第二話
あまり推敲していないので、テンポとか滅茶苦茶だと思います。ご容赦ください。
駅――乗客や貨物の積み下ろしなど行うための専用の設備を持った施設。
鉄道列車技術の確立・発達・普及によって、この施設を持つ町は重要な役割を担うようになった。
世界の主要都市はもちろん、大抵駅を備えるようになっていたし、駅のなかった町も鉄道の中継点として大いに発展していく。
乗客の乗り降りで人の往来が多くなり、物資の交換によりその土地には無い多くの交易品を得られるからである。
たとえ山に囲まれた田舎であっても、駅を備えるだけで“都市”と呼べるくらいに発展したところさえ現れている。
今ではその土地にしかない、その町特産の味覚を折り込んだ“駅弁”なるものまでがブームになり、わざわざその駅弁を食しに行く人が出てくるほど、マニアが多くいる。
マニアといえば、列車そのものに感嘆を抱き、列車の写真や模型を集め、稼動する時の音を聴くだけでどんな車種かがわかるという、熱烈なファンさえも存在するのである。
“ブルステーション”――この街のこの巨大な駅を、人々はこう呼んでいた。
これは列車を受け止める様が“雄牛”のようにたくましい、という喩えだけではない。
“ブル”とは、ダーツ板の中央にある円のこと。この駅は世界における交易、旅客、輸送の中心で、皆が想いを馳せて目指し行く、そういった意味も含まれているのである。
建物は左右両側と中央部分に据えられた塔を繋ぎ合わせたかのような“V”の字型をしている。
入り口は各塔に設けられていて、特に中央塔からはレールをまたぐように通路が渡してあった。この通路を利用して、各路線のプラットホームへ降りていく、というわけだ――この通路も含めれば、“Y”の字という表現の方が正しいのかもしれない。
外壁はほぼ全てが赤いレンガで覆われており、頑健さの中に温かみも持ち合わせ、さらにはレンガ造り独特の“継ぎ目の美しさ”が際立っていた。
そんなブルステーションに、ゆっくりと列車が駅に到着した。乱れた呼吸を整えるように水蒸気を吐き出しながら。
その姿たるやまさに威風堂々。黒い車体のもつ圧倒的な力感と躍動感には畏敬にも、また憧憬にも似た感情を抱かずにはいられないだろう。
列車の各車両、前後に備えられた扉が開くと、乗客たちは列をなして続々とプラットホームへ降りていった。
黒い車体の熱気に当てられつつも、先を争うように改札を抜け、都市の中へ溶けていく。
その都市の名は信都“ステファン”。現在の世界の中枢たる都市である。
ステファンはかつて魔法と科学が争った戦争時に、『魔法と科学の融合』という――これは、かつて同様の考えを持った国家が凄惨な最期を遂げたことより、“未来の無い異端”として蔑まれていた――思想の元に立った新勢力“教団”の興った街だった。
大戦に勝ち残った“教団”がその後、かの地を拠点として自分たちの思想を教え、広めるために交通網の整備や治安維持に努めたことで、どの国よりも発展した都市になったのである。
“信都”と呼ばれるのは、そういった『思想を信じる者』たちが造り、住む街、あるいは『新しい希望を信じる者』たちが目指す街、という意味からである。
そういったことからも、この駅が“ブルステーション”と呼ばれる理由も、この都市がいかに巨大なあるかも、容易に想像することができるだろう。
特に駅前はそこらの“町”とは比較にならないほど賑やかで広く、なによりも人が多い。道も複雑で、余程歩き慣れてでもいない限り、大人でも簡単に迷ってしまう。
そんな迷子が一人、ここにいた。
「ナタスさ〜ん、どこですか〜? っていうか、ここドコですかぁ〜……」
黒い丈長のワンピースに深紫色の外套を羽織り、黒い帽子を被った全身を黒で包み込む、しかし故にこそ長くしなやかな栗色の髪と燃えるようなルビーの瞳が印象的な少女――アリアムである。
「まぁ、落ち着くッスよ。オイラも今、探してるッスから」
彼女のバカみたいにでかい鞄の上に座って周囲を見回しながら、半べそをかいている彼女をなだめるように言ったのは、雪のように白く、優美な毛並の猫――セレス。
アリアムの連れ――彼女の師の“使い魔”で、人の言葉を理解し、魔法までも操ることができる彼は、今は主人の命令でアリアムのお目付け役をしていた。
