第二章『ココロ』 第一話
第二章の始まりです。
この章ではアリアムをメインに描いていこうかなと考えています。
もしよろしければ、お付き合いください。
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プスプスと炎の燻る音が響いてくる。
黒い地面に触れる背中は熱く、雨の濡らす頬はとても冷たい。
皮膚と脂肪の焼ける匂いが鼻を刺し、胃液の逆流したときのような酸を舌の上に感じる。
なんとか首だけを動かして、周囲を見た。
見慣れたあの教会は、あの子供たちは、あの笑顔は、もうここにはない。赤い、紅い、緋い炎の中に消えていってしまった。
夢であって欲しいと願いながら、それでも動くたびに体中を駆け巡る激痛は、その酸鼻を極める光景が現実であることを告げてくる。
「何故……?」
そして最後に、自分の信じてきた“神の偶像”を仰いだ。
天上から下界の様子を見守っている姿を象ったその像は、今は自分を見下しているようだった。
「何故、あの子たちなのです……」
純白だったはずの像はススにまみれ、深夜の闇を受けて黒ずんでいた。
落下物にぶつかったのだろうか。口元に出来た傷が、まるで悪魔のように禍々しい歪んだ笑みを作り出している。
「あの子たちはずっと苦しんできた…… その末に、ようやく得た安息の時間であったはずなのに、たとえそれが永遠でないとしても幸福であったはずなのに…… それなのに何故、あの子たちだけがこんなにも苦しまなければならないのですか?
……何故、何も応えないのです!?」
これが、自分の信じてきた神の“本当の姿”なのか。奴は人々に平安と幸福をもたらすのではなく、心痛と苦悩を与えるのだ。
だからこそ、あなたはあの子たちを奪った?
自分から、世界から。
そう思ったとき、頬に暖かいものを感じた。それはそのまま頬を伝い、地面に落ちて儚く消えていった。
「ク、クククククククククククク……」
そしてそれが消えるとともに、身も心も冷たく、冷たくなってゆく。
「そうか、それがあなたの本性か……
ならば私は、あなたに同じ思いを味わわせてくれよう。あなたからあなたを信じる者たちを、この手で奪い取ってくれる!
そして、あなたから奪い返してやる……我が、幸福の日々を!!」
もう何も感じない。
この雨の冷たさも、炎の熱さも。
もう何も見えない。
その胸の中の、深い憎しみ以外。
もう何も考えない。
あの日の幸福を、ただ祈るだけ。
深淵の闇の中、女はゆらりと立ち上がり、そしてゆっくりと歩き出した。頬に光の筋を残したまま。
あの暖かさはなんだったのだろうか。
もう、彼女にはそれさえもわからなかった。
☆
――・・ン、・タン、カタン……
段々とはっきりとしていく音、次第に色付いていく景色。
信都へ向かう列車の中、それらを未だぼんやりする頭で受け止めて、アリアムは現へと戻ってきた。
「寝ちゃった……?」
覚醒のための儀式であるかのように、両手で両目をごしごしと擦る。
何か夢を見ていたような気もするが、よく覚えていない。
「あ〜あ、またやっちゃった」
この“列車”という乗り物は、長い距離を短い時間で運んでくれるとても便利なものだが、同時に“睡魔”という、如何ともし難いものを送り届けてくれる。
アリアムとしては、ゆったりと移ろいゆく景色を、のんびりと眺めていたいと思っているのだが、この睡魔を退けられた例は一度も無い。
確かに今朝はこの列車に乗るために朝早くの起床となったが、乗ってしまえば“ただ座っているだけ”で目的地まで運んでくれるのだ。
町から町へ野を越え、山を歩く、そういった徒歩での旅路に比べればずっと楽なはずなのだが、どうしてこう、列車の旅というのは眠くなってしまうのだろう。
「あ……」
ふと見ると正面、向かい側に座っている少年――ナタスも、窓際の縁に頬杖をついて、こくりこくり、舟を漕いでいる。
また彼の、そして自分の膝の上にはナタスの使い魔たち――彼は“家族”と呼ぶが――、黒猫ディアナと白猫セレスが、どちらも丸くなって眠っていた。
アリアムはそんな三人(?)の姿を見て、なんだかちょっとだけ、ほっとする。
「列車に乗ると眠くなってしまうのは、私だけじゃないんですね……」
「う、ん……」
「!」
漏らしてしまった声が大きかったのだろう。ナタスを起こしてしまったらしい。
「ん、寝てしまっていたか……」
「ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
今度はできるだけ小さな声で言って、顔の前で手を合わせる。膝の上のセレスを起こさないよう、できるだけ動きを抑えて。
そのアリアムの気遣いを理解し、同様に小さな声、最小の動きでナタスも応える。
「いや、構わない。それより話し相手が“これ”では、退屈だったろう?」
「え?」
言われて、列車に乗ったばかりの頃を思い出す。
そういえば、列車は久しぶりだったので、乗り始めのときはかなりテンションが上がって、ものすごい勢いで喋っていたような気がする。
だが、
――ナタスさんも嫌な顔しないで、付き合ってくれていたのに……
途中からの記憶が――無い。
自分で話すだけ話して、それに疲れて眠り込んでしまったのか。
毎度の事ながら、ドジで間抜けな自分に、嫌気が差す。
「どうした?」
いつの間にかなっていた陰鬱な気持ちが、表情に出てしまったのだろう。ナタスが問い掛けてくる。
「い、いえ! 私も、寝ちゃってましたし…… あ、あはは……」
ナタスの眠った後から、ではなく、話の途中から、であるが。
「そうか。それならば良いんだが」
そんな陳腐な誤魔化しでもきちんと受け取って、ナタスは微笑む。
この聡い少年のことだ。アリアムが途中で眠ってしまっていたことも気付いているのだろう。
気付いて、その上で自分が先に眠ってしまった、と言ってくれているのだ。
これは、本当に申し訳ないと思う。
――ナタスさん、ごめんなさい。だけど……
申し訳ないとは思いつつ、でもなんだか嬉しくて、アリアムはナタスの心遣いを甘んじて受けることにした。
膝上のセレスを見やる振りをして、わずかに頭を下げることで謝罪とする。この少年には、きっとそれで伝わるだろう。
「あ、そうだ、ナタスさん、」
ふと、アリアムはこの物知りな少年ならば、何かわかるかもしれない、と思い、尋ねてみることにした。
「どうして列車に乗っていると、眠くなっちゃうんでしょう?」
ふむ、と顎に手を当てて思案すること数秒、ナタスはこう答えた。
「この列車の心地良い揺れが、小さい頃の“ゆりかご”に似ているからじゃないか?」
――カタン、カタン、カタン……
車輪のレールを踏む足音が、気持ちの良いリズムで響いている。
ああ、そうか、ゆりかごなのか。だとすれば、この音は、“母の子守唄”みたいなものなんだろう。
そんなことを思いながら、アリアムは流れる景色を瞳に移していた。
列車は子守唄を歌いながら、信都“ステファン”へ向かう――。
いかがでしたでしょうか?
今回は序盤と言う事もあって(言い訳ですが……)、かなり短いですよね……申し訳ありません。
諸事情につき、次回の投稿はかなり遅くなってしまうと思いますが、待っていてくださると嬉しいです。
それでは、また次回に。