カオスの母星(8)永劫回帰とモノリスの共鳴
永劫回帰とモノリスの共鳴
三池大学の研究室。ホログラムで投影されたニーチェの『ツァラトゥストラ』のテキストが、私の指先で数式へと変換されていく。
世間の連中は勘違いしている。ニーチェは哲学者なんかじゃない。彼は、観測技術が追いつかない時代に、思考実験だけで宇宙の構造を解き明かそうとした孤高の物理学者だったのだ。
(「永劫回帰」……これは単なる思想じゃない。宇宙が膨張と収縮を繰り返す「サイクリック宇宙論」の原始的な記述だわ)
画面上の数式が、激しく明滅を繰り返す。
私が追っているのは、かつて映画の中で人類の進化を促したあの黒い壁――「モノリス」の正体だ。
あれは神の道具でも、エイリアンの遺物でもない。
宇宙の情報を保存し、高次元から低次元へとエネルギーを転換するための「巨大な半導体」であり、宇宙そのものの「観測装置」なのだ。
「……見つけた。ニーチェ、あんたが隠した変数はこれだったのね」
私は電子ボルト・ペンを走らせ、数式の空白を埋めた。
重力定数と、意識の量子エネルギーが等式で結ばれる。
かつて大牟田の地の底に眠っていた石炭が熱を生んだように、宇宙の至る所に配置された「モノリス」という情報素子が、星々の死骸から生まれた私たちに「進化」という熱を与え続けている。
(この論文が受理されれば、アインシュタインの相対性理論さえ、ニーチェ物理学の一つの側面にすぎなくなる)
私は大きく背伸びをした。
窓の外には、今日も大牟田の空に正体不明の光が走っている。
「ニーチェ先生。あなたの言った『超人』っていうのは、自分の体内の原子が星屑であることを自覚し、この広大な宇宙を自分の足で歩き出す人のことだったのね」
私は完成した論文のタイトルを空中に入力した。
『モノリス:永劫回帰における情報保存と量子進化の物理学的考察』
かつてニューヨークで挫折した私が、大牟田の古い研究室で、人類の歴史を塗り替える扉を開こうとしていた。
やさしい物理学 カオスの母星: あなたは宇宙の一部で、星の死骸から生まれた『星の子』なんだから Kindle版




