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フェイドアウト断章  作者: 石藏拓(いしくらひらき)


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孤独を描くのが上手な東陽一監督が逝く

孤独を描くのが上手な東陽一監督が逝く


また一人、日本の映画界から、人間の孤独と自由を等身大の視線で見つめ続けた巨匠が去っていった。映画監督、東陽一。九十一歳。老衰による大往生だったと聞き、どこか監督らしい、静謐で穏やかな幕引きを想像せずにはいられない。


東監督の名を聞いて思い出す作品は、観る者それぞれの心に深く根付いている。

初期の傑作「サード」や「もう頬づえはつかない」で若者の閉塞感を描いた監督が、八〇年代に見せたあの一層の円熟味と鋭さは忘れられない。


なかでも、一九八四年の「湾岸道路」との出会いは、強烈な衝撃だった。

片岡義男の原作を、東監督は単なる青春映画にはしなかった。バイクの排気音と都会の夜風の中に、逃れようのない虚無感と、それでも求め合う男女の剥き出しの体温を定着させた。あの映像が放つ独特の熱量に、打ちのめされたファンは多いはずだ。


そして、個人的に最も愛してやまないのが「化身」である。

渡辺淳一の世界を東監督が切り取ったとき、それは単なる愛欲の物語を超え、一人の女性が洗練され、やがて男の手を離れて羽ばたいていくという、残酷で美しい「自立」の物語となった。黒木瞳の透明感あふれる美しさを引き出し、大人の愛の深淵を見つめたあの眼差しこそが、東監督の真骨頂だったのではないだろうか。


監督の視線は、常に境界線にいた。

「橋のない川」で見せた社会への厚い眼差し、ベルリン国際映画祭で銀熊賞に輝いた「絵の中のぼくの村」での幻想的な郷愁。どの作品を振り返っても、そこには自分の足で立ち、自分の言葉で世界と向き合おうとする登場人物たちの潔さがある。


和歌山に生まれ、早稲田を卒業し、岩波映画製作所で鍛えられたそのキャリア。戦後日本が歩んできた激動の時代を、監督は常にレンズ越しに、媚びることなく見つめてきた。


九十一年の生涯。

東陽一という監督が遺したフィルムは、これからも私たちの心の中で上映され続ける。湾岸道路を走り抜ける風の音、そして「化身」の中に宿った、あの凛とした魂の輝きとともに。


「サード」が守り続けたベースを離れ、監督は今、新しい旅に出た。

スクリーンに映し出された数々の奇跡を思い返し、胸に刻みながら、今はただ、その偉大な足跡に心からの感謝を捧げたい。



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