Nの行方
短編小説の形で、少し膨らませてみます。
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夜の編集室は、かつてのような騒がしさがなかった。
大型モニターの光だけが、部屋の空気を青く染めている。
「国民の半分が、もうテレビを観ていないらしい」
若いディレクターの村上が、統計資料を机に置いた。
部長の永井は、老眼鏡をずらして紙を見た。
「半分か……」
紙にはこう書かれていた。
**テレビ視聴率、世帯ベースで五〇%を割る。**
そして十年後の予測。
**視聴率四〇%。**
「つまり、六割の人間はテレビをつけない時代になるわけだ」
永井は、ゆっくり椅子にもたれた。
「わがNは受信料で成り立っている。だが視聴者が減れば、払う人も減る。すでに経営は赤字だ」
村上は苦笑した。
「若い人、誰もテレビ持ってませんよ。スマホだけです」
「知っている」
永井は窓の外を見た。
夜の街では、ネオンよりもスマホの光のほうが多い。
「昔はな、夜八時になると日本中が同じ番組を観ていた」
「昭和ですね」
「そうだ」
永井は静かに言った。
「だが今は違う。世界中の動画が、指一本で見られる」
村上は、ふと口にした。
「Nも、もうテレビ局じゃない形になるんじゃないですか」
「どういう意味だ?」
「配信会社です」
永井は少し考えた。
テレビ塔。
中継車。
巨大スタジオ。
すべてが、時代遅れの装置に見えてくる。
「受信料の放送局から、配信の会社へか……」
村上は言った。
「そうしないと、十年もたないと思います」
沈黙が流れた。
モニターでは、深夜ニュースが流れている。
だが編集室には、それを見ている人間が二人しかいない。
永井は、小さくつぶやいた。
「テレビの終わりを、テレビ局の中で見ているわけか」
村上は肩をすくめた。
「歴史の現場ですね」
そのとき、モニターの音声がふっと小さく聞こえた。
――本日の視聴率は、過去最低を更新しました。
永井は立ち上がり、テレビの電源を切った。
編集室は、静まり返った。
そして二人とも、無意識にポケットからスマートフォンを取り出していた。




