カオスの中の「母星」
「母星」と言う女性の短編 あと数話で完結予定
カオスの中の「母星」
「はい、お疲れ様でーす。入館証、ピッとお願いいしまーす」
スポーツジムの受付カウンター。私の指先には、星屑を散りばめたような深いネイビーのネイルが光っている。金髪をゆったりとまとめ、おだやかな笑みを浮かべているけれど、私の頭の中にはいつも、数千億の星々がひしめく銀河系が広がっている。
目の前でプロテインを飲み干している会員さんは知らないだろう。私の名前は、あき。かつてアメリカの大学院で、宇宙の誕生を数式で追いかけていた元天文物理学者だ。
「ちょっと受付さん、ここ、掃除が行き届いてないんじゃない?」
お決まりのクレーム。でも、今の私にはそれが小さなチリが舞っているようにしか見えない。チリが集まって、やがて星になる。そう思うと、なんだか愛おしくさえある。私の論理的思考が、静かに、そして軽快に動き出す。
(お客様、宇宙の95%は正体不明の暗黒物質と暗黒エネルギーでできているんです。この床のわずかなホコリなんて、宇宙の神秘に比べたら、かわいいデコレーションみたいなものだと思いません?)
もちろん、そんなことは言わない。代わりに、私は「母星」のような包容力を持ってこう微笑む。
「失礼いたしました。すぐにピカピカにしますね!でもお客様、今日のそのウェア、火星の表面みたいに情熱的な赤でとってもお似合いですよ。ピース!」
お客様は少し照れたように去っていく。 私はカウンターの下で、使い古した計算ノートをそっと開いた。
研究の第一線を退き、子供を育て、生活のために泥臭い仕事もたくさんしてきた。かつての仲間たちは今頃、最新の望遠鏡で遠くの銀河を見つめているだろう。
でも、私は後悔していない。 どこにいても、どんな仕事をしていても、私は私の人生という系の中心にある「母星」だ。 重力に引かれるように、誰かが私の言葉を求めて集まってくるのを、私はずっと知っていた。
「最後までお読みいただきありがとうございます。 普段は舞台プロデューサーとして劇の原案も手掛けております。 舞台化・映像化された情報は、こちらの特設サイトにまとめています。 [URL:http://tengyu2.web.fc2.com/0produce_butai.html]
興味のある方はぜひ覗いてみてください」