「うぅ…… ここには以前来たことがあったけど、やっぱり迷っちゃいました」
彼女が連れ添いとはぐれたのはわずか五分前。
ちょっと飲み物を買ってくるからと、すぐ目の前にある露店に行ったはずだったのだが、どういうわけか振り向くと見覚えの無い景色が広がっていたという、よくわからない迷子になってしまっていた。
列車から降りたばかりの乗客に飲まれてはぐれないように、移動は人波が少なくなってから、との気遣いも台無しである。
「怒ってるだろうなぁ、ナタスさん……」
「ん〜、そうでもないと思うッスよ」
不安そうに言うアリアムに対し、白猫はあっけらかんと答える。
「こうなることはある程度、予想の範囲内。まぁせいぜい、少しばかり呆れているってところッスかね」
「予想通りなんですか。それってなんだか、面白くないなぁ」
周囲をキョロキョロと見やりつつ、楽しそうに言ったセレスの言葉に思わず溜め息が漏れてしまった。
自分の失態を予想されて、楽しめる人間はいないだろう。しかしそれでも、悪いのは自分という現実が、アリアムを憂鬱な気分にさせる。
「私、いつもドジばかり……」
そう言って俯き、再び溜め息をつく。
「どうかしましたか?」
そんな時、一人の女性が声をかけてきた。
「へ!? あ、いえ。ちょっと、連れとはぐれてしまいまして」
いきなりのことに驚いて、アリアムは水道の蛇口を捻ったときのような音を発して返答した。一体どこから出てきたのだろうと思ってしまうくらい、変な音である。
声や挙動に、その時々の感情が表れてしまうのは、彼女のわかりやすい特徴である。だがそれ故に、ころころと変わる表情も相まって、そこに親しみを感じずにはいられない。
「それは大変ですね……」
この女性もそうなのだろう。可愛らしい少女の挙動に、口元をほころばせながら答えた。
セレスは、「迷子になったのはアリアムの方なんスけど」という突っ込みを入れたくて仕方なかったのだが、他人の前では声に出して話をすることを控えているため、とりあえず置いておくことにした。
常の習慣として、見知らぬこの女に警戒の視線を向ける。
幼げな容姿の割にとても大人びた雰囲気を見せる、白面痩身の女性。
首の辺りで切り揃えられた髪は本当に輝いているかのような美しい金髪、その奥に空が広がっているのではないかと思う程、深い蒼の瞳。
襟元と袖口に純白の生地をあしらっている以外には飾りも意匠もない、質素にして簡素な黒に程近い紺色の服装で、左耳にだけ小さな紅いピアスをつけていた。
「ここでお会いしたのも何かの縁。もしよろしければ、そのお連れの方を探すお手伝いを致しましょうか?」
女性は愛想の良い顔で笑う。
「い、いえ、そんなご迷惑をお掛けするわけには……」
そんな彼女の笑顔に、アリアムは申し訳なさそうに答えた。
だが女性は笑顔を崩すことなく、丁寧な口調で言う。
「遠慮は無用ですよ。お互い、困った時には助け合う。それこそが“人の道”だと思いませんか?」
困っていた自分の身を案じる女性の優しさを、アリアムは嬉しく思った。
だから、どのような形であれ、それに応えないのは失礼だろうと、アリアムは考える。
「ありがとうございます。私はアリアム。『アリアム=スクリッド』と言います」
「私の名前は『シルファ=ムルルーム』。お礼は、お連れの方が見つかった時で結構ですよ。
それで、その人はどんな方なのですか?」
「あ、はい。えっと……」
アリアムは連れの様相とその説明の仕方をほんの少しの間、逡巡する。
「背は私よりも少し高くて、髪は青紫色で肩くらいまで、黒っぽいジャケットの上に白いコートを羽織った男の人です。あ、あと黒猫を一緒に連れています」
アリアムが自分の連れの少年――ナタスの特徴を端的に話すと、シルファは頷いてしばし沈黙した。頭の中で大体の人物像を描いているのだろう。
「なるほど…… では近くを探しに行ってみましょうか」
数秒の間の後、シルファが提案する。
「そのご様子だと、先程の列車を使われたのでしょう? それならば、まだそんなに時間は経っていないはず。きっとその方もこの辺りであなたを捜していることでしょう」
