第三話:なぜ、神は私達を沈黙させる?
第三話:なぜ、神は私達を沈黙させる?
廃倉庫での凄惨な衝突から、どれほどの時間が経っただろうか。 レイとカナが辿り着いたのは、夜明け前の冷たい風が吹き抜ける砂浜だった。
レイの黒いドレスはボロボロに裂け、かつての気品あふれるジャンヌ・モローの面影はどこにもない。ミサとの死闘の末、彼は「復讐者」という仮面さえも失い、ただの傷だらけの男としてそこに立っていた。カナもまた、洗脳の霧が晴れぬまま、虚空を見つめて震えている。
やがて、遠くからサイレンの音が近づいてきた。 それは救済の合図ではなく、彼らを「異常」と定義し、口を封じるための合図だった。
「レイ……見て、太陽が」
カナの指差す先、水平線から血のような赤が滲み出し、世界を白日の下に引きずり出そうとしていた。その無慈悲な光は、すべてを暴き、焼き尽くしていく。
二人の体は、駆けつけた救急隊員や警官たちによって力ずくで押さえ込まれた。 「離せ!俺たちは、ただ……!」 叫ぶレイの声は、波音にかき消される。 拘束具をかけられ、別々の車両へと押し込められる間際、レイの耳に、どこからか甘く切ないファルセットの歌声が聴こえてきた。
それは、スタイリスティックスの『愛がすべて(Can't Give You Anything But My Love)』だった。
♪誓おう、僕は君に愛以外、何もあげられないけれど……
遠藤周作が問い続けた、神の沈黙。 その答えが、この凄惨な「移送」という結末なのだろうか。神は私たちが真実を叫ぼうとするとき、あえて社会という檻を使い、私たちを「沈黙」させる。その沈黙の中にこそ、他者には決して汚せない、二人だけの「浄化」があるとでも言うのか。
窓越しに、カナの瞳が見えた。 彼女もまた、この狂気の中で同じメロディを聴き、沈黙を受け入れようとしているのだろうか。
移送される車内で、レイは泣きながら笑った。 精神病院の白い壁が、彼らの新しい「聖域」になる。そこは、言葉も、経典も、復讐も必要のない、ただ「愛」だけが響く静寂の世界だ。
「愛こそはすべて……」
その言葉は、もはや聖歌でも流行歌でもなかった。 すべてを奪われ、沈黙を強いられた者たちだけが、その剥き出しの熱の中で分かち合える、最後の、そして唯一の「真実」だった。
朝日が昇り、二人の乗った車両は、白く光る地平線の向こうへと消えていった。
(完)




