『蒸発の男』 第五章 二人目の失踪
蒸発シリーズ
『蒸発の男』
第五章 二人目の失踪
女がアパートを出た頃、町はすっかり夜になっていた。
商店街の灯りはまばらで、シャッターの閉まった店が多い。遠くで電車の音が聞こえた。
女は足を止め、腕時計を見た。
午後七時四十五分。
少し遅い、と女は思った。
女は携帯電話を取り出した。古い型の小さな端末だった。番号を押すと、数回の呼び出し音のあと、男の声が出た。
「どうだ」
短い声だった。
女は言った。
「三〇二号室、蒸発」
電話の向こうで沈黙があった。
「やっぱりか」
男の声は低くなった。
女は続けた。
「昨夜、黒いコートが来ている」
その言葉で、電話の向こうの空気が変わった。
「時間は?」
「九時ごろ。三〇分で出ている」
男は短く言った。
「もう始まっているな」
女は歩き出した。
夜の風が冷たかった。
「リストは?」
男が聞いた。
女はカバンから一枚の紙を取り出した。街灯の下で、その紙を見た。
名前が三つ書いてある。
一つ目の名前には、赤い線が引かれていた。
今、消えた男の名前だった。
女は静かに言った。
「残り、二人」
電話の向こうの男は言った。
「急げ」
女は二つ目の名前を見た。
「場所は?」
男が聞いた。
女は紙を見ながら答えた。
「この町」
電話の向こうで、舌打ちが聞こえた。
「近すぎるな」
その時だった。
遠くで、サイレンの音が響いた。
女は顔を上げた。
赤い光が、夜の通りをゆっくり動いている。
パトカーだった。
女は歩くのをやめた。
胸の中で、嫌な予感が広がった。
サイレンは、だんだん近づいてくる。
そして、止まった。
女の立っている通りの角で。
数人の警官が降りてくるのが見えた。
近くのアパートに入っていく。
女は小さくつぶやいた。
「遅かったか」
電話の向こうの男が聞いた。
「どうした」
女は答えた。
「たぶん」
少しだけ間を置いて言った。
「二人目」
電話の向こうで、男が低く言った。
「確認しろ」
女は電話を切った。
ゆっくりと歩き出す。
警官たちのいるアパートの前に、人だかりができ始めていた。
誰かが言った。
「また失踪らしい」
女は足を止めた。
その言葉を聞いた瞬間、確信した。
もう一人、消えた。
黒いコートの男は、止まらない。
女はポケットからペンを取り出した。
紙の上の、二つ目の名前を見つめる。
そして静かに、赤い線を引いた。
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