「え? どうして、列車で来たと?」
駅前にいる、ということは列車を利用する可能性は高いだろう。
しかし、それだけでは『列車から降りてきた』という証拠にはならないし、また駅前で待ち合わせをする事もよくあることである。
にも関わらず、何故彼女はアリアムたちが今、この町に到着したばかりだとわかったのだろうか。
そんな当たり前とも言えるアリアムの質問に、シルファはくすくすと笑って答えた。
「だって、その荷物。これから殿方と逢引をしようというには、少しばかり大きすぎるでしょう?」
「あ……」
アリアムの顔が、傍から見ても恥ずかしがっているとわかるくらい、真っ赤になった。
以前、ナタスたちに自分の鞄はバカでかいとからかわれたことを思い出したのもあるが、何よりそのナタスと“逢引”している姿を想像して、恥ずかしくなってしまったのである。
「いえ、私とナタスさんはそういう間柄ではなくて……!」
「ええ。そうですね」
慌てふためくアリアムの姿に、シルファはまたクスリと笑って相槌を打つ。
「う〜……」
自分は弄られる運命にあるらしい。わかりきっていたことではあるが、何とも腑に落ちない。
そんなアリアムのいじけたような表情をいじらしく思いつつ、シルファが促して歩き出す。
「それでは、近くを探してみましょう」
「あ、はい」
だが、アリアムがその後を追おうとした時、突然頭の中からセレスの声が響いてきた。
(アリアム!)
驚いてセレスの方を見ると、彼は相変わらず鞄の上に座り込んだまま、じっとアリアムの方を見つめて一声、にゃあと鳴いた。
そしてそれを合図にするかのように、再びセレスの声が頭の中から聞こえてくる。
(アリアム、止めとこうッス)
特定の人物の間でのみ、やり取りができる魔法である。
(マスターには待ってるようにって言われたじゃないッスか。それに……上手く言えないけど、この人、何だか怪しいッスよ)
「そうかなぁ。そんなことないと思うけど」
「何が、です?」
今度は耳のすぐ横から、シルファが不思議そうな声で言った。セレスの声は彼女には聞こえていないため、その声にまとも答えてしまえば不審に思って当然である。
「あ、いえ……」
しどろもどろに答えつつ、アリアムはちらりとセレスの方に目をやる。
セレスは今度は何も言わず、ただにゃあと鳴き、フイと目線を逸らした。それが『どうするにしろ、自己責任でどうぞ』という彼の暗黙の意思表示だった。
「こ、こういう時は下手に動き回ると、かえってすれ違いになってしまうんじゃないかなぁって……」
セレスの横顔を窺いながらおずおずと誤魔化す。
シルファはしかし、そのアリアムに、
「けれども、その方はきっと迷ってらっしゃるでしょう。この辺りの道はわかり難いですからね」
と、どこか楽しそうに話をする。彼女の性格は意外と“おしゃべりさん”のようある。あるいは“人間好き”なのかもしれない。
そんな彼女に「だから迷子になったのはアリアムの方ッスよ」と、セレスは突っ込みたくて仕方なかったが、とりあえず置いておくことにして警戒を続ける。
セレスの視線を気に留めることもなく、シルファは言葉を続ける。
「ここの様子を見ながら、近くを探していけばきっと大丈夫ですよ。さあ、行きましょう?」
「はい……」
彼女の親切を無下に断ることもできず、アリアムはナタスに怒られるのを覚悟し、先に進むシルファに付いていくことにした。
「やれやれ…… オイラは一応、注意したッスからね」
と、白猫がぼそりと呟いていたことには、誰も気付かなかった。
「どうです? それらしい方はいらっしゃいましたか?」
セントラルステーションが“V” ――正確には“<”なのだが――の字をしているのには理由があった。施工の際に、とある文字を象って造られたためである。
「う〜ん、いませんねぇ……っていうか、ここどこですか……?」
その文字とは、ルーンの“ケン”。“松明の炎”を意味するこの文字は、『闇を払う』ということから、『明るい未来』や『希望の始まり』といった解釈がなされる文字である。
この街を訪れた者たちには、『明るい未来』が訪れるように、この街を離れる者たちには、それが『希望の始まり』であるように、との願いが込められているのである。
