高校時代のヘミングウェイ
高校時代のヘミングウェイ
シカゴ郊外の朝は、どこまでも静かだった。雪が固く凍りつき、通りの電線がきしむ。
アーネストは、コートの襟を立てて オーク・パーク高校 へ向かった。
タイプライターのある新聞部の部屋に一番乗りするのが、いつものことだった。
ストーブの前に立ち、手をこすり合わせる。昨日の夜に書いた原稿を取り出して読み直す。
題は「最後の釣り」。ミシガンの湖で、少年が老いた釣り人と別れる話だった。
顧問の先生がドアを開けて入ってきた。
「また戦争の話かい? アーニー」
「戦争じゃない、湖の話です」
「だが、いつも戦いだな。魚と。孤独と」
彼は笑って、原稿をデスクに置いた。
放課後、図書館に寄る。新聞の戦地記事を切り抜き、ノートに貼る。
ヨーロッパの地図を指でなぞりながら、まだ見ぬ場所に思いを馳せる。
「いつか、そこに行く」と彼は心の中でつぶやいた。
家に帰ると、母がピアノを弾いていた。
「また遅かったのね、アーニー。野球じゃなくて新聞部ばかり」
「いいんだ、こっちの方が本当の勝負だよ」
母は笑い、しかし少し寂しそうに鍵盤を見つめた。
夜、彼はベッドの上で鉛筆を握る。
窓の外では雪が光を反射し、静かに降り続いていた。
言葉が紙の上で凍りつくように、ひとつひとつ置かれていく。
彼はそれを眺めながら思う――
「いつか、本当の痛みを書く。嘘のない、血のような言葉で。」
翌朝、新聞部の部屋で新しい見出しが並んでいた。
彼の原稿が採用され、印刷機の音が唸っていた。
インクの匂いの中で、アーネストは初めて自分の名前を見つけた。
寒さがまだ骨の奥に残っていたが、心は少しだけ熱を帯びていた。
彼はポケットに小さなメモを入れた。
「人生は、書くためにある。」
その文字は、やがて世界を旅する男の始まりの印だった。




