その絵空事を。

 彼にとって、『無用なものは無い』等という考えは、甘い“理想論”以外の何物でもない。少なからず、『無用なもの』が彼の中には存在しているのである。

 しかし、ナタスはそれ以上言及することもせず、また少しだけ首を振って、鼻を鳴らした。



「さて、」

 それから数時間後、ナタスが読んでいた本を閉じて、不意に立ち上がった。

「あらかた読み終えたので、これらを返しに行ってくる」

「ええ!? こんな時間にですか?」

 時計を見ると、針はもう深夜の一時を過ぎていた。

 この屋敷でさえも、廊下とこの部屋に灯る明かりを除いて全てが暗くなっている。街もきっと寝静まっていることだろう。

 アリアムの眠気もピークを迎えつつあり、ナタスの横に座ってうとうとしていたところだった。

「そんなの、明日でもいいじゃないですか」

「確かにそうだが、明日は朝から調査に出向くことになるだろうからな。今のうちに行っておく」

 アリアムは困った顔をして、むー、と小さくさえずるように声を出した。その姿を見たナタスが笑いながら言う。

「ついて来いとは言っていないぞ。眠いのなら、先に休んでいると良い。セレスたちも、もう寝ていることだし」

 ナタスは出口まで歩いていくと、扉を開けてアリアムをいざなう。いずれにしろ、部屋を出ろ、ということだろう。

 それを受けて、アリアムも――ふらふらとした足取りで――歩き始める。

 しかし、次に口をついた言葉は、ナタスをいささか驚かせた。

「それじゃあ、私が行ってきますよ」

「おいおい、何時だと思っているんだ? さっきまでうとうととしていたくせに……大人しく寝ていろ」

「あれで仮眠を取りましたから。大丈夫です!」

 ナタスにからかうようにたしなめられるアリアムだったが、それでも自分が行くと譲らない。

 彼がこういう台詞を言う時は、自分の身を案じてくれている、そのことをアリアムはいつの間にか理解していた。

 だから、いつも気をかけてくれるその優しさに少しでも報いたいと、アリアムは思っていたのである。

 こんな遅い時間まで共に過ごしていたのも――もちろん、それ以外の理由はあるのだが――、何か役に立てる事はないかと考えていたからなのだ。

「私はナタスさんの“弟子”なんですから。お師匠様の雑用をこなすのは、弟子の仕事です」

「確かにそうではあるが…… わかった、頼んだぞ」

 いまいち納得のいかない理屈ではあったが、ナタスにはアリアムを言い負かすだけの言葉が思いつかなかった。

 疲れているのだろうか、そんなことを思いつつ、アリアムの頑固さに呆れるように溜め息をつく。

「くれぐれも、気を付けてな。用事を済ませたら、すぐに帰ってくるように」

「わかりました。それじゃあ行ってきます!」


 パタン、と閉まる扉の音が、何故か無性に哀愁を感じさせた。


「…… セレスを起こしておくか」





――コツ、コツ、コツ……


 喧騒からやや離れた、暗い路地。

 灯るはわずかに虚ろにわらう三日月と、カーテンの隙間から漏れる光のみ。吹き抜ける風は相変わらず冷たくて、身体の奥の感覚さえも奪われるようである。

 その無常に響く足音が、闇と静寂を深めていく。

 だが、それでいい。

 あの日以来、ここを自分の生きる場所としたのだから。カーテンの向こうの楽しげな世界とは、縁遠い所に留まると決めたのだから。

 そう、これでいい。


 あの日の笑顔を、取り戻すまでは……


――コツ、コツ、コツ……


 肩から下げた大きな袋が、ズルリとわずか、うごめいた。



 いかがでしたでしょうか?

 五話だというのに、なかなか話が進みませんね……orz

 次回はようやく、二章の根幹部分になる……はずです。御期待いただけると嬉しいです。

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