「駅のやや東側ですよ。待ち合わせの場所にはいらっしゃいません?」
建物の構造としても、この形はなかなかよく出来ていると言える。“V”のくぼみの部分を正面とすれば、正面に立つことで駅舎の全景を見渡す事ができるし、駅舎の形を見れば、自分がどの方角を向いているのかがわかるようになっているのだ。
「ええっと、いないみたいですね」
だが当然、問題も孕んでいた。それは、周辺にできる町並みが複雑になってしまうということだ。
“V”という特殊な形は周囲との整合性に欠けるため、そこから伸びる道は盤目状にしにくくなり、自然と放射型となっていく。ただでさえ“駅前”というのは人が多く集まり、ごちゃごちゃしてしまいがちなため、これでは迷子になりやすくて当然なのである。
「はぁ…… 私、迷子にならない魔法とか、人捜しが簡単になる魔法の研究をしようかな……?」
アリアムが溜め息混じりに呟く。今シルファを見失えば、自分はまた迷子になるに違いない。アリアムにはその――絶対に欲しくない自信があった。
だが何気なく言ったはずのアリアムのぼやきに、シルファはピクリと反応した。
「アリアムさんも魔法使いなんですか?」
「あ……、いえ、その……」
シルファの問いかけにアリアムは目を泳がせながら、どもってしまった。
魔法に嫌悪を抱く者や、その者の持つ魔法を奪おうとする輩に対処するため、“自分が魔法使いであることは隠せ”と、自分の師たるナタスに耳がタコになる程に何度も言われていたのである。
それをバカ正直にも白状してしまったとあっては、また叱られるタネが増えるではないか、とアリアムはまた少しゲンナリしてしまう。
そんなアリアムの気持ちに気が付いたのか、シルファはにっこりと微笑み直し、応える。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私も“教団”に身を置く者ですから」
「そうなんですか!?」
“教団”には魔法使いが数多く籍を置き、そこで様々な研究がなされている。
“魔法”は今や複雑化しすぎて――魔法を扱うには、厳密に“理論”を構築し、結果をシミュレーションしなければならないのだから、複雑になるのは当然なのだが――、個人のみの力だけでは情報や資料の上でも、金銭の上でも限界になっているのである。
故に、優れた魔法使い達は、教団に籍を置き、情報や資料の共有、金銭面の補助などを受けて研究を続けているのだ。
もちろん“教団”には科学者も数多く所属し、魔法使いたちは“魔法と科学の融合”の理念の元、彼らとの情報・資料の提供の他、協同で研究を行ってもいる。
その中において、禁忌とされることがある。
一つは、“不死”の研究をすること。“不死”とは、神の定めた“運命”に逆らうものとして、教団では堅く禁じられているのだ。
もう一つは、他者の研究を盗むこと。これは、“信”を第一とする教団の基本理念によるものであり、また当然、不公平・不平等を防ぐためでもあった。
そのため、教団に所属する人間には、ナタスの言うような危険性は無いという事が出来た。
「ええ。これでも街外れの教会を預かっているんですよ」
シルファに言われ、アリアムは成程と思った。簡素な服装をしているのも、神職に携わるもの故なのだろうし、親切に声を掛け、“道に迷った子羊”を導いてくれるのも納得がいく。
――“迷った子羊”……
自分で自分のことをそう比喩しておきながら、アリアムはまたゲンナリとなった。再び溜め息を漏れて、つい俯いてしまう。
「……」
しかしシルファは、今度は微笑むことはせず、クルリと向きを変えてアリアムを牽くように、また前へ歩き出した。足取りは速く、何かを思いつめているかのように無言で。
「あ、待って……」
アリアムはそんな彼女を見失わないよう、追いかけるだけで精一杯だった。
でも何故だろうか。
彼女の背中がとても小さく、遠くに見えるような気がしていた。
いかがでしたでしょうか?
前書きにも書きましたが、テンポとか無茶苦茶ですね。女性二人の会話、どっちがどっちだがわかりにくくなりそうだし、ヌルイし……
こういった日常のシーンももっと上手く書けるようになりたいです。