朝日新聞捏造記事の裏側 ―赤いリンゴをかじった男と顧青の正体
昭和二十五年の晩秋。霞が関の一角に佇む、看板すら出していない古いビルの一室で、上野は窓の外を眺めていた。雨に煙る官庁街の灯りは、どこか現実味を欠いている。
背後では、部下の山守が分厚いファイルを整理する音だけが響いていた。その表紙には「朝日新聞記事捏造事件」というラベルが貼られている。
「山守くん。君はどう思うかい?」
上野は振り返らずに問いかけた。その声は、湿った夜の空気に溶け込むように低く、重い。
「捏造記事だが、あの記者は、本当にただの功名心だけであんな見え透いた嘘を書いたと思うか?」
山守は手を止め、眼鏡の縁を押し上げた。彼はまだ若いが、情報の断片から人間の業を読み解く鋭さを持っている。
「不自然です。現場の記者が、あんな具体的な描写……リンゴをかじるだの、山小屋の様子だのといった、自分一人で捏造するにはあまりに『党の内情』を知りすぎています」
上野は静かに頷き、机の上の冷え切ったお茶を一口啜った。
「その通りだ。あれは記者の単独犯ではないだろう」
上野は、窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。
「記者が党員だったのか、あるいは、原稿を『完成』させた上司が党員だったのか。それとも両者が共謀し、朝日という公器を私物化したのか。どちらにせよ、あの記事は神戸のアジトに居座り続ける頑固な連中を強制的に動かすための、最も効果的な『暗号』として機能した」
「……つまり、新聞紙面を使った、党から党員への退去命令ですか」
山守の言葉に、上野は薄く笑った。
「そうだ。そして我々公的機関も、その捏造に踊らされたふりをして、宝塚に捜査員を差し向けた。結果として、神戸の真のアジトはもぬけの殻だ。見事な合作だよ。党と、新聞社内部の『一味』によるね」
上野は机の上のファイルを指先で叩いた。
「だが、山守くん。一番の謎は、あの記者がなぜ、査問委員会で一言の弁明もせずに沈黙を貫いたかだ